Kurt Rosenwinkel(カート・ローゼンウィンケル)の徹底解説まとめ

Kurt Rosenwinkelとは、アメリカ出身のジャズギタリストである。1990年ごろから活動をはじめ、多くの世界的ミュージシャンと共演を果たしている。2020年代のジャズギターを代表するギタリストであり、プロアマ問わず、多くのミュージシャンが彼のフレーズや演奏法を参考にしている。ダークで浮遊感のあるフレージングや難解なメロディの作曲が特徴だが、リリカルにも聞こえるバランスが絶妙である。そのためテクニカルな技術以上に音楽的な要素で非常に評価が高い。

2010年代以降、初めの作業は、これまでのレコーディングで共演してきたスタープレイヤー達との一旦の別れを告げ、多角的な活動を同時並行的に始めてゆく。自宅での録音を重ねることによって、それぞれの楽曲に通ずる一貫したモチーフを、それぞれ別のプロジェクト、アルバムに結実させていった。オーケストラ的イメージは『our secret world』に、ロック・フュージョン的なサウンドは『ster of jupiter』、ブラジル音楽的なモチーフは『caipi』、より宗教的、アンビエントにフォーカスした音源は「Bandit65」の『Searching The Continuum』といった具合にである。
『our secret world』ではポルトガルのビックバンド「Orquestra Jazz de Matosinhos」との共演であるが、Rosenwinkelと「Orquestra Jazz de Matosinhos」のつながりは、Rosenwinkelが、OJMにアレンジ用の曲を提供するよう依頼されたところから始まったという。スタープレイヤーはRosenwinkel以外にはいない。後進育成の意味もあるのだろう。2010年代はほかのスタープレイヤーと共演することは少なくなってゆく。リリースされた評価は高く、ベーシスト、ジャコバストリアスのビックバンド「ワード・オブ・マウス」に匹敵する作品と評された。
その後『ster of jupiter』を経て、リリースされたアルバム『caipi』は日本のジャズコミュニティでも大きく注目を浴びた。実際Rosenwinkelの代表的作品として取り上げられることが多く、ギタリストの巨匠パットメセニーも『caipi』をお気に入りのアルバムだと非常に高く評価している。Rosenwinkelは『heartcore』リリース時のインタビューで、このアルバムの続編を作りたいと語っていたことがあるが、この『cipi』が本人にとっての『heartcoreⅡ』続編なのだそうだ。
およそ10年の制作期間を要したこのアルバムでは、シンガーソングライターのエリッククラプトンがゲストとして参加している。Rosenwinkelの希望でクラプトンに参加の依頼をかけたそうだが、クラプトンは快諾、さらにリードシートでの演奏ではなく、即興で演奏をクラプトン側が提案したという。
またこのアルバム制作に関連して、ベルリンでの教師生活を辞して、2016年新たに音楽レーベル「heartcore」を創設後進のジャズミュージシャンをプロデュースしており、この『caipi』で起用したギタリスト、ペドロマルティンスもこの「heartcore」レーベルに所属し、自身のアルバムをリリースしている。
2010年代以降は他バンドへも多方向に参加している。ベーシストIRIS ORNIG の『NO RESTRICTIONS』、サックス奏者ロマンオットーの『IF YOU LIVED HERE』、『Hey Ro』ピアニスト、アーロンゴールドバーグのトリオから『The Now』、ピアニスト、オリヴィアトルンマーバンドの『Fly Now』、『For You』、ボーカリストジョアンナパスカルの『 Wildflower』、ピアニスト、オーリンエヴァンスの『#KNOWINGISHALFTHEBATTLE』、ピアニスト、ニタイハーシュコヴィッツの『I Asked You A Question』、アルトサックス奏者、ジェレミーローズカルテットの『 WITHIN AND WITHOUT』ベーシスト、アレクサンダークラッフィの『Standards』、『Memento』サックス奏者、トバイアスマイナートバンドの『Berlin People』、『Dark Horse』、ギタリスト、ペドロマルティンスの『VOX』、シンガーソングライター、レベッカマーティンの『 Middlehope』、ベーシスト、リッカルドデフラの『Moving People』、ギタリスト、ダニエルサンチアゴの『SONG FOR TOMORROW』バンド、オズモシスの『Eyes to the Future, Vol.1』、プロジェクト企画、オルタナティブギターサミットの『Honoring Pat Martino, Volume 1』、ピアニスト、ブリッダヴィルヴェストリオの『Juniper』、サックス奏者、ジムスナイデルの『Far Far Away』、ベーシスト、フレデリコエリオドロの『The Weight of the News』、トランペット奏者、ダニエルハーソグのオーケストラバンドから『Open Spaces』、ドラマー、ジョーファーンズワースのクインテット『In What Direction Are You Headed?』などがある。

Kurt Rosenwinkelのプロフィール・人物像

1970生まれ、ペンシルベニア州フィラデルフィア出身、バークリー音楽大学に入学するが、ゲイリーバートンバンドに加入するタイミングで中退。以後海外を回りながら、プロとしての生活を始める。ニューヨーク、スイスなどを経て現在はドイツ、ベルリン在住。
インタビューの中で彼はアメリカの社会批評を行うことがある。前述のとおりスイスからベルリンに移住した経験がある事情から、外部の目線でアメリカを見ることができるのであろう。
インタビューの中でベルリンからアメリカに帰ってくるつもりはまだないと語り、自身もヨーロッパに帰属している自覚はないとしつつ、アメリカの文化的共同体に「属したいとは思っていない」と発言することもあった。ただその批判の多くは子育ての事情と、アーティストに余裕を与えていないというような彼自身の事情に即した社会批評である。このようにインタビューの中でヨーロッパ生活と絡めて、ミュージシャンの立場からアメリカの社会批判を度々語るように、非常にラディカルな側面も持っている

Kurt Rosenwinkelのディスコグラフィー

リーダーアルバム

『east coast love affair』

ベース奏者アヴィシャイコーヘンとドラマー、ホルヘロッシとのトリオバンド。ニューヨーク時代から交友があり、制作のきっかけはスペインのレーベルFresh Sound New Talentとコネクションがあったホルヘロッシからの提案によるものである。リーダーとしてのデビューだが、やや曇りのあるサウンドに浮遊感のあるダークなフレーズ等、ここからすでにRosenwinkelのスタイルの確立が垣間見えよう。ピアニストであるセロニアスモンクの曲から2つ、4曲目の『Pannonica』6曲目の『Round about midnight』が採用されているが、彼の不協感や曇りのあるフレージング、サウンドと親和性が高い。一方でオリジナルは表題曲『east coast love affair』と8曲目『Bblues』の2曲、どちらも見た雰囲気を纏っており、どこかダークな不協感が漂う。

Label: Fresh Sound New Talent
Released: 1996

1. East Coast Love Affair
2. All Or Nothing At All
3. Turn Out The Stars
4. Pannonica
5. Lazy Bird
6. 'Round About Midnight
7. Little White Lies
8. B Blues

Personnel
Kurt Rosenwinkel: Guitar
Avishai Cohen: Bass
Jorge Rossy: Drums

『intuit』

リーダーアルバムとしての2作品目となるアルバム。3曲がサックス奏者チャーリーパーカーの曲になっており、以後彼のリリースするアルバムを鑑みてもパーカーの曲が収録されることはなく、特異な位置を占めている。比較的ストレートで伝統的な形式のジャズでの演奏となっており、ここでのRosenwinkelの音楽は本質を顕わにしているわけではない。具体的には彼に象徴的な歪みの入ったギターサウンドやダークなフレーズは影を潜めており、また、彼が長年追求するシグニチャーでもある声の活用、つまりエフェクトをかけた声をギターサウンドの一部としてレイヤー化するという手法もここでは使われていない。いわゆるジャズギターの柔らかなトーンでオーソドックスな演奏に終始していると言えるが、その代わり、彼の演奏は軽やかにスウィングし非常にエネルギッシュである。その演奏と選曲にはニューヨークのクラブスモールズで彼がジャズの多くを学んだというように、ビバップ(またはバップ)と呼ばれる演奏スタイルやスタンダードナンバーへの愛情が感じられる。ある意味では彼のストレートなバップを聞くことができる数少ないアルバムということもできるだろう。

Label: Criss Cross
Released: 1999
1. How Deep is the Ocean
2. Conception I
3. Darn That Dream
4. Dewey Square
5. When Sunny Gets Blue
6. Sippin' At Bells
7. Epiphany' Segment
8. Summertime
9. Conception II

Personnel
Kurt Rosenwinkel: guitar
Michael Kanan: piano
Joe Martin: bass
Tim Pleasant: drums

『The enemies of energy』

アルバムは1994年に録音されていたが、リリースは2000年まで待つことになる。当時Impals!レーベルと契約した際、新しいアルバム『under it all』というタイトルのアルバムを録音していたが、レーベルはユニバーサルに買収され、Rosenwinkelは新しいレーベルverveに移籍、その際に2つのアルバムのうちどちらかをリリースしようという話になった結果誕生したアルバムであった。このアルバムでRosenwinkelは音楽の幾何学性と抽象性を1つのコンセプトとして、それを高めようと努めているだろう。楽曲のタイトルになっている3曲目『cubism』とは抽象芸術用語の一つで、対象を多視点、幾何学的に描くことを指すが、一聴してサックス奏者ジョンコルトレーンの楽曲『Giantsteps』を彷彿とさせるような唐突の変調はまさしく幾何学の発想に端を発しているだろう。そうした抽象性は「合成・人工的」という意味を持つ8曲目『synthetics』の複雑なリズムと不可解なメロディが入り混じってドライブする様子にも表れている。前作『intuit』のアルバムがストレートなジャズを演奏しており、そうしたアルバムの場合、大抵はミュージシャンたちのソロに耳を傾ける。しかし本作品はそのようなライブに近いつくりにはなっておらず、一曲全体を通してデザインされたサウンドに耳を傾けるように作られているといえよう。『east coast love affair』で見られたダークなサウンドはどこかアンニュイさを感じさせ、表題曲が『the enemies of energy』というように、前作のエネルギッシュな演奏から一転した緊張感をはらんでいる。加えてRosenwinkelのギターサウンドにはボーカルもその一部であるということがこのアルバムには現れていて、5曲目『the polish song』にそれは顕著であろう。歌われている言語は造語だが、ここにギターサウンドの一つのレイヤーとして挿入されている

Label: Verve Music Group
Released: 2000
1. The Enemies of Energy
2. Grant
3. Cubism
4. Number Ten
5. The Polish Song
6. Point of View
7. Christmas Song
8. Dream of the Old
9. Synthetics
10. Hope and Fear

Personnel
Kurt Rosenwinkel: electric and acoustic guitars, 4-string stella, voice
Mark Turner: tenor saxophone
Scott Kinsey: piano, keyboards
Ben Street: bass
Jeff Ballard: drums

『the next step』

『the enemies of energy』に見たような複雑な楽曲の制作に取り組んでいるが、前作のダークさに加え、ソリッドな部分も垣間見える。冒頭キャッチーな3拍子『zhivago』から始まり、アルバムの前半はハイテンポな楽曲で彼独特のダークさがクールに感じられ、後半にかけては前作のような抽象性の高いミステリアスなサウンドになってゆく。たが前作が一曲を通したサウンドに耳を傾けるつくりになっている一方で、今作はライブに近い構成である点で、4人が即興的に音に反応し、どのような動き、ダイナミズムやハーモニーを生み出しているかというアンサンブルの相互作用に、このアルバムを楽しむ源泉がある。どの楽器も一定のリズムやメロディの提示でソロの演奏を支えるのではなく、より自由に動き、多彩なフレーズが提示されている、それはまるでフリージャズのように互いに干渉しあい、全てが崩れる一歩手前を責めるような緊張感をはらんでいるが、4人は難なく乗りこなしてゆく。非常にスリリングなアンサンブルに形成されている。

Label: Verve Music Group
Released: 2001
1. Zhivago
2. Minor Blues
3. A Shifting Design
4. Path of the Heart
5. Filters
6. Use of Light
7 The Next Step
8. A Life Unfolds

Personnel
Kurt Rosenwinkel: guitar, piano
Mark Turner: tenor saxophone
Ben Street bass
Jeff Ballard: drums

『Heartcore』

前作のアコースティックなバンド演奏から一転して、このアルバムではとにかく電子的。合成リズムトラックやプログラミングを駆使し、彼に特徴的であったダークでミステリアスな作曲をジャズの文脈だけでなく、よりロック・ヒップホップ・アンビエント音楽な文脈に乗せて提示している。例えばそれは表題曲の1曲目『Heartcore』4曲目『Your vision』5曲目『Interlude』などに顕著だろう。『Heartcore』には合成されたリズムトラックと後半のリズムチェンジにかけて残響音のエフェクトが装飾され、『Your vision』と『Interlude』はほとんどノーテンポの中でループさせたトラックが、宇宙的なサウンドやノイズでデザインされている。(アルバムタイトルと各楽曲のタイトルから考えて、それはむしろ内面を見つめる表現と言い換えたほうがいいかもしれない)後半はバンドに回帰する楽曲が増えるが、『Love in the modern world』では電子プログラミングをストリングスのようにレイヤー化している。コンセプト自体は異なるが、後にリリースされる『Our secret world』のラージアンサンブルの萌芽を見ることができるだろう。

Label: Verve Music Group
Released: 2003
1. Heartcore
2. Blue Line
3. All the Way to Rajasthan
4. Your Vision
5. Interlude
6. Our Secret World
7. Dream/Memory?
8. Love in the Modern World
9. Dcba//>>
10. Thought About You
11. Tone Poem

Personnel
Kurt Rosenwinkel: guitar, keyboards, drums, programming
Mark Turner: tenor saxophone, bass clarinet
Ben Street: bass
Jeff Ballard: drums
Ethan Iverson: piano, keyboards
Andrew D'Angelo: bass clarinet
Mariano Gil: flute. (Bass)
Mariano Gil - Flute

『Deep song』

前作の『Heartcore』の電子的なミックスから一新して、『The next step』でも見せたようなアコースティックなライブバンドに回帰している。そのサウンドは、電子音で表現された音の鋭さ、ミステリアスで複雑な世界観を作り出した前作と対称的に、非常に温かみのある柔らかなサウンドに包まれている。楽器編成の単純化、そしてテーマの複雑さもそぎ落とされ、アコースティックバンド本来の豊かな豊かさを感じることができるだろう。楽曲もハイテンポなドライブ感を楽しむものよりも、緩やかに進行するミドルテンポのものが多い。冒頭の『The cloister』や『If I should Lose You』などはその代表で、メンバーの出す音に後押しされながら、より抒情的でムーディーなメロディなサウンドになって聞く人の心を離さない。これまでRosenwinkelが鳴らしていたダークで浮遊感のあるソロを考えると、変化が感じられるだろう。それ以外にも『Synthetics』『Use of light』『The next step』の3曲は過去のアルバムにも収録されているが、各アルバムとの比較で聞いてみるのもそれぞれのコンセプトと解釈の違いが読み取れて興味深いだろう。

Label: Verve Music Group
Released: 2005
1. The Cloister
2. Brooklyn Sometimes
3. The Cross
4. If I Should Lose You
5. Synthetics
6. Use of Light
7. Cake
8. Deep Song
9. Gesture
10. The Next Step

Personnel
Kurt Rosenwinkel: guitar, vocals, piano (2)
Brad Mehldau: piano (1-7, 9, 10)
Joshua Redman: tenor saxophone (1, 3-10)
Larry Grenadier: bass
Jeff Ballard: drums (3-5, 8)
Ali Jackson: drums (1, 2, 6, 7, 10)

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