ライフ・イズ・ビューティフル(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『ライフ・イズ・ビューティフル』とは1997年公開のイタリアの映画である。監督・脚本・主演を務めるのはロベルト・ベニーニ。ユダヤ人のグイド・オレフィチェは第二次世界大戦中、息子のジョズエ・オレフィチェとともに強制収容所へと送られる。グイドは収容所内で起きることは全てゲームであるとジョズエに信じ込ませ、彼を現実の恐怖から遠ざけようとした。悲劇の中に光を見出そうとする人間の想像力と、幼い息子を守ろうとする父の愛情を通じ、家族の愛の物語として描いた作品である。

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吹替:中村千絵(ソフト版)/黒田弥生(テレビ朝日版)
ペトラルカ小学校の教師。グイドが監督官に扮して学校を訪問した際、生徒の前に立っている。グイドに衛生学の冊子には目を通したか質問され、もちろんであると答えている。

秘書(演:ジョヴァンナ・ヴィッラ)

吹替:大坂史子(ソフト版)/岩本裕美子(テレビ朝日版)
フェッルッチョが仕事を始めた後、書店を開くための手続きをしに市役所を訪れた際、グイドが会話した人物。手続きには数年かかり、必要な書類作成のためにも彼女の上司であるロドルフォの印鑑が必要となる。

その他

グイッチャルディーニ (演:リディア・アルフォンシ)

吹替:不明
収容所でドーラと同房の女性。階段を降りながらグイッチャルディーニは、ドーラに老人と子供が殺されていっていることを明かす。シャワーの時間と言いながらガス室に送り込まれ、大量虐殺が行われた。

バルトロメオ(演:ピエトロ・デ・シルヴァ)

出典: hinemoto1231.com

左の男性。

吹替:立川三貴(ソフト版)/斎藤志郎(テレビ朝日版)
収容所の同房の囚人。グイドとジョズエのそばにあるベッドを利用しており、話す機会が多い人物。ドイツ語が理解できる。過酷な労働で腕を負傷している。

ヴィットリーノ(演:フランチェスコ・グッツォ )

吹替:不明
収容所の同房の囚人。グイドやバルトロメオとともに200キロにもなる物を運ばされている。グイドがヴィットリーノにもう限界だと叫ぶと、荷物を下ろそうとするグイドに持ちこたえるよう声をかけていた。

作業着の男(演:マッシモ・ビアンキ)

吹替:土屋利秀(ソフト版)/ ボンバー森尾(テレビ朝日版)
作業着で町を歩く男性。町で「マリア、鍵を!」と叫ぶと、2階の窓から男性が鍵を落としてくる場所がある。グイドとフェッルッチョが町を歩いていた間に遭遇した場面が、この鍵が落ちてくる瞬間であった。その際、落ちてきた鍵を拾った人物がいる。それが作業着を着た男性であった。

ナレーター

吹替:不明
成長したジョズエ。本作の語り部。オープニングとエンディングでジョズエのナレーションが入る。オープニングでは「お聞かせする話は単純だが、語るのが難しい物語だ。寓話のように悲しく、奇跡と幸福にも彩られている。」と語り、エンディングでは「これが私の物語だ。父が私にしてくれたこと。それこそが贈り物だった。」として物語を締めくくる。

『ライフ・イズ・ビューティフル』の用語

ホロコースト

ホロコーストとはナチス・ドイツによって組織的に行われたユダヤ人などに対する大量虐殺である。1933年にヒトラー率いるナチス党がドイツで政権を握ると、反ユダヤ主義思想に基づき、ユダヤ人を「劣った民族」として排除する政策が段階的に推進されていく。1935年には「ニュルンベルク法」が制定され、ユダヤ人の市民権が剥奪された。その後、ユダヤ人はゲットーと呼ばれる強制居住区への隔離、財産の没収、強制労働などを強いられた。そして1941年以降、「最終解決」と呼ばれる絶滅政策のもと、アウシュヴィッツをはじめとする強制収容所・絶滅収容所が各地に建設され、ガス室での大量殺害、銃殺、飢餓や過酷な労働による死など、大規模な殺戮が行われることとなる。その結果、約600万人のユダヤ人が犠牲になったとされるほか、ロマ(ジプシー)、障害者、同性愛者、政治犯、ソ連の捕虜なども迫害や殺害の対象となった。1945年、連合軍による解放とドイツの敗戦によりホロコーストは終結を迎える。戦後にはニュルンベルク裁判において戦争犯罪や人道に対する罪が裁かれた。

ジュゼッペ・ガリバルディ(1807年 - 1882年)

エリゼオの勤めるホテルを利用した人物。ガリバルディは、イタリア統一運動(リソルジメント)を代表する軍人であり革命家。若い頃からブラジルやウルグアイで独立運動に身を投じ、ゲリラ戦の経験を積んだ。帰国後は赤シャツ隊(千人隊)を率いてシチリア島と南イタリアを制圧し、両シチリア王国を打倒。征服した領土をサルデーニャ王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世に献上し、1861年のイタリア統一に大きく貢献した。もともと共和主義者であったガリバルディは、統一実現のために王家への忠誠を選ぶ。そこには理想よりも現実を優先する政治的な柔軟さがうかがえる。民衆からは絶大な人気を集め、「両世界の英雄」とも称された。一方で晩年はカプレーラ島に隠棲し、質素に農業を営みながら暮らした。こうしたカリスマ性と清貧な生き方が相まって、彼はイタリアで今も国民的英雄として敬愛され続けている。各地に彼の名を冠した通りや広場、銅像が残されている。

フランチェスコ・ペトラルカ(1304年 - 1374年)

エリゼオがグイドとフェッルッチョに薦めた書籍に『ペトラルカの生涯』というタイトルのものがある。ペトラルカはイタリア・ルネサンスを代表する詩人であり学者。ダンテ・アリギエーリ、ジョヴァンニ・ボッカッチョと並ぶ「イタリア文学の三大巨匠」の1人とされている。アレッツォに生まれ、幼少期をフランスのアヴィニョンで過ごし、聖職者として教会に仕える一方で古典研究に生涯を捧げた。代表作『カンツォニエーレ』は、生涯の恋人とされるラウラへの想いを詠んだ抒情詩集。ソネット形式を洗練させ、後の恋愛詩に大きな影響を与えた。また古代ローマの文献を収集し、失われかけていた古典文化の復興に貢献したことから「ヒューマニズムの父」と呼ばれている。1341年にはローマで桂冠詩人として戴冠されるという当時最高の栄誉を受けた。

『ライフ・イズ・ビューティフル』の名言・名セリフ/名シーン・名場面

エリゼオ・オレフィチェ「ヒマワリは太陽に頭を垂れるが地に着くほど垂れるのは枯れた時だ。給仕は召し使いではない。もてなしとは神が成したもうた技術なのだ。」

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