聖飢魔II(SEIKIMA-II)の徹底解説まとめ

1982年、早稲田大学の音楽サークルで結成。Voのデーモン小暮閣下(現・デーモン閣下)を筆頭とする悪魔教布教のために構成されたバンド(というコンセプト)。デビュー当初、悪魔風の顔と衣装で色物的な扱いを受けるが、高い歌唱・演奏レベル、独特のユーモア溢れるエンターテイメント性がお茶の間に受け入れられ、ヘヴィメタルリスナーにとどまらない幅広い信者を獲得した。

ライデン湯沢殿下:Drums

1964年11月21日生まれ(聖飢魔II在籍時の公式設定によると「B.D.100034年(紀元前98036年)11月21日)。
天地共通の凶皇・雷神の息子(故に、本来は神の一族であり、正確には悪魔ではない)。地獄の鬼ヶ島 Hill Mountain発生の四代目ドラマー。

1985年、デビュー直前だった聖飢魔IIの三代目ドラマー:ジャギ古川の脱退によるドラマーの欠員に伴い、ジェイル大橋代官と共にオーディションで加入。ゼノン石川和尚(現:石川俊介)とのリズムコンビネーションは抜群でモンスターリズムセクションと称され、ミサでは曲の合間にゼノン和尚とソロアンサンブル「モンスター・リズム・バトル」を披露することもあった。1999年に解散するまでの14年間、ゾッド星島やゼノン和尚と共に聖飢魔IIのリズムを支えた。

ドラミングスタイルは強烈なパワーヒッター。ヘヴィメタルには少ないシングルバスセッティングであるが、バスドラムを高速で連打する際に踵と爪先を交互に駆使して叩く、フロアタムを混ぜ込んでツーバスのように聞かせるなど、多彩な技術を持ち併せている。影響を受けたドラマーとして、レッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムを挙げ、ダイナミックなフレーズなどに影響がみられる。また、聖飢魔II時代の自作曲作品「緑色の雨」ではキーボードも操った。

豪快なドラムプレイとは裏腹に几帳面。部屋も整理整頓がゆき届いているという。 曲順や曲の細かい構成をいつもしっかりと把握しているので聖飢魔Ⅱ内では『庶務二課』と呼ばれていた。ゲーム専門誌にコラムを持つ程の無類のゲーム好き、また麻雀やTVゲーム、ボーリング好き。
そして細身だが燃費が悪く、すぐにお腹をすかせ、空腹では眠れない。好きな食べ物はカツ丼、ナポリタン、カレーライス、モスバーガー。食事が足りない時などは「足りなひ」と発言する。

ミサ(ライヴ)ではタカタカと小走りし、ブルース・リー張りの黄色い衣装でヌンチャクを振り回すなどのパフォーマンスをし、信者(ファン)からは「動きがオモチャのようで非常に愛くるしい」と言われる。容貌は若い頃の志村けんによく似ており、聖飢魔II時代には「映画村で殿様の格好をして歩いていたらすれ違った通行人から志村けんと間違われた」との逸話も披露している。

ルーク篁、MASAKIと共に結成した「CANTA」で、雷電湯澤名義で活動中。聖飢魔Ⅱ再結成時以外、解散後は人間の姿でのライヴを行うが、「僕の場合はちょっと違いまして、ライデン湯沢が世を忍ぶ仮の姿で活動してるだけです」と述べ、聖飢魔II時代のキャラクター設定をそのままに活動しているのはデーモン閣下と雷電の2名のみということになる。

世を忍ぶ仮の姿

ジェイル大橋代官:Guitar

1965年5月5日生まれ(聖飢魔II在籍時の公式設定によるとB.D.100033(B.C.98035)年5月5日)。
元地獄最悪刑務所拷問官→元魔界帝国治安判事。

ダミアン浜田殿下の脱退に伴うオーディションが行われる。これは地球デビューに向けてのオーディションであったが、この結果1985年6月にジェイル大橋代官とライデン湯沢殿下が加入する事となった。この悪魔事異動(メンバーチェンジ)により、地球デビュー構成員が固まった(このオーディションで紫馬肥(むらさきうまごやし)のギタリスト、Sgt. ルーク篁III世参謀とポジションを争った事になる)。
大教典(3rdアルバム)『地獄より愛をこめて』ではメイン・ソングライターとして活躍し「アダムの林檎」など多くの曲を作曲。シングルカットされた「アダムの林檎」はゴールデン作曲賞とゴールデンシングル賞を受賞した。

しかし、元来アメリカンロック指向が強く、聖飢魔Ⅱの音楽性(明らかにブリティッシュ・ヨーロッパ寄り)、活動方針に嫌気がさし1987年1月に脱退。その後夢を実現させる為に大橋隆志の名で渡米。キャッツ・イン・ブーツ、スラムローズとして活動した後、帰国。聖飢魔IIの地球デビュー10周年を記念した魔暦紀元前4年(1995年)の「サタンオールスターズ」に再び悪魔の姿で、ダミアン浜田殿下、ゾッド星島親分、ジード飯島大将らとともに参加。このツアーへの参加を機に和解を果たし、解散3DAYS(魔暦元年・1999年)の大黒ミサの2日目"THE SATAN ALL STAR'S DAY"にも悪魔の姿で現れ、歴代聖飢魔II構成員と共演している。一度目の再結集ツアーから正規構成員に復帰している。1987年の脱退以後は本名を名乗り、様々な音楽活動を日米で展開する。

来歴として、小学生時代にはブラスバンドに入り、中学2年生の時にアコースティックギターを始める。その後エース・フレーリーに憧れ、レスポールタイプのエレクトリックギターを手に入れる。尊敬していたギタリストはウリ・ジョン・ロートやジョー・ペリー。
高校時代には地元で NOVA というバンドで活動。その後聖飢魔II名義で発表される 「FIRE AFTER FIRE」、「APHRODITE」、「DEATH LAND」 などの原曲はアレンジは異なるもののこの頃から演奏されていた。 愛知教育大学附属高等学校を卒業後、國學院大學に入学。

聖飢魔IIの魔暦12年(2010年)の再々集結以降、不参加となった上手側のギターを担当する事が多くなるが、聖飢魔II在籍時に「ここ難しいから、先輩お願いします。」とエース長官に押しつけていたパートが、自分に返ってくることとなった。

公式HPによると、「酸いも甘いも体験し、最近では「音楽の中でだけ尖っていればいいや」という境地に達し、花の写真撮影が趣味になり、他の構成員に若手芸人を解説するようになる。 酒もほとんど飲まなくなった。聖飢魔IIには地球征服の前後、ほぼ5年おきにpart-time memberとして参加している。猫好き。 山登りと昆虫採集好き。依然として女好き(?)」。
顔の紋様や、身のこなし、性格から「猫」に喩えらることが多い。

聖飢魔IIの地球デビューに際し、自ら構成員に立候補し、意欲を買われ選出されたギタリスト。 構成員最年少ながら人類女性の口説き方を他の構成員に指南するなど、プロ音楽集団初期の2年間を音楽的に牽引する。 しかし「純粋で尖っている」ことを信条としすぎていたあまり、当時の産業化した日本の音楽界に疑問を抱き、体制に取り込まれる前に自らの意志で脱退

出典: www.seikima-ii.com

世を忍ぶ仮の姿

途中脱退した構成員(メンバー)

ダミアン浜田(サタン45世)殿下(現・陛下)

初代ギタリスト。聖飢魔Ⅱの創設者。
早稲田大学教育学部在学中にフォークソング同好会(WFS)に在籍し、そのサークルメンバーを誘って『は、は、は、は、浜田さんバンド』を結成する。ギターを担当し、ベース(ゾッド星島)とドラム(エース清水)も順調に揃ったものの、ヴォーカルのみ不在であった。そこで後輩のデーモン閣下が「私では駄目なんでしょうか?」と願い出たのを良い事に快諾。この後、メンバーチェンジの後、悪魔というコンセプトの聖飢魔Ⅱを創設する。作曲した「蝋人形の館」は聖飢魔Ⅱの代名詞となった。
バンドは『CBSソニー新人オーディション』で最終審査を通過。特別賞の受賞とプロデビューの打診を獲得するが、聖飢魔Ⅱの全権をデーモン閣下に託し、バンド活動から身を引き、以降は地元・山口県の高等学校の数学教諭となる。聖飢魔IIの公式設定としては「実父とされるサタン44世大魔王陛下が病に倒れ危篤となられたため、地獄に帰還した」ということになっている。後に「実父はサタン44世ではない」と明らかにしている。

脱退後も「山口県の高校に聖飢魔IIのダミアン浜田がいる」と評判を呼ぶ。勤務校(山口県立長府高等学校)で軽音楽部の顧問を14年間担当し、校歌のロックアレンジや軽音楽部オリジナルCDのプロデュースやリリースを手掛けた。また1996年には悪魔教外典(ソロアルバム)『照魔鏡』をリリースしている。アニマルプリントが好きな陛下は、俳優:田辺誠一のいとこである事が、テレビ番組で田辺により明らかにされた(「世をしのぶ仮の姿のいとこ」であると発言している)。

御発生日 6月6日
地位・敬称 陛下・殿下
(地獄の皇太子殿下であったが、聖飢魔II解散後ご即位され、現在は大魔王陛下であらせられる。STAN44世の御子息)
身長 182cm~上限100m
(あまり大きくなるとお痛みが出る)
バンドでは ギタリスト・作詞・作曲
お好きな柄 アニマルプリント
思い出の曲 「野獣」
お好きな食べ物 ビール・ワイン・焼肉・ステーキ・寿司・バナナ・フルーツヨーグルト
バナナを素材にしたお菓子
お嫌いな食べ物 カニ・エビ
(高貴な御身に支障が出られる)
構成員作のお気に入り楽曲 「アダムの林檎」
「地獄の皇太子は二度死ぬ」
影響を受けたアーティスト リッチー・ブラックモア、マイケル・シェンカー、ウルチッヒ・ロートなど
お好きな色 紫・黒・白
御髪 プラチナブロンド
聖飢魔II地球デビュー以前はカール、地球デビュー後はストレート
羽根 純白
お肌の色 肌色

出典: satan.halfmoon.jp

ゾッド星島親分

ベース 。1982年12月 - 1986年6月在籍。
元地獄最高審問官閻魔。
「ゾッドだあっ!!」が決め台詞の聖飢魔II一番の凶暴者。 鎌や斧型のベースを振り回し、時に破壊するパフォーマンスで「彼の半径2m以内は立入禁止」とも言われていたが、「悪魔事異動」及び「自信喪失」の理由で脱退する。自身は未練たらったらのようで、その後も10回以上ミサに乱入している。脱退後はソニーレコードやZEPP SAPPORO支配魔(支配人)を経て、2005年11月9日にソロ・ミニ教典『メタル・ローズ』をリリース。現在は「かまし連発」にてベースを担当している。本名は星島裕樹。

ジード飯島大将

ドラムス。1983年9月 - 1985年4月在籍。
地獄の皇太子殿下の衛兵。エース長官の後任ドラマーとしてデビュー以前の頃に在籍していたが、「金で買収されて神の側に寝返ったため地上に追放された」とされ、その追放後は、世を忍ぶ仮の姿で証券会社に就職したらしい。ミサへのゲスト参加もしている。
昔は魔界と地球の重力や空気の密度の違いにより地球の重力を克服できず、どの曲も似たようなリズムでドラムを叩くという弱点があったが、解散ミサでは入念な重力耐久訓練(リハ)を行い見事克服。
現在は「かまし連発」(ゾッド星島がベース)にてドラムを担当している。

魔女RYO子嬢

キーボード 。1983年9月 - 10月在籍。
聖飢魔II唯一の女性構成員。爆風スランプの前身でもあるスーパースランプに所属していたことがあり、デーモン閣下の誘いを受け構成員となった。しかし、ダミアン殿下に「ハードロックにキーボードはイラネ!」と言われ、キーボードというポジションと共に去る事になった不遇な構成員(その後も正式なキーボーディストの構成員は存在していない)である。僅かな在籍期間の為か、残された資料はイタズラ書きのひょっとこのようなイラスト1枚であったが、16年後、解散ミサにおいてようやくその姿を拝む事ができた。鮮やかなピンクの髪(バラを模している)に額に赤いビンディーを持つ細身の女性で、ダイナミックな演奏を披露。現在は渋さ知らズにて、丸山涼子として活動している。LA在住。

ジャギ古川CAP

ドラムス 1985年3月 - 6月在籍。
ジード大将の後任ドラマーで閣下の後輩。就職活動のため脱退。戦闘服(衣装)は非常に軽装備で、基本的に上は半袖かタンクトップ、下はタイツにブーツというスタイルが多かった。解散ミサで14年振りに登場。現在は外資系保険会社勤務を経て保険マンモスを起業。代表を務める。この転身はテレビ番組やネットニュースでも取り上げられた。

ジャントニオ・ババヤシ

ギタリスト。
実際は1回しかステージに立っていないのだが、「篁君が13番目のメンバーという素晴らしい数字でなくなっちゃうのが可哀想」という理由で、今でも正式構成員を名乗り続ける優しい心の持ち主。デーモン閣下が語るその正体は「世を忍ぶ仮の高校時代の同級生の小林くん」。
現在は世を忍ぶ仮の姿で某会社に就職。解散ミサでは仕事の都合がつかずビデオレターにての出演となったが、インパクトある容姿と独特の口調で信者(ファン)を釘付けにした。「デーモン小暮閣下に最初にハードロックを歌わせた。」という自称「素晴らしい功績」を持つ。

ガンダーラ・サンゲリア・チグリス・ユーフラテス金子

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