イノサン(漫画)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『イノサン』は、坂本眞一による歴史漫画作品。タイトルの「イノサン」とは、フランス語のInnocent(イノサン)、英語のInnocent(イノセント)を意味する。『週刊ヤングジャンプ』(集英社)にて、2013年9号から2015年20号まで連載された。18世紀のフランスで、処刑人の家に産まれた青年の物語。国王直々の処刑人の傍ら、医師となり人々を救ったが、サンソン家の人間は死神と蔑まされた。処刑人の家業に前向きではない青年が、彼の意志には反して処刑人として血に染まった人生を歩んでいく物語である。

一方オーストリアでは、オーストリアを支配するハプスブルグ家の五女で、フランス国王ルイ15世の再婚相手とされていたマリア・エリザベートを始め、他の娘たちを次々と天然痘が襲っていた。
そこで、この病から逃れた十一女、マリー=アントワネット14歳にフランス王太子妃である皇女の座の白羽の矢が立った。そして、1769年、フランス王太子ルイ=オーギュストとマリー=アントワネットとの結婚が正式に決まった。当時のハプスブルグ家は、各国の王家と親族を婚姻関係にし、国家間の結びつきを強固にする外交戦略を行っていた。よって、マリー=アントワネットの婚姻の最大の任務は、フランスとオーストリア両国の同盟関係をより強固なものにするため、ルイ16世との間に世継ぎを儲けることだった。ちょうどその頃、フランスのパリ貧民街で生活していた元サンソン家の助手、アンドレの元に、マリー=ジョセフが訪れた。宮廷の保全を司る役職であるマリーが、マリー=アントワネットの警護をするよう任命されたため、アンドレに自身の従者となるよう伝えに来たのだった。
世紀の婚姻は迫っていた。だが、王位を継ぐルイ=オーギュストは権力を憎み、王位継承者としての生まれを呪っていた。ルイ=オーギュストはシャルルに伝えた。「オーストリアから来る花嫁と性交渉を持たないことで、己の代で王政を破壊する」と、生涯の貞操を誓い、王政破壊を宣言した。シャルルはルイ=オーギュストにかつて運命に苦悩した自分の姿を投影したが、シャルルはすでに伴侶を得て子を授かり、サンソン家の家長としての責務を遂行していた。シャルルは、自らの死刑廃止の夢は心の中で眠らせて、若き王太子、ルイ=オーギュストを祈りながら抱きしめた。

ふたりのマリーに立ちはだかる国王に寄り添う兄シャルル

1740年4月21日マリー=アントワネットは、オーストリアのハプスブルグ家の宮殿をフランスに向けて出発した。母マリア=テレジアからの別れの挨拶は「私をフランス王の祖母にさせるのです」だった。ハプスブルグ家の宮殿からオーストリアとフランスの国境まで2週間半。オーストリア帝国の威光を示すため、絢爛豪華な装飾を施された57台の馬車、376頭の馬、150名近くにも及んだ聖職者や医師、美容師等、取り換えの馬が2万頭も列をなした。同年5月7日、フランスとオーストリアの国境にあるライン川の太鼓橋の中央にある建物で、マリー=アントワネットの引き渡しの儀が行われた。
マリー=アントワネットは、フランス王太子姫になるために、オーストリアからの持ち物は、愛犬のみならず衣装や装飾品すべてと決別することになった。「私は相双頭の鷲の紋章で封印された貨物。これからは百合の紋章で封印されるのね」と憂鬱なマリー=アントワネットだったが、一度フランスの世界一の文化、技術で作られた素晴らしい絹、レース、リボンがあしらわれた衣装に袖を通すと頬が高揚した。しかし、あまりにきつく締めあげられたコルセットに、よろめいた時につい踏んでしまった靴が、マリー=ジョセフ・サンソンの靴だった。これが、ふたりのマリーの初めての出会いだ。
マリー=アントワネットは、自分の厄災を断ち切るため見目麗しいマリー=サンソンが警護についたと知り、胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。自由を求め相変わらず奔放なマリー=ジョセフに影響されたマリー=アントワネットは、宮殿で勝手気ままに暮らしていた。国王寵姫であるデュ・バリー夫人への挨拶を拒み続け、戦争にまで発展しそうになった事態を憂慮したシャルル。マリー=アントワネットに悪影響を与える妹を力づくで抑え込むため、シャルルは妹マリー=ジョセフに決闘を挑む。兄シャルルを信じ検分をしなかった妹マリーは、剣に仕込み銃をしていた兄シャルルの策にまんまとハマり、その胸に剣先を突き付けられる。負けを認めたマリーは、兄シャルルの意向に従うことに決めた。それは、ムッシュー・ガスパールからの結婚の申し込みを承諾する事だった。兄シャルルは、妹マリーに、処刑人としてではなく、女性としての平凡な暮らしを望んでいた。結婚の承諾をした妹マリーが、深く刈り上げた髪が伸びるのを待ってほしいと兄シャルルに伝えると、これを快諾した。
そして妹マリーの結婚式の日。妹マリーは、自身の従兄弟のジャン・ルイが好きだからガスパールとは結婚出来ないと告白した。このことがガスパールと結婚したくない妹マリーの作戦だと気づいていない兄シャルルは、ジャン・ルイとの結婚を認めた。ジャン・ルイは妹マリーの言いなりだったため、兄シャルルの想いをよそに、妹マリーは結婚後も死刑執行人の仕事を続けた。そんなある日、ベルサイユ宮殿で警備についていた妹マリーは、偶然初恋の相手アランと出会う。しかしアランは、第三身分を蔑む貴族に無残にも殺されてしまった。そのことを知った妹マリーは、貴族への復讐を誓いイノサンは完結した。サンソン兄妹の運命の行方は、続編イノサンRougrに続く。

『イノサン』の登場人物・キャラクター

サンソン家

シャルル=アンリ・サンソン (Charles-Henri Sanson)

声:栗原類 演:古屋敬多
本作品の主人公で、実在の人物。美麗な容貌の持ち主。髪は暗色の直毛。1793年1月21日午前10時22分。フランス、パリの革命広場で静まり返った2万人の群衆の中、かつての国王ルイ16世にギロチンを使った処刑を行った。その他、マリー=アントワネット等フランス革命期の主要人物のほとんどの処刑を手掛け、生涯で3000人余りの首を刎ねた。幼少期は、命を重んじる純粋で無垢な性格のため、社会から死神と差別される処刑人「ムッシュ・ド・パリ」の一族に生まれた過酷な運命に苦悩し、処刑人になるための修業としてカエルの解剖をさせられるが、耐えられずに嘔吐した経験がある。処刑人就任当初は心身ともに未熟さを露呈するも、粛々と職務を遂行するようになる。やがて祖母と父が屋敷を去ると一族の長としての自覚が芽生え、初体験を済ませた以降は一転してプレイボーイとなり、時にそれが仇となり、ベルサイユの権力争いに巻き込まれることもあった。第2部「Rouge」では、シャルルに代わり主人公になる妹マリー=ジョセフを生涯想い、支える場面が描かれている。

マリー=ジョセフ・サンソン

演:中島美嘉
シャルルの異母妹。第2部「Rouge」においては主人公を務める。ベルサイユの処刑人であるプレヴォテ・ド・ロテル。金髪碧眼で男とも女とも見分けがつかない周囲を魅惑する美しい容姿。処刑人であることに苦悩するシャルルとは対照的に勝ち気で、幼いころから独自に解剖や処刑技術を学び、処刑人になることを夢見ていた。兄シャルルに独学で日々勉強に励んでいるいたことを知られてからは、教えを乞うようになった。口癖は「最悪」で、男言葉で話す上に自由奔放な性格で口が悪かった。6歳のころに、ダミアンへの八つ裂きの刑を執り行う兄シャルルへ、女性にはタブーであった処刑台へ上がってまで助言したため帰宅後に祖母から焼き鏝を胸に押し付けられた。その時、唯一の理解者であった兄シャルルに救われ処刑人になるが、神や王を敬う兄シャルルとは違い、社会の風潮や何者からも自由であることを求めるマリーは、秩序を重んじる兄シャルルとの根本的な思想の違い、そしてお互いの成長に伴って兄妹の道を違えていった。そして自由奔放な行動ばかりをするマリーを懸念した兄シャルルは、マリーを自らの統制下に置こうとする。女性らしい幸せ、すなわち男性と結婚し家庭を持つことをマリーに求めた兄シャルルだったが、叔父の二コラの息子、従兄弟のジャン・ルイと形ばかりの結婚をし、兄シャルルから見かけ上、独立した。処刑に積極的で、技量、天稟は申し分ないが、罪人を弄ぶごとく刑を執行することもある。斬新な理想を抱いていた初恋の人アランを、理不尽で傲慢な貴族によって無残な死に追いやられてからは、貴族を憎み閉塞感に満ちた社会へ挑むようになる。史実サンソン家の家系図に名前が記録されており、三代目ジャン・バチストの次女マリー=ジョセフは実在した。しかし実在のマリーは、処刑人にはならず、平凡な女性だったため、女処刑人のマリー=ジョセフ・サンソンのキャラクターは、イノサンオリジナルのフィクションである。

ゼロ

マリー=ジョセフとジャンルイのひとり娘。生まれて間もない頃から鉄仮面を被り、素顔を隠している。

シャルル=ジャン・バチスト・サンソン(Charles-Jean Baptiste Sanson)

声:磯部勉
シャルルやマリー=ジョセフの父親で実在の人物。サンソン家3代目当主。処刑人の跡取り息子としては繊細過ぎる心の持ち主のシャルルを疎んじ、時に拷問部屋で折檻を行う人物として登場。脳梗塞で引退し、パリを離れた。「非情で冷徹」に刑務を遂行していると思われていたが、そのジャン・バチストの秘密の部屋「贖罪の礼拝堂」はこれまでバチストが処刑した人数分の十字架が祀られたおり、日々死者への祈りを捧げる部屋として使われていた。己と同じ弱さを秘めていたことを、シャルルは家督を継承して初めて知ることとなる。

アンヌ=マルト・デュビュ・サンソン

演:浅野ゆう子
ジャン・バチストやニコラ=シャルルの母で、シャルルやマリー=ジョセフの祖母。「ラ・グンランドゥ・マルト(偉大なるおばあさま)」と呼ばれ、サンソン一族を率いる冷徹で豪胆な女傑として描かれる。若く未熟なシャルルが処刑台で無様な姿を晒した時、周囲の静止も振り切りシャルルを激励した。結果、シャルルはその時の処刑を遂行した。言うことを聞かないマリー=ジョセフを折檻した際に反撃されて顔を傷つけられてからは威厳を失い、出入りしていた職人と再婚してサンソン家から出ていった。

ニコラ=シャルル・ガブリエル・サンソン(Nicolas-Charles Gabriel Sanson)

ジャン・バチストの弟で、シャルルとマリー=ジョセフの叔父。ベルサイユ宮廷直属処刑人である「プレヴォテ・ド・ロテル」兼ランスの処刑人を務める。パリでの八つ裂きの刑の執行に当たり、未熟な甥シャルルを助力するよう母に請われた事を機にシャルルから次期「ムッシュ・ド・パリ」の座を奪おうと画策するも、見込みの甘さからシャルルやマリー=ジョセフに遅れをとり、刑の後に辞職。修道僧となる。

アンドレ・ルグリ

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