アシュラ(ジョージ秋山)のネタバレ解説・考察まとめ

『アシュラ』とは、『週刊少年マガジン』で1970年から連載されたジョージ秋山による漫画、およびそれを原作としたアニメ映画である。平安時代末期の飢饉を舞台に、過酷な運命を生きる主人公の姿を描く。人肉食などの過激な描写から、神奈川県等で有害図書指定を受ける社会問題となった。2012年にはフルCG映画版が公開され、文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞した。

又八(またはち)

CV:大浦冬華
過酷な環境を生き抜く散所の子供。

『アシュラ』の名言・名セリフ/名シーン・名場面

アシュラ「生まれてこなきゃ良かった!」

アシュラが作中で放った「生まれてこなきゃ良かった!」という言葉は、過酷な運命に翻弄された主人公の絶望を象徴する名セリフである。
母に捨てられ、飢餓に苦しむ世界で野生の獣のように生き抜いてきたアシュラは、人間の温かさを知った矢先に、自身が犯してきた殺生や凄惨な現実と直面することになる。「こんな苦しいところに生みやがって!生まれてこなければ良かったぎゃあ!」と叫び、「人でなし!皆…皆同じだぎゃ!あいつらだって食うもんが無けりゃ、殺し合いをしてるだぎゃ!子供を食う奴だっているだぎゃ!皆、敵だぎゃあ!いつも食うか食われるか…だから俺には牙が要るんだぎゃ!!」と訴える姿は、綺麗事では生きられない極限の社会の残酷さを浮き彫りにしている。

法師「人を憎むな、己を憎め。己のケダモノを憎め。これはおまえが人になった祝いじゃ」

人間性が芽生えたがゆえに苦しむアシュラに対し、法師は「確かに人は皆、ケダモノを抱えておる。だが他のケダモノとは明らかに違うんじゃ。…心ぞ。人には心がある。人は獣の道を歩けば歩くほど苦しくなる。お前がさっき苦しいと言ったのは、人の証じゃ。」と説く。
さらに、人間であることを否定しようとするアシュラに対して法師は自らの腕を差し出すと、「さぁ食え!わしの腕を食ってみろ!…わしも同じぞ。誰だって人肉など食いたくはない。それは理性があるからじゃ。だがな、だれしも時に魔が差し、ケダモノの本性をさらけ出してしまうことがある。だが、己の中のケダモノと戦わねばならんのじゃ。人を憎むな、己を憎め。己のケダモノを憎め。これはおまえが人になった祝いじゃ。」と語りかけたのだった。葛藤を抱えるすべての人間に向けた救済のメッセージである。

アシュラが若狭の葬列とすれ違うシーン

心を許し愛した若狭に信じてもらえなかった虚しさと、己が生きるために人を敵とみなして殺生し、食らってきたという過去の罪との矛盾が、アシュラを激しく打ちのめした。すべてを失い孤独に叩き落とされたアシュラが若狭の葬列とすれ違ったその瞬間、彼の目から一筋の涙が零れ落ちる。それは獣として生きてきた彼が初めて人間としての感情を涙に変えた瞬間だった。

『アシュラ』の視聴者の感想

70分ほどの作品ですが、無駄なシーンは一瞬もありませんでした。
荘厳なBGM、醜美ともいえる映像。
アシュラの切ない心の葛藤、人間の限界と恐ろしさ。
どんどん引き込まれ、終始 自分の口は「あ」の形のままでした。
原作とはちがいましたが、これはコレで良かったです。

出典: www.amazon.co.jp

今の飽食の時代では、こうして飢え、苦しむことのない幸せを忘れています。
この映画で描かれる飢饉、そして主人公が人を喰らうシーンは本当に気が滅入るものですが、作品には必要なものです。
そのことを、決して「綺麗事」ですまさずに教えてくれる本作は、確かな説得力を持っているのです。

出典: kagehinata64.blog71.fc2.com

生きる為に食う事を是とするのか、人としての尊厳を守って果てるのか。
この物語の人々は快楽ではなく、究極の選択の上での事。
旅の僧も言います。誰も食べたくて食べる訳ではないと。
モラルの間で悶え苦しむのは心を持った人だからこそ。
80分弱に描かれる、獣のごとく人を食らう事で生き残って来たアシュラが"人"になってゆく過程での苦悩とラストの姿。
この作品見た後でも私は正直迷いますね。

出典: www.anikore.jp

『アシュラ』の主題歌・挿入歌

主題歌:小南泰葉「希望」

作詞:藤田敏雄
作曲:いずみたく
編曲・Gt.:西川進
Ba.:KenKen
Dr.:石田悠也
Manipulater:中山信彦

主題歌:小南泰葉「Trash」

編曲:西川進
Gt.:楢原英介
Ba.:中村昌史
Dr.:吉澤響
Pf.:ハジメタル
Manipulater:中山信彦
作詞・作曲・歌:小南泰葉

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