虫と歌(市川春子作品集)のネタバレ解説・考察まとめ

『虫と歌』とは2012年に講談社から発売された市川春子による漫画作品。夏に伯父さんの家で出会った不思議な少女は自分の指だった『星の恋人』、肘を負傷したエースピッチャーとネジ止め「ヒナ」との日常を描いた『日下兄妹』、飛行機が不時着したことで遭難する2人の少年の旅路を描いた『ヴァイオライト』、兄が開発した人型の虫「しろう」と生活する内に自分の謎に迫る表題作『虫と歌』の4作品を収めた短編集である。作者自身が行った装丁にも注目。

『虫と歌』の概要

『虫と歌』とは2012年に講談社から発売された市川春子による漫画作品集。表題作『虫と歌』で「アフタヌーン2006年夏の四季大賞受賞」、その後『星の恋人』でデビューした。2009年初の単行本『虫と歌 市川春子作品集』で「第14回手塚治文化賞新生賞」を受賞した。夏に伯父さんの家で出会った不思議な少女は自分の指だった『星の恋人』、肘を負傷したエースピッチャーとネジ止め「ヒナ」との日常を描いた『日下兄妹』、飛行機が不時着したことで遭難する2人の少年の旅路を描いた『ヴァイオライト』、兄が開発した人型の虫「しろう」と生活する内に自分の謎に迫る表題作『虫と歌』の4作品を収めた短編集である。
雑誌やカタログなどの書籍を読みやすく、且つ美しくデザイン的に編集するエディトリアルデザイナーを職業としていた経験から、本書の装丁は作者自身が行っている。

『虫と歌』のあらすじ・ストーリー

星の恋人

庭で洗濯をしている少女・つつじ

さつきは母と祖父が2ヶ月家を空けることから夏休みの間、叔父の家に厄介になることになる。小学生以来会っていなかった叔父の家にはつつじを名乗る少女が同居していた。叔父の部屋にあった折り紙の工作から、さつきは4歳の時に自分の指を誤って切り落としてしまったことを思い出す。叔父への誕生日プレゼントを工作していた際の事故であった。現在、切り落としたはずの左手薬指は無事であることから夢だと思っていたと言うさつきに、叔父はそれは今庭で洗濯していると言う。同居の少女はさつきの薬指だと言うのだ。さつきの父が亡くなった際、叔父は姉に乞われて当時研究していた植物から人間を再生する技術を使い、さつきを生み出したのだった。叔父によるとさつきは人間と言うより植物に近いらしい。

思わぬカミングアウトに日々不安に思うさつきだったが、自分と同じ立場であるつつじに近所の買い物に行っても「バレたことないのよ」と言われ安心する。食事の仕方などつつじの思考が自分にそっくりだと気付いたさつきは、つつじが元は自分の体の一部であったことを意識しだす。ある日、さつき達は夏休みを利用して海へと出かける。海の岩場でつつじと2人きりになったさつきは、双子の兄妹のようになりたいと言われる。そして叔父と3人親子のように暮らしたいと言う。さつきは「君とまた一緒になりたいから 兄の役は無理」だと、つつじの希望を拒絶する。それをつつじは海風のせいで聞こえないふりをするのだった。

海から帰宅し日々を過ごす中で、海での拒絶するような態度を思い直したさつきは、庭で草むしりするつつじに声をかける。つつじもまた、風のせいで聞こえないふりをしたことを謝罪し、さつきの希望を叶えられないと草むしりに使用していた鎌で腕を切り落とした。つつじは叔父を愛しているため、さつきの思いを受け止められない。そこで、かつてさつきが叔父を思って切り落とした指で生まれた自分のように、つつじがさつきを思い切り落とした腕はさつきを好きになるはずだと考えたのだった。そのことを伝えるとつつじはその場に倒れてしまう。さつきの心配をよそに叔父は1ヶ月ほどでつつじは元通りとなるから、つつじの切り落とした腕を世話しろと言う。

夏休みが明けた1ヶ月後、さつきが帰宅すると頭身の小さくなったつつじが出会った日のように玄関を掃いていた。つつじはさつきを覚えていなかった。叔父は「剪定」の際、雑菌が入ったことが原因ではないかと分析していた。さつきの母が再婚することに伴い、これからも叔父の家に暮らすことが決定する。さつきの部屋で水につけたつつじの腕だったものがチャプチャプと音を立てていた。

ヴァイオライト

大輪 未来(おおわ みらい)は天野 すみれ(あまの すみれ)を名乗る男子の声で目が覚める。すみれは「ひこうき おちたぞ」と言う。未来は混乱するが、すみれに従いひとまず山を降りることにする。未来の怪我の手当をする際や、体が触れた時に2人の間には強烈な静電気が起こるのだった。

歩みを進めるうち、未来はサマーキャンプの行く途中だったことを思い出す。偶然ではあるが未来の両親はそれぞれ機長と客室乗務員として働く「MIRAI AIRLINE」で目的地に向かっていた。ノベルティすべてに「MIRAI」の文字があることから、未来自身が皆を運んでいるようで気が重かった。一方すみれもまた、飛行機に自分の小指を引っ掛けたことを思い出していた。すみれの正体は雷で、偶然飛行機に当たってしまったのだった。被雷した飛行機から唯一形を保っていたのが未来だったのだ。すみれは人間が1人で生き残れないと知っていたことから、飛行機から溢れたものから適当に人間の形を取り、未来を導いていたのだった。

すみれが未来を導こうとしていた灯台の一歩手前で、未来は座り込んでしまう。機内でもらった砂糖がポケットに入っていたことから、未来はそれを差し出す。体質的に合わないとそれを拒絶するすみれだったが、未来は開封してしまった。砂糖とすみれが触れ合うと激しく発光、目が見えなくなった未来は倒れてしまう。砂糖を受け止めたすみれの腕は紛失し、意識がある未来を紐で結んで引きずりながら灯台を目指す。しかし、砂糖のダメージですみれは形を保てなくなり、遂に姿を消してしまった。目が見えるようになった未来はすみれを探して彷徨い、誤って崖から転落する。すると突如すみれだった欠片が現れ、未来を受け止めようとするが、未来は燃え尽きてしまう。その後、しばらく雷光が鳴り響いていた。

時は移り、少女が浜へと打ち上げられる。そこにすみれによく似た少女が「嵐で船が沈んだの」と話しかける。「でも灯台が近くて良かった」と言って2人の少女は歩き始める。

日下兄妹

野球部のエースでピッチャーである日下 雪輝(くさか ゆきてる)は野球の試合中に負傷する。関節唇損傷と診断された雪輝は手術を勧められるが、同時に手術をしても元のように投げられる可能性は低いと言われる。病院から戻った雪輝は生活を送っていた寮を退寮、親戚のおばさんの営む古物商店に身を寄せる。おばさんは買付のため家を1ヶ月ほど不在にしており、雪輝は退部届を作成しながら1人でのんびりしていた。

ある日、閉店している店内から音が聞こえたため、雪輝は音の正体を確認する。店内に客はおらず、破損未修理のために値引きされた箪笥が置かれていた。なんとなく引手をいじっていると取っ手が外れてしまう。そこからネジあてが転がり、雪輝は焦って拾おうとするが彼の手を避けるようにネジあては飛んでいってしまう。そこからネジあてと雪輝の共同生活が始まる。雪輝が捕まえようとしてもネジあてはそれを避け、尚且つ日に日にその姿を変形させていったのだった。雪輝が退部届を提出しようとした日、部員たちがミーティングに参加するよう教室に押し寄せてきた。手術を受けさせ、その上で野球部に引き留めようとする先輩たちの目を掻い潜り逃走する雪輝を、秋から正捕手予定であったハラが捕まえる。ネジあてのせいでイライラしている、と言う雪輝の様子がおかしいと感じたハラは、彼の住まいへと同行する。そこにはネジあてからかなり進化した何かが確かに存在していた。ハラはそれを捕まえようとするが捕まらない。他の部員を呼び出し、総動員して捕まえようとするが捕まらない上に便所の窓を破損してしまう。その後部員たちは寮の門限でしぶしぶ帰り、雪輝は便所の窓を修理していた。梯子から足を滑らした雪輝をネジあてだったものが受け止め、雪輝は難なくそれを捕獲することができた。

仕方なくネジあてと同居することにした雪輝の元に、監督に説得するよう任されたハラが押しかけてくる。ネジあては最早幼い子ども並に大きくなっており、雪輝はハラの勧めでネジあてにヒナと名付ける。ハラ妹の服のお下がりを着たヒナはますます人間らしく見えるのだった。日々、手持ち無沙汰に徘徊するヒナに雪輝はクレヨンを手渡し、絵を描くように言う。さらに言葉を発するようになったことから、絵本を使って言葉を教え始める。文字を覚えたヒナは家中のあらゆる本を音読し始めた。雪輝はヒナの読んでいた料理本を何となしに「食いてー」と発言する。その夜、ヒナは雪輝の食べたがった料理を作る。そこからは洗濯などもするようになる。働き過ぎなヒナを案じて、雪輝は彼女を図書館へと連れて行く。ヒナは図書館へと通ううちにメキメキと知識を身に着けていくのだった。

ある日、図書館からの帰り道、雪輝はヒナから自分は流れ星のクズであることを告白される。ネジあてにされて困っていたところ、雪輝が箪笥から出してくれたと恩を感じていたのだった。そしてお礼のために雪輝の肩を治そうかと提案する。雪輝はそれを拒絶する。彼はわざと徐々に自分の肩を壊していたのだった。大人に逆らい辞めれば捨てられるかもしれないという恐怖からずっと野球を続けてきたが、もう投げられない雪輝は自由であった。これからは「妹」と2人でやって行くとヒナの手を引く雪輝だったが、ヒナは突如弾けた。自分の腕にヒナが入り込むことを見届けると雪輝はその場で気絶した。

後日、ハラは雪輝の入院している病院に見舞いに来ていた。雪輝は倒れたところを発見され、病院で検査を受けたところ、すっかり肩が治っていたのだった。ヒナがどこにもいないと言うハラに、雪輝はヒナとしてハラに話しかける。ヒナ曰く、熱で眠ったままの雪輝の代わりを務めていると言う。そして雪輝が起きれば、もう話すことなく雪輝の部品として生きると語り、ハラに「お兄ちゃんのこと 好きよ」と伝えてほしいと言った。退院後、雪輝は正式に野球部を退部した。野球ではなく天文学をやりたいとおばさんに言った所、「早く言え」と怒られた。雪輝はヒナを腕に宿し、新たな夢である宇宙を目指すことにしたのだった。

虫と歌

男子高校生のうたは時々兄・晃(こう)の仕事の1つである、昆虫の模型を作る手伝いをしながら妹・はなと3人で暮らしていた。ある日昆虫人間が3人の家を襲撃する。晃は昆虫が生き残るため人間に擬態できるような技術開発を行っており、昆虫人間は海に沈めた個体ではないかと推測する。晃曰く、生まれた際は人間の姿であったが、サナギ化することが止められず技術が追いつくまでの対応策であった。襲来した際うたが防衛したことで負傷し、弱っていた昆虫人間をうた達は近所で発見する。彼を保護し「しろう」と名付け、4人での生活が始まった。

ほぼ同い年であること、肉を食べると気持ち悪くなるうたは草食のしろうの食事の世話を自然とするようになる。冬になり、うたは受験勉強に励み、しろうは言葉を話すようになる。吹雪の日、突然しろうは倒れ危篤となる。晃の見立てでは春まで持つと思っていたが、深海から浮上した際のダメージ、襲来の際の怪我が原因で寿命が早まったようだった。うたが怪我の要因であっても、しろうは恨み言一つ言わずうたが看取る中その一生を終える。

受験を控え、うたは勉強に励んでいたが視力が著しく落ち、もはや色しかわからない体になっていた。その日倒れたうたを看病していた晃に、うたは自分もしろうと同じ実験体でもうすぐ寿命を迎えるのだろうと言う。しろうと暮らすうち、うたはしろうの身体能力を超える自分の脚力などから、自分も実験体で虫だと悟ったのだった。晃は否定せず、うたは新種のバッタだと説明する。そして妹のハナはハナカマキリの一種だと告白した。虫であるが故、その寿命は短く、実験体で最長記録はうたであった。「死にたくない」と吐露するうたであったが、怪我をさせたうたを責めなかったしろうに倣い、うたもまた晃を責めずにこの世を去る。

後日、晃はしろうのレポートをまとめていた。そんな晃のもとにクライアントから依頼の電話が掛かってくる。晃は「もう やめにしないか」と心の中で言う。クラアントにとっては、ただの昆虫実験だとしても晃にとっては「弟を18回、妹を12回、息子を18回、娘を12回」亡くしていた。そのまま机に突っ伏す晃だったが、電話は鳴り止まない。

『虫と歌』の登場人物・キャラクター

星の恋人

さつき

園芸委員長をしている男子中学生。パタンナーの母と、祖父の3人で暮らしていた。母が勉強のため、祖父はその便乗でパリへ2ヶ月行くことになったことから、叔父の家に居候することとなる。バイオリンが弾ける。

叔父さん

さつきの叔父で、さつきの母の弟にあたる。色素欠乏症のため、薄緑の瞳を持つ。若い時は灰色の髪を肩にかかる程伸ばしていたが、最近は剃り上げている。大学に勤務しており、植物発生学を専門としている。仕事以外ではぼんやりしており、寝坊助である。酒が好きで、最近腹回りの肉が気になっている。

つつじ

4歳だったさつきが叔父の誕生日プレゼントのための工作中に誤って切り落とした左手の薬指から挿し木して生まれた。さつきのことは双子の兄のようだと感じている。さつきの叔父に対しては朝は母親、昼は娘、夜は恋人として接している。

ヴァイオライト

Ayatori20206
Ayatori20206
@Ayatori20206

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