刑務所の中(漫画・映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『刑務所の中』は『アックス』にて連載された、銃刀法違反で捕まった花輪和一の実話に基づく漫画であり、これを原作とした崔洋一監督による映画である。逮捕後の刑務所生活のリアルを知ることが出来る作品で、他の囚人達とのやり取りがユーモアに富んだ表現で描かれている。本作は異色の獄中記漫画」として話題となり、第5回手塚治虫文化賞の最有力候補となった。受賞は「マイナー漫画家を自負する自分としてはいかなる賞も貰う資格が無い」という花輪の信念により固辞した。

『刑務所の中』の概要

『刑務所の中』は『アックス』創刊号から13号にかけて連載された花輪和一によるエッセイ漫画、およびそれを原作とする映画。作者の花輪和一は中世の日本を舞台にした怪奇ファンタジーを描く漫画家であり、『天水』などの人気作を執筆していた。
彼は若い頃からガンマニアで、モデルガンを改造したり、実際に戦地で使用されていてボロボロに錆びた銃を人知れず元の形に復元する事が趣味であった。

1994年、当時ガンマニアの友人から拳銃の処分を頼まれ、これを預かるが処分することが出来ず自宅に保管していた。
同年12月11日、その友人が逮捕された事を皮切りに花輪和一も早朝に自宅に踏み込まれて逮捕される事となった。
この時、花輪和一はライフル銃と実弾116発を所持、銃刀法違反で北海道警察、警視庁によって逮捕され、豊平警察署に連行されている。

1994年12月31日、釈放。
翌年3月の裁判で銃砲刀剣類不法所持と火薬類取締法違反で求刑5年、懲役3年の実刑判決を受けた。
初犯としては異例の執行猶予なしの実刑となった理由は、当時ソ連崩壊に伴う北海道沿岸のロシア人による銃器密売問題の見せしめとされている。
控訴を望まなかった花輪自身はこの決定を素直に受け入れ、7カ月後の10月11日から札幌刑務所と函館少年刑務所で服役した。

1997年9月4日、仮釈放。
出所後、本作『刑務所の中』を発表、映画化もされる大ヒット作となった。
本作は拘置所から刑務所の雑居房までの実体験を描いたエッセイ漫画で、「異色の獄中記漫画」として話題となる。第5回手塚治虫文化賞の最有力候補となったほどであったが、花輪の信念により受賞は固辞された。

『刑務所の中』のあらすじ・ストーリー

「ニコチン拘置所」

朝食を満喫する花輪。

花輪和一は最初の洗礼を受ける。拘置所での朝食を満喫していたが、すぐに煙草が吸えないことに苦悩する。
拘置所では部屋の中で寝そべったり歩き回ったりすることは禁止されていて、座る位置も決められているが椅子もない。
運動の日には、閉め切った部屋の中から外に出て、日に当たりながらラジオ体操などをすることが出来るが、花輪和一は煙草のことで頭がいっぱい。
拘置所では週に2回官本を借りることが出来る。しかし煙草がないと読書がすごく味気ない。
花輪和一は煙草が吸えないことで頭がいっぱいになり、ついには新聞紙を丸めたものを煙草に准える。
心を静め、しばし瞑目。煙草の王様ショートピースを思い浮かべつつ、消しゴムのライターで火をつける。
空想の中のニコチンの煙が花輪の鼻に纏わりつき、花輪和一は最初の洗礼を克服した。

「プクプク拘置所」

拘置所の朝。毎日の点検があり、花輪和一は監房の中で座してこれを待つのだが、腕まくりを注意される。
点検が終わったあとで監房の中で腕立て伏せをしていたら、これも怒られる。
拘置所の中では多くの行動が制限されている。
そして朝飯。
白いご飯に油揚げと白菜の入った味噌汁、昆布の佃煮、カブの漬物。
悪事をはたらいた罪人に温かい食事が振る舞われる。
そして風呂。
風呂の際には監房を出て、廊下を歩くことが出来るのだが、毎日の生活が張り合いのない花輪和一は死刑囚をひとめ見てみたく、探して見るが見つからない。
風呂場に到着した花輪和一は、髭剃り用のカミソリを渡され中に入る。
入浴時間は15分。
湯船で3分、髭剃り2分、洗体5分、湯船5分。
そしてカミソリを返却し、再び監房へ戻る。
監房ではかりんとうや仁丹などを購入することができ、花輪和一は仁丹を喉でスーハースーハーさせながら、脳裏でピースのメンソール味を思い浮かべてこれを堪能する。
そして昼飯、夕方の16:20には昼飯が待っている。
監房内ではろくに運動することも出来ず、日に当たる事もなく、食っちゃ寝、食っちゃ寝しているうちに花輪和一の身体はプクプクした豚のような身体になった。

「それじゃさま懲罰房」

シャバで悪事を働いた者の刑が確定すると刑務所に入れられるが、そこで更に違反をすれば懲罰房に入れられる。
花輪和一もまた、それを行った。
同じ部屋の受刑者達と仲良くなった花輪和一は、地元北海道に自生する大麻の話で盛り上がり、彼らと出所後に大麻を取りに行く約束をするのだが、その為にお互いの住所をメモに控えたことが不正連絡として懲罰房行きとなったのだ。
懲罰房の中では毎日、シャバの薬局で使用される紙袋を糊で貼り合わせて何枚も作るのだが、花輪和一はこの単純作業が大好きだった。曰く、ここが刑務所生活の中で1番の思い出となったそうで、時間が来て作業が終わると、この紙袋を束ねたものを扉越しの係の人が回収しに来るのだが、その人の口癖が「それじゃ」なのだ。
「…それじゃ、出来た製品下さい」
「…それじゃ、出来たの下さい」
この係の人も囚人であって、刑務官ではない。
顔も見えないこの人のことを花輪和一は、それじゃ様と呼び、それじゃ様が来るまでにどれだけ紙袋を作る事が出来るのか、その数を増やすことに毎日励み独り楽しく奮闘する花輪和一であった。

「5匹の生活」

雑居房では5人の囚人が、毎日飽きもせず、他愛のない雑談を繰り返していた。
それはシャバの休日で家での洗車を異常に集中してしまい、朝から晩まで車を磨き続ける薬物依存者の話であったり、小さい娘に手紙を書くのを躊躇する子を持つ親の葛藤であったりした。
夜にはテレビを見ることが出来る。
しかし、番組の合間に流れるCMの甘味が刑務所の中では滅多に手に入らない。
5人は出所したら食べる事を心に誓い、就寝する。
しかし、そんな厳かな雰囲気も長くは続かず、やがてそれが慣れとなって気が緩む。
夜間、仲間同士でふざけ合っているところを刑務官に見つかり、5人の部屋は1ヶ月間のテレビ視聴禁止となった。

「おぼっちゃま受刑者」

花輪和一と同じ雑居房の囚人の中には、おぼっちゃま受刑者がいるのだが、房の中の役割分担には口を出すだけで、実際の作業は他の囚人にやらせるような男だった。
見かねた花輪和一が、作業をお願いすると、恫喝だと言って逆に脅しをかけるのだった。
おぼっちゃま受刑者は几帳面な性格で、棚の整理整頓は常に行き届いていた。
そして手をよく洗う。
雑居房の中では雑誌を読む事が出来るのだが、おぼっちゃま受刑者はブランド物のスーツや革靴の雑誌を読んでいた。
貧乏な育ちの花輪和一はそれに衝撃を受ける。
その時、房の外で刑務官の怒鳴り声が聞こえた。
他の受刑者が規則違反でしょっぴかれていたのだが、原因は雑誌のクロスワードパズルに鉛筆で書いたことだった。
雑誌は借り物なので、刑務所内では直接雑誌に書いてはいけないのだ。

「うれしいお正月」

刑務所は元旦を迎えようとしていた。
その直前に出所となる囚人がいたのだが、外に出ても仕事がなく、金もないので塀の外で待っているのは地獄のような生活であった。
他の囚人たちは、正月に刑務所で振る舞われる食事のことで盛り上がっていたのだが、彼は直前で出所となるのでこれが食べられない。
囚人の中には身寄りがなく、出所を怖がる彼のような者も少なからずいる。
花輪和一は彼のことが刑務所内で1番好きだった。
元気で悔いのない良い人生を、今度こそね。
花輪和一は最後にそう彼に告げたのだった。

「冬の1日」

とある囚人の時間の流れ。
冬の刑務所は時間の流れがとても早い。
朝から刑務作業を行うのだが、天突き体操を済ませて作業を進めるとすぐに昼飯となる。
重油ストーブはまっかっか。
その音を聞きながら1日は終わり、また次の日がやってくる。
物言わぬ囚人たちは刑務作業をただ言われた通りにやり、静かに刑期を終えるのを待つのみである。

「願いますの壁」

刑務作業中は、囚人たちの願いますの声が飛び交う。
例えばそれがトイレであったとしても刑務官の許可なしには行う事が出来ず、囚人たちの声が飛び交う中で、指をさされるまでは声を上げ続けなければならない。
指をさされれば、囚人は持ち場から通路までは静かに歩き、両手を腰に当てて小走り、決められた位置まで移動して気をつけ、脱帽、礼。
要件がトイレである事を伝えると、身体検査を受けた後、礼、帽子をかぶり、また手を腰にあてて小走り、ペンキ木札をトイレの前にかけて使用といった具合になる。
花輪和一もまた、刑務作業で使用する消しゴムを机の上から床に落としてしまったのだが、持ち場から少しでも離れることは許されないので、願いますの声をあげ続け、刑務官に指をさされてからこれを拾う。
毎日、願いますの声をあげ続ける自分に花輪和一は危惧していた。
それはシャバに出た後で、例えば喫茶店で珈琲を注文をする時につい、願いますと声をあげてウェイターを呼んでしまわないかという点である。

「日本崩壊食」

この日は刑務所内でパンが食える日だった。
囚人たちはみんな指折り数えてこの日を待った嬉しい日だ。
パン食は毎月6回、昼に支給されると決まっていて、今回のものは6回の中でも特別だった。
内容としてはパン、小倉小豆、フルーツカクテル、マーガリンだけなのだが、ほとんど甘いものを食べることのできない刑務所の中でこれはご馳走だった。
食堂全体に満ちているフルーツカクテルの甘い香り、花輪和一には、妖精がギトギト光るマーガリンや小倉小豆の上を華麗に舞っているように見えた。
それは子供の頃、初めて食べた生クリームパンよりも、学生時代に学校帰りに食べた揚げたてのコロッケよりも、何百倍も何千倍も美味いのだった。
しかし何故こんなものが美味いのか。
花輪和一は、ふと夕食に白いご飯の上に醤油を垂らしてみたが、これが美味かった。
麦3分、米7分の飯に醤油がピッタリだったのだ。
シャバには美味いものが溢れているのに、グルメに狂うやつらはもっと美味いものを求め続けるうちに舌がバカになってしまったのだ。
このままだと日本は食で滅ぶ、花輪和一はそう思った。

「檻花火」

雑居房の中では、毎日毎日アホみたいに飽きることなく雑談が繰り返されていた。
清掃の際に出る体毛が誰のものかという問いに、皆どうでもいいことを必死で否定するのだった。
電気カミソリの電池残量についても、電池の当たり外れだとか、髭が薄いと長持ちするなど毎日呆れるくらい話題になる。
囚人にとってシャバは遠い遠い世界なので、皆テレビのニュースなどには興味がなく、受刑者にとっての社会とは所内で務める工場の事だったのだ。
50名近くいる工場全員の罪名、刑期、釈放予定日、挙動、性格といったものが最大の肝心なのだった。
刑務所内では花輪和一のように当たり障りなく刑期を全うしようとする者が大半なのだが、中にはそうでは無い者もいた。
それは主には、情けない理由で捕まった者などの囚人カースト下位の受刑者の話になるのだが、例えば窓ガラスを必死に磨き、こんなに一生懸命やっていますと担当にアピールするのだった。
みんなの洗濯物を畳んで揃えたり、入浴のない日は足洗い用のバケツを用意したり、食器の残飯を集めたり、ミスもなく担当に注意もされず工場の雑用を一生懸命やって掃夫の役を立派に務めていた。
こういった囚人達も、心にグラインダーをかけながら毎日火花を散らして生きているのだった。

chopami_15p5
chopami_15p5
@chopami_15p5

目次 - Contents