映画『時計じかけのオレンジ』はなぜカルト映画になったのか

『時計じかけのオレンジ』は、1971年に公開されたスタンリー・キューブリック監督による近未来のイギリスの管理社会を舞台にしたSF映画である。この映画は主人公の暴力的な少年やその仲間たちが繰り広げる凄惨な暴力描写が多くあり、映画館での公開が禁止されたこともある。しかし同時に公開当時から今でも多くの人を惹きつけている映画である。なぜ『時計じかけのオレンジ』は人々から熱狂的な支持を集めるのか、解説する。

『時計じかけのオレンジ』とは

『時計仕掛けのオレンジ』の1シーン。主人公のアレックス(マルコム・マクダウェル)。

『時計じかけのオレンジ』とはイギリスの小説家アンソニー・バージェス原作の小説、そして小説を映画にした同名の映画である。この映画を手掛けたのは、有名すぎるSF映画『2001年宇宙の旅』(1968)の監督のスタンリー・キューブリック。近未来の管理社会の中で、暴力とセックスに明け暮れながら生きる少年アレックスを描く物語である。
映画『時計じかけのオレンジ』はアメリカにて1971年に公開された。凄惨な暴力描写を巡って論争が起きはしたものの映画は大ヒットし、アカデミー賞やゴールデングローブ賞にノミネートもされた。しかしアメリカと同様に公開されたイギリスで、殺人事件を起こした少年たちが『時計仕掛けのオレンジ』から影響を受けたと証言するようになり、キューブリックの元に抗議の声や脅迫状が送られるようにもなった。そしてキューブリックは、1973年にはすべての映画館で『時計仕掛けのオレンジ』の公開を禁止し、再上映が行われるようになったのはキューブリックが亡くなった1999年である。
このように映画『時計じかけのオレンジ』を巡っては様々な論争や事件が起きた。そして同時にこの映画には人を惹きつけてやまない魅力があるカルト的な映画であると言える。

『時計じかけのオレンジ』のあらすじ・ストーリー

舞台は荒廃した近未来のイギリスである。この街は治安が悪く、毎夜ギャングたちによる抗争が引き起こされており主人公アレックスもその一人。彼は悪友とともに悪事ばかりを働いていた。そしてある夜も、女性を強姦しようとしていたギャンググループを打ちのめした後、アレックスたちは緊急事態を装って侵入したある中年作家の家を襲い、中年作家に暴力を振るい、作家の妻をレイプした。しかしその頃、アレックスのグループ内ではリーダーの座を巡っていざこざが起きていた。翌日も仲間とともに悪事を働こうと、昨日と同じ手口で金持ちの女性が住む一軒家に押し入ろうとしたが、女性により警察に追放される。仲間を外で見張らせ、一人屋敷に忍び込んだアレックスは、女性を撲殺してしまう。そして警察が到着した頃には、アレックスの仲間たちはすでに逃げており、アレックスだけが警察に逮捕されてしまった。

逮捕されたアレックスは懲役14年の実刑判決を言い渡され、アレックスは模範囚として過ごしてきた。そして二年目のある日、ルドヴィコ療法という囚人を更生させ、早く出所させるという治療が行われているという噂を耳にする。アレックスは早く出所したいという思いから志願し、見事に試験者として選ばれる。
ルドヴィコ療法は、医者による投薬が行われたうえで、映画館で流される暴力映像を見せられるというものである。この療法は暴力行為と生理的嫌悪を結びつけてしまう効果があった。治療は成功し、アレックスは暴力行為を行おうとすると、吐き気を催す体質になってしまった。さらにアレックスは映像とともに流されていたベートーヴェンの音楽にも嫌悪感を抱くようになってしまった。

かつての悪友に暴力を受けるアレックス

中年作家とアレックス

出所後のアレックスは、かつて暴力を加えた老人に襲われ、対抗しようとしたが吐き気を催してしまう。またかつての仲間にも再会するが、彼らは警察官になっており、アレックスをリンチする。抵抗できないアレックスはそのまま放置され、ぼろぼろの状態になってしまう。そしてぼろぼろのアレックスは、そうとは知らず以前暴力を振るった中年作家の家に行ってしまう。中年作家はアレックスたちの暴力のせいで、車いす生活となってしまい、彼の妻はアレックスのレイプのため自殺をしていた。
中年作家はアレックスがかつて自分たちを襲った仮面の男性とはわかっていなかったが、ルドヴィコ療法の試験者だとは知っていた。中年作家は犯罪対策に手段を選ばない政府の行為に憤っており、ルドヴィコ療法の犠牲者である彼を利用することで、政府にダメージを与えられると思い、思索を巡らす。だが作家はやがてアレックスがかつて自分と自分の妻に暴力を振るった青年であると気づき、復讐を行う。アレックスを気絶させた後、部屋に監禁しベートーヴェンの音楽を大音量で聴かせたのである。アレックスは猛烈な吐き気を催し、やがて自殺しようと飛び降り自殺を行った。だがアレックスは死ななかった。

一命をとりとめたアレックス

飛び降り自殺を試みるも死なずに病院のベッドにいたアレックス。そして彼の元に現れた内務大臣は、アレックスにルドヴィコ療法をさせることを決めた張本人であり、アレックスにルドヴィコ療法の成功例としてメディアに出ることを求めた。これはアレックスの自殺未遂事件で下がった政府の支持率を回復するための手段である。アレックスは快諾し、報道陣に囲まれながら、取材を受ける。友好の証として内務大臣からもらったスピーカーには大音量のベートーヴェンが流れていたが、アレックスは嫌悪感を催すこともなく、セックスシーンを思い浮かべながら「俺は治ったんだ」と笑みを浮かべる。その笑みはかつてのアレックスと変わらない邪悪な笑顔であった。

『時計じかけのオレンジ』の魅力

キューブリック監督による唯一無二の世界観

女性をかたどって作られた個性的なバーの家具

独特なアレックスのファッション。

作中でアレックスたちが話すナッドサット語は、英語とロシア語とスラングが混ざったもの。原作小説で使われていた時も分かりにくいとの批判もあったこの言葉だが、映画でも使用されている。映画ではキューブリックが分かりにくくなることを危惧して、原作よりも使用回数は少ないが、原作の世界観を壊さないように大切に使われている。
またアレックスと悪友のファッションも独特である。白いつなぎにボーラー帽、片目だけのつけまつげという独特なスタイル。そしてアレックスたちが集会をしていたバーの家具も個性的である。この家具は1960年代のはじめのポップアート作家のアレン・ジョーンズという芸術家の作品である。このように時代を感じさせない緻密な世界観が『時計じかけのオレンジ』を魅力溢れる作品にしている要因であろう。

凄惨な暴力と音楽

アレックス歌唱の『雨に歌えば』が創りだす凄惨なレイプシーン。

時計仕掛けのオレンジに欠かせないもの、それは暴力性である。序盤から最後まで繰り広げられる暴力とセックスの嵐であり、公開当初のアメリカでは17歳未満の鑑賞はできないというX指定であった。それにも関わらず時計じかけのオレンジは大ヒットとなった。
この映画の暴力性はかなりリアルであり、実際にアレックスを演じたマルコム・マクダウェルもケガを負っている。
例えばルドウィコ療法で強制的に映画を見せられるシーン。このシーンでは、目を閉じさせないための器具をアレックスにつけさせているのだが、この撮影中マクダウェルは金具で角膜を何度も引っかかれ、角膜を傷つけている。
またルドヴィコ療法を終え、出所後のアレックスがかつての悪友たちに暴力を振るわれるシーン。このシーンではアレックスが悪友の警官たちに水桶の中に顔を突っ込まれるのだが、このシーンのマクダウェルは実際に溺れそうになっていたという説もある。
そして暴力行為を彩るのが音楽である。この作品はアレックスのクラシック音楽好きという設定が生かされ、様々なクラシック音楽が使用されている。例えばベートーヴェンやエルガーの『威風堂々』である。そして特に印象的なのが、中年作家の家を襲った時にアレックスが歌っていた『雨に唄えば』。この『雨に唄えば』は、アレックス役のマクダウェルの即興であった。キューブリックは作家への暴力シーンをありきたりなものになることを避け、マクダウェルに何か踊ることを指示。そしてマクダウェルはダンスをしながら彼がそらで歌うことができた唯一の曲『雨に歌えば』を歌ったところキューブリックが気に入ったのである。
リアルすぎる暴力行為の背景で凄惨な音楽を使わず、『雨に唄えば』という陽気だったり、クラシックの壮大な音楽を使うというなかなか見ない組み合わせ。それが『時計じかけのオレンジ』の独創性を確立している理由の一つなのだ。

原作とは異なる結末

映画版の『時計仕掛けのオレンジ』は、アンソニー・バージェス作の原作小説とは異なる結末を迎える。小説版の『時計じかけのオレンジ』は21章から構成され、第21章では回復したアレックスが再び暴力に明け暮れる中、再会したかつての友人と話していく中で、暴力から卒業し、結婚して家庭を持つことを決める。アレックスはこの時、自分が行った過去の暴力の記憶を「子供時代にはだれでも避けられない道だろう。俺の子供にもいつか若い頃の話をするだろうが暴力の道に進むことを止めることはできないだろう。」と語り、かつての自分の行いは若気の至りであったと振り返っている。しかしアメリカで出版された小説版では第21章が削除された状態で出版され、キューブリックもアメリカ版の原作をもとに映画を製作した。映画版はアンソニー・バージェスの意図しないものであった。映画版で第21章部分がなかったことにより、アレックスが中途半端に改心することもなく、映画の残虐な雰囲気が崩されなかったという意見も多く上がっている。

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