エガオノダイカ(アニメ)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『エガオノダイカ』とはタツノコプロの創設55周年記念作品として制作されたオリジナルアニメ。
ソレイユ王国の王女ユウキ・ソレイユとグランディーガ帝国の軍人ステラ・シャイニングという対局的な人生を送って来た二人の主人公が出会うまでを描いている。
戦闘ロボットによる戦争ものという人気の高いテーマで期待も高かったが、主人公であるユウキとステラの活躍は数えるほどしかなく、戦争も消化不良のまま終わり、名作になる要素を持ちながら不発に終わった「惜しい」作品として話題になった。

ジェイムズが艦長を務める、王国軍の旗艦空母。

中盤以降ユウキ達が移動のため利用しており、登場する機会も名前を呼ばれる機会も多い。

旗艦空母という事もあり、色も赤で他の空母との差別化がされている。

移動砲台

新型クラルスを利用した試作兵器。

ユウキによるデモンストレーションで山を吹き飛ばしているが、まだまだ試作品であり、戦闘では示威行為にしか使えない。

当然ながら非公式な呼称だが、作品名と合わせて視聴者からは「エガオキャノン」なる呼び名で親しまれていた。

グランディーガ帝国の兵器

クレーエI(クレーエアインス)

帝国軍の主力量産型テウルギア。

マシンガンと円形のシールドが主な装備だが、近距離戦闘用の装備を着けるも可能で、幅広く戦える。

クレーエII(クレーエツヴァイ)

クレーエIの重装甲タイプで、重装甲パーツを装備した事により外見がごつくなった。

メインウェポンのロングライフルに加え、右肩部のキャノン砲、腕部のスモークディスチャージャーなど装備も多彩である。

隊長機として両肩部を赤く塗った機体も存在する。

強襲空母

帝国軍の量産型陸上空母。

平たい双胴型の船体が特徴で、テウルギアは艦首のハッチから出撃する。

なお、ゲイル達ビュルガー分隊は常に自分達の移動用車両を使って移動していたため、作中では一度もこの空母を利用していない。

『エガオノダイカ』の名言・名セリフ/名シーン・名場面

ヨシュア・イングラム「気合と根性」

正確には名言というよりも彼の短い登場期間で何度も使われた口癖だが、ユニ、ルネ、そしてユウキと彼の身の周りにいた人物が使うようになるなど「伝染」しており、彼の仲間への影響力が伺える。

終盤でユウキやユニが彼の口癖を使うのを見ると、この言葉を使わせたいがためにヨシュアを「退場」させたのではないかという穿った見方になってしまうが、監督のインタビューによるとヨシュアの早すぎる死は「戦争で人は呆気なく死んでしまう、大事な人を簡単に奪ってしまうという事を伝えたかった」というメッセージであるらしい。

ユウキ・ソレイユ「でも、本物の戦争ってルール通りにいきませんよね」

教育の一貫としてレイラとチェスを行っていたユウキはルールを無視した駒の動きを行い、チェックメイトと無邪気に喜ぶ。

勿論反則だが、ユウキは実際の戦争はチェスのようにルールはないと主張し、ルールで決められた動きしか出来ないチェスよりもルールのない模擬戦闘の方が自分に向いていると笑顔を見せる。

その後、実際に戦闘を指揮する立場になるユウキは「戦争は決して遊びではありません」というレイラの言葉の意味を嫌というほど思い知る事になるが、王女ではなく12歳の子供の立場で考えるとゲーム画面でしか見た事のない戦争は「面白い」ものであり、次はどうやって相手を倒そうか、どうやって国を滅ぼそうかと考えるのが自然である。

作中でも経験不足というよりも子供である彼女の甘さから王国の被害を拡大させる場面が多々あり、その度にユウキを批判する声が目立っていた。
ユウキの判断の悪さと見通しの甘さによって王国を窮地に追いやっていたのは事実であり、それを根拠に彼女を「無能」と批判するのは簡単だが、戦争をゲーム感覚で考えていた認識の甘さを含め、彼女は世間の事を何も知らない12歳の子供である。
ステラ達ビュルガー分隊のように辛い戦場を生き延びて来た「叩き上げ」とは経験値が違いすぎる事を忘れてはならない。

そして、その「子供」が僅かな期間で帝国軍を手玉に取るまでに成長しているのだから、ユウキが本気で戦闘を指揮する姿が見たかったという声は今でも多い。

ステラ・シャイニング「どうせ死ぬなら、同じでしょう?」

登場してから作り笑いしか見せなかったステラだが、街で出会った子供達を逃がすため、彼らを銃で脅して自分達に従わせた時はこれまで見せた事のない冷たい表情と声を見せている。

『エガオノダイカ』のPV公開時から「どうせ死ぬなら、同じでしょう?」というワードが登場しており、この言葉がいつ登場するか注目されていたが、これまで感情らしい感情を見せなかったステラの豹変ぶりと、早見沙織の演技が最高のバランスで重なっており、一見の価値がある。

その後、ラナに謝罪を拒絶されてショックを受けている自分の心を見せないよういつもの作り笑いで感情を隠しているステラとの対比が面白いシーンである。

なお、3話の時点では「どうせ死ぬなら、同じでしょう?」と言っていたステラだが、ゲイルやピアースの死を経験してからは「もう誰も死なせない」と語るなど、ある意味人間自体が変わっており、初期のステラと終盤のステラは文字通り全くの別人である。

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