ちいさこべえ(漫画)のネタバレ解説・考察まとめ

『ちいさこべえ』とは、望月ミネタロウが2012年9月から2015年2月まで小学館『ウィークリービッグコミックスピリッツ』にて連載していた漫画。(単行本全4巻)原作は山本周五郎の同名の時代小説で、時代設定を現代に変更した翻案作品である。
舞台は東京「一の町」に古くからある大留工務店(だいどめこうむてん)。一人息子である若棟梁の茂次が、鎌倉に泊まり込みで仕事に来ている最中に大留工務店が火事で焼け、棟梁である父と母がこの世を去る。残された茂次は、父の言葉を胸に大留工務店の再建に取り掛かる。

『ちいさこべえ』の概要

『ちいさこべえ』とは、望月ミネタロウが2012年9月から2015年2月まで小学館『ウィークリービッグコミックスピリッツ』にて連載していた漫画(単行本全4巻)。原作は山本周五郎の名作時代小説『ちいさこべ』で、現代に時代設定を変更し、望月ミネタロウワールド全開で描かれた翻案作品である。2013年に第17回文化庁メディア芸術祭漫画部門最優秀賞を受賞。この他、海外での評価も高い。
舞台は東京「一の町」に古くからある職人大工の「大留工務店」。一人息子である若棟梁の茂次が、鎌倉に泊まり込みで出仕事に来ている時に大留工務店が火事で全焼する。この火事で茂次の父である大留工務店・棟梁の留造と、女将の母がこの世を去る。数ヶ月前から体調を崩し寝たり起きたりの状態だった父・留造は、もう現場は無理だと考え茂次に次の普請から「大留」の看板を背負ってもらいたいと告げていた。その普請の最中の火事である。傷心の茂次は、父が言った「どんなに時代が変わっても人に大切なものは、人情と、意地だぜ。」の言葉を胸に「大留」の再建に取り掛かる。幸い火事場から少し離れていた「大留」の自宅は火からまぬがれており、住み込みの作業員と、作業員の世話人として幼馴染のりつを雇い共同生活が始まる。しかし、りつが勝手にこの火事で焼けた町内の福祉施設の子供達を引き取っていた。意地っ張りで頑固者同士の茂次とりつと、行き場のない子供達との生活。大留工務店の再建を進めてゆく中で、人情と意地の大切さを感じながら新たに家族を作ってゆく物語である。

『ちいさこべえ』のあらすじ・ストーリー

火事のあと

東京「一の町」にある大留工務店(だいとめこうむてん)が火事で焼けた。その火事で棟梁の留蔵(とめぞう)と、女将さんの2人が亡くなった。「大留」の一人息子・茂次(しげじ)が初めて若棟梁として鎌倉の普請に入った数日後のことだった。若棟梁の茂次は、ホームレスのような長髪髭面の26歳、有名大学建築学科卒業のエリートである。若い職人が茂次の事を見た目も含め頼りないと嘆くが、古い職人たちが若棟梁に従うのはただ跡継ぎだからという訳じゃない。若棟梁はガキの頃から仕込まれて若くても腕は文句なく、棟梁がもう一人前と決めた人だからだ。両親の突然の死に呆然としながらも茂次は、父・留造(とめぞう)から棟梁を任された時に言われた言葉、「どんなに時代が変わっても人に大切なものは、人情と意地だぜ。」を思い出していた。そんな様子を見ていた職人たちのまとめ役である大(まさる)は茂次に、今は若棟梁としての初普請の最中だから施主さんや職人の手前、若棟梁は現場から離れられない。ここは自分が東京に戻って仔細を聞いてくる。と言う。父に言われた言葉を噛みしめながら茂次は、大に後始末に手抜かりがあると「大留」の名にかかわるから「お前こそ戻ってしっかりやってこいやっ!!」とハッパをかける。

東京で詳細を聞いて戻った大が言うには、大留工務店は全焼したが、その近くにある自宅屋敷は無事だったとのこと。火事で亡くなった棟梁と女将さんの葬式は、若棟梁が戻ってからと段取りをつけ、焼け出された弟子筋の作業員2人が自宅屋敷に仮世話になっていると言う。その世話をするために、幼馴染みの「りつ」という女を1人雇ったのだが、りつはこの火事で焼け出された福祉施設の子供達数人を、勝手に屋敷で面倒をみていた。幼馴染のりつは母子家庭で、病弱な母親の世話をする金のために、隣の区のキャバクラで働いていたが、母親が1ヶ月前に亡くなりキャバクラを辞めて地元に帰って来ていたのだった。

鎌倉での初普請を終えて自宅に帰ると、「大留」から出た弟子筋では一番古参の横浜(よこはま)が、まだ出していない葬儀の事や、「大留」の再建について心配して来ていた。茂次は横浜に、葬式は当分出さない。「大留」を立て直すにしても自分の力でやるから、放っておいて下さいと言い放つ。翌日の朝、りつに子供達のことなどを聞きたいと思う茂次だが、朝のしたくで忙しいりつは取りつく島もない。仕方なしに家の近所をランニングしながら火事で焼けた「大留」の跡地に行くと、思いの外遠くまで焼けていた。そこで偶然、昨夜大学から戻ったばかりの「一の町信用金庫」一の町支店長の娘・福田ゆうこ(ふくだゆうこ)にあう。久しぶりの幼馴染の再会にゆうこは家に来る事をすすめるが、ゆうこの家は融資してくれる信用金庫の支店長の家。誰とでも対等に付き合いたい茂次は「大留」が立ち直るまで、福田家との付き合いはなるべく辞めるつもりだと言い誘いを断る。

りつが勝手に引き取った子供達は、街でも評判の悪ガキ達だった。子供達のことは役所に頼むしかないと言う茂次に、役所に任せたら5人でいる事で寂しさを紛らわせている子供達がバラバラにさせられてしまうと心配するりつ。何か言いたげにむくれているりつを見ながら茂次は、りつが勝ち気で多少のことでは涙目になっても泣かず、歯を食いしばっているような頑固な奴だったと思いだす。子供達の事はそのままで、茂次は日々の仕事に追われていた。いくつかの現場の手順をつけて行くうちに、回せそうな金が底をつきそうになってきた。経理の夏子(なつこ)から横浜の手助けを受けてくれと頼まれたり、再三に及ぶ横浜の手助けの申し入れにも首を縦にふらない茂次。周りがどんなに言っても「自分達の力だけで「大留」を立て直す!! みんな分かったかっ!」と言い張り出てゆく。茂次はその足で「大留」とは懇意な間柄である木場の材木問屋「和泉材木店」へ行く。対等な交渉を望む茂次は、亡き父が持つ田舎の土地を抵当に材木や金のことを頼む。和泉社長(いずみしゃちょう)は、事情が事情と言い茂次の気持ちをくみとり、今までの信用で材木その他を当面ツケで回す約束をしてくれる。
数日後、「東京都一の町 こども福祉課」の女と、役所の人間と、「一の町信用金庫」支店長の福田が、子供達の件で「大留」の家にやって来た。子供達をこのまま預かっているのは無茶な話だし、町内の迷惑にもなるので行政にお願いすべきだと言う。しかるべき資格もなにも無くそれでも子供達の面倒をみたいと言うりつに皆が反対する中、父を迎えに来たゆうこが「保育士」と「幼稚園教諭」の資格を持っている自分が子供達の世話を手伝うと言う。父の福田支店長があいだに入り役所の人も茂次も納得して、当面ゆうこの力を借りて「大留」の家で子供達を預かることになる。子供達はすぐにゆうこに懐いて問題がひと段落したように見えるが、りつの気性を知っている茂次は、りつの目尻が上がって口がへの字の表情を見て、平静を装っているだけだと心配でならない。りつ自身は、育ちとか学歴が全然違うゆうこに対する気持ちを自分なりに整理して、子供達のために手を借りようと思っていた。りつの気持ちを察した子供達の中の一人、サクラが茂次に「だいたい今までなれないのに必死であたし達のめんどうを見てきてようやくなついたかなって時に、彼女が現れてもうりつは必要ないってふんいきだし。」と茂次の心配を焚きつけるようなことをあえて言う。

ちいさこべのすがる

「大留」の内情は火の車だ。次普請が始まっても施主からの入金は受け渡しが終わってから。そんな不安定な状況の中、「大留工務店」の焼け跡の前に佇む茂次を見て大は、数年前にふらっといなくなった茂次を思い出し不安になる。大丈夫かと聞く大に、「ふざけんじゃねぇ。」と一蹴する茂次。ふと茂次が「ちいさこべ」って知ってるか?と、大に尋ねる。

ゆうこは今の茂次を見て、日本書紀に出てくる「ちいさこべのすがる」の話を思い出した。
昔の天皇が側近の「すがる」に国内の「こ」を集めるように命じた話だ。「こ」とは、蚕のことで天皇は養蚕を広めようとしていたのだが、すがるは「こ」を子供のことと勘違いして、たくさんの子供を集めて来た。それで天皇は大笑いして「ちいさこべのすがる」という名をつけたのだった。この話をゆうこが、りつに大留の家は「ちいさこべ」のようだと話し笑ったのだと、りつが茂次に話す。それで茂次が大に「知ってるか?」と尋ねたのだった。大は茂次に「若棟梁はその、ちいさこべのすがるにでもなるんですかい?」と言い、横浜の助け舟を断ったり、棟梁や女将さんの葬式を出さない事がどうにも納得がいかないと茂次に言う。
数日後、偶然家の前でゆうこに会った茂次が、りつに「ちいさこべのすがる」の話を聞いたと話しかける。ゆうこは、「ちいさこべすがる」の話しにはまだ先があると言う。その先とは、あの後「すがる」は天皇の怒りを買い、無理難題を命じられ苦労の末に、沢山の子供達の面倒を見ながら責任を果たし、天皇との約束も果たした。だから、いろいろと大変な事もあるだろうけど、茂次ならきっと何とか出来ると思う。とゆうこは言う。茂次はゆうこの直接的に言わない励ましや優しさを感じ、いい女だと感謝する。

その日の夕方、茂次が家に帰ると子供達が逃げたとりつが慌てている。昼間に一の町のこども福祉課の人が子供達の様子を見に「大留」に来たのを、子供達は連れて行かれると誤解したのだ。茂次とりつは、あちこち探し回るがなかなか見つからない。すると、ゆうこから子供達が信用金庫の前にいたので、家に連れて来ていると茂次に連絡が入る。ゆうこを頼って信用金庫に行ったようだ。急いでゆうこの元に行ったが夜も遅く、子供達は一晩ゆうこの家で過ごすことになる。一夜明けて朝の仕度を早々に済ませたりつは、子供達を迎えに行く。ずっと冷静を装っていたりつだが、子供達を引き取った帰り道、大きな子は顔を、ちっちゃな子はお尻をぶってしまった。いつものように仕事で遅く帰った茂次が晩飯を食べている時に、りつが迎えに行った時の顛末を話す。りつは、ほっとしたような、悔しいような自分でもよく分からない気持ちで、ついカッとしてしまったと。茂次は、子供達よりりつのようすが気になり、ゆうことはどうだったかと聞いてくる。数日前に子供達の誰かが晩飯の時に、「りつがいなくても、ゆうちゃんがいるからいい」と悪態をついていたのを聞いていて、りつの事を心配していたのだった。

無事に子供達は帰ってきたが、りつは子供たちの中で一番年上の菊次(きくじ)が、いつも自分の事を見ているのに気づく。小学校高学年だと思っていたが中学生くらいのようだ。長く学校にも行っていないようで確かなところは分からないが、その菊次の視線がいやらしく感じられて、りつは気味が悪いと思い始めていた。

意気地なしより、意地っ張り

普請が終わりかけていた「三の町」の現場が火事になった。原因は数件先の放火のもらい火。この現場は高い材料を使っていて、それがきれいさっぱり焼けてしまう。引き渡し前なのでこの損害は「大留」が負担しなくてはならない。「大留」にとって途方もない痛手だ。この先の「大留」を心配する横浜や職人達をよそに茂次は1人、両親の遺骨を前に考え込んでいた。様子を見にきたりつに、「俺は意地っぱりか?」とたずねる。りつに「意気地なしより 意地っぱりのほうが、男らしいです。」と言われ、「三の町」の現場の再普請を心に決める。

火事で焼けた「三の町」の現場の施主は、一丁目に住む地主で自宅は亡き留蔵が建てていた。施主にまで「大留」の台所事情を心配されても、茂次の心配は「火事が起きた場所には再度 建てたくないって事もあるでしょう?」と自分の事よりも、施主の気持ちの心配をしていた。施主から、改めて神事をたのまれて再普請をすることが決まったものの、「大留」の経理の夏子をはじめ職人達は、今の台所事情で横浜からの支援を断って普請を続ける茂次の考えがわからない。夏子がしつこく金のことで茂次に詰めより、他の者には言うなと茂次はやっと重たい口を開いて自分の気持ちを話し始めた。「大留」火事の直後、茂次が鎌倉で普請を続けている留守の間に、夏子や大は「大留」を再建させたい一心で、次の普請をいくつか請け負っていた。特に「三の町」のような高価な木口を使った普請は茂次に相談してくれていれば、横浜に肩代わりしてもらって、落ち着いてからにしていただろうと茂次は言う。横浜の事にしても、同業の横浜の助けを断ったのは、片意地張っての事だけでなく、横浜の古い「大留」との関係を考えてのことで、死んだ親父も他人の力で「大留」が立ち直ろうとする事は喜ばない。と話す。これらの話を「大留」の家の玄関先で夏子から聞いた大は、茂次の気持ちを理解し、あとはしっかりと仕事をするだけだと心に誓う。偶然に立ち聞きしていた横浜も「いらん気遣いを…バカヤロウが。」と、一気に茂次と周囲の人達のわだかまりがとける。

そんな事が「大留」の家で起きている時、茂次は自宅の権利書と火事場から持ち出せた「大留」の看板と暖簾を持って、一の町信用金庫の支店長・福田の元に金策に来ていた。今までの経緯を話し、商売としてケジメをつけて融資して欲しいと願い出る。福田は「大留」の価値と「自分を信じてくれ」という茂次の気持ちをくみ取り、審査にまわしてからだが用立てることは出来ると思うと茂次に伝える。しかし、そのお金にはそれ相応の利息が付くと含みを持たせると、茂次は「もちろん、そのつもりです。」と答える。

銀行からの融資が決まり、材料の支払いや再普請の手筈を指示し、茂次自ら「三の町」の現場でノミや鉋(かんな)を持って働いた。その間に前の大火事で焼けた他の店の法事を手伝ったりして目が回るような日々が続いていた。現場から帰宅して疲れ果てていた茂次は、ひどくつんけんした態度のりつをついカッとなり叩いてしまう。その後、慌ただしく過ごしすれ違う2人だが、りつがつんけんしていた理由は、茂次が両親の葬式は出さないのに、他人の法事の手伝いをしていた事だった。茂次は「大留」が再建するまでは両親の死を認めたくないのだと心の内を語り、お互いのわだかまりがとける。りつは経理の夏子から茂次が一の町信用金庫で融資を受けた時、福田から「それ相応の利息が付く」と言われて了承した話を聞いていた。夏子によると、その利息とはゆうこをお嫁にする事で、若棟梁も了解したと言っていた。そして、2人はお似合いだし子供達もなついているからゆうこが「大留」の女将になるのは自然な流れだと、周囲の人たちは思っているようだった。

一番小さなあっちゃんは、些細な事から怖い想像にとらわれていつも怖くて泣いている。りつはなんとかして楽しい想像が出来るようにと教えるが、なかなかうまく伝わらない。
それでも、りつなりに子供達のためにと、拙いながら伝えたいことを物語にして書き始める。

万引

作業が早く引けた茂次が家の前まで帰って来ると、玄関の前に人が3人。又吉(またきち)はその1人に腕をつかまれて泣きじゃくっていた。その3人に向かってりつが、しきりに頭を下げている。1人は「一の町ぎんざ」でスーパーを経営している幼馴染の一徳、もう1人はパート風の女性、それに一の町交番の顔見知りの巡査だった。又吉がスーパーの店先からお菓子をとったのだという。
謝るりつに一徳は、この家の手伝いでただの使用人に謝られてもしょうがない、ママゴトは大概にしてくれという。茂次は話を聞くと言い3人を家に上げた。スーパーの主人・一徳に謝られてもお前の子供じゃないし、町内でも有名な悪タレ達はろくでなしにしか育たないから、しかるべき所に任せるしかないのではと言う。だから巡査を連れて来たのだった。
茂次は火事でこの家以外に行き場を失った子供達を見放すことはできず、今回のことは世間に言い訳もできないが、キツく言い聞かせるから許して欲しいと懇願する。一徳は盗みは盗み、人間のクズがやる事。あんなクソガキどもの世話をする茂次がどうかしてると引かない。茂次は親がいないからと子供達をクズ扱いする一徳に、親や家がないだけで自分たちがガキの頃と変わらない子供を、警察に任せるなんてあまりにも人情がなさすぎる。俺の責任だ。ともかく子供をどうにもさせない、と一徳を押し切った。巡査も当事者どうしで話が済んで良かったといい、3人は帰って行った。

大泣きしながら謝る又吉に茂次は、「俺も悪どい事をしたら親父にこっぴどくしかられたぜ。悪かったと思ったら二度としなければいいんだ。」と言う。やっちまった事は変えられないけど、今からは変える事が出来る。たぶん人が何かを得るのはごく数回だ。と又吉をさとし思いっきり尻をぶつ。又吉はもちろん、他の子供達全員の反省の号泣は夕食まで続いた。

薄情者と人でなし

茂次は、りつが「大留」に来た頃に何かいいたげにしていた言葉は、「あなたが あの子達の立場でなくてよかったわね。 薄情者、人でなし」だったのではないかとたずねる。りつは「そんな前の事は覚えてないし、そんな嫌味な事は…」と言いよどむが、茂次には「薄情者」「人でなし」と口に出さなかったりつの言葉こそが、父が病床で言った「意地」や「人情」の話より、いつも頭に響いていたのだった。今でもりつの口に出さなかったその言葉が、ずっと耳についていると、りつに話す。一方りつは、茂次が気にしていた「薄情者」と「人でなし」と言う言葉を思い返した。確かにあの時、頑固者の茂次に腹が立って、そのままの言葉じゃなかったけど、そんな事を言ってやろうと思っていた。しかし、りつはそんな些細な事を茂次がよく覚えていたと
感心する。りつが子供の頃に茂次に付きまとって、かまってもらえない腹ただしさに悪態をついた事も覚えていたし。「ゆうこと上手くいかなかったら言ってくれ。」と言ったこともあった。考えてみたら細かく自分に気を遣ってくれている事に気づく。もしかしたら、ゆうこより自分を好きなのではと思う。しかし、育ちも教養も器量もゆうこにまさる物は自分にはないと思うりつは、ゆうここそが「大留」の女将にふさわしいと思いなおす。ゆうこがこの家に来たら自分は出ていかなくてはならない、それはあまり遠い未来ではないと考える。

庭の金木犀が香り出し急速に秋の気配がし始めても、「三の町」の再普請と「一の町」の大火事跡地の施工と、相変わらず仕事に追われる茂次達だったが、「三の町」の再普請がほとんど仕上がった。そんなある日、木場の材木問屋・社長の和泉が用事ついでにやってきて、景品でもらった特賞の「温泉・家族全員ご招待券」を持ってきた。茂次は、ずっと休みが取れていなかった「大留」従業員達にまとめて5日間の休みをあたえ、温泉旅行にはりつと子供達や見習い達を行かせ、自分は留守を守る事にした。旅行を楽しみにする子供達だが、前日に一番小さなあっちゃんが熱を出してしまう。いつもの知恵熱だから心配いらないとりつは言うが、結局和泉社長からもらった温泉1泊旅行は、見習いと、あっちゃん以外の子供達だけで行く事になった。あっちゃんは直ぐに熱がさがって元気になり、茂次とりつとあっちゃんの3人でゴロゴロして食っちゃ寝ののんびりした休日を楽しんだ。
無事に子供達が温泉から帰り、茂次の休み最後の夜。
菊次がりつが眠っている部屋にそっと入ってきた。思わず身構えるりつに、菊次が「お母ちゃん… おやすみなさい…」とだけ言い部屋を出て行った。キクはりつに母親を重ねて見ていただけだったのだ。今まで菊次の事をいやらしいと勘違いしていた自分を心から恥じるりつは、泣きながら自分が子供達を預かるなんて間違っていたと茂次に言いに行く。部屋の障子の外から泣きながら話すりつに驚く茂次は、話しなら明日の朝にした方がもう少し冷静になれるんじゃないかと言う。少ししてりつは部屋に帰ったが、りつの様子から明日の朝にして良かったのかと思い返す。茂次はしばらくの間りつのいなくなった障子をみていた。

重要な事

置き手紙を残してりつが出て行った。
手紙には昨晩のキクとの出来事と、キクが母親を求めていただけだったのに、いやらしいと思っていた自分が本当に恥ずかしいと正直に綴られていた。そして最後に、「おひまをもらいます…」と。
りつは、いつか「大留」を出てゆく日が来ると思っていたが、こんなに早くこんな形で逃げ出すような事をするとは思っていなかった。でも、今はどうしても「大留」の人達にあわす顔がなかった。子供達も茂次も大慌てで周囲一帯を探すが、りつの姿はない。
りつは母親の墓に来ていた。お墓に花をいけ掃除を終えてお参りをすませ、ベンチに座りみんなのために作った朝ご飯と一緒に作った、おにぎりを入れたタッパを開いた時。目の前に「前に おまえの母ちゃんの墓がどこにあるか聞いといてよかったぜ。」と茂次が立った。茂次は唐突に、ふいに現場から逃げ出して別のところで働いているものの、上手くやれていない下っ端のクロの話を始める。大がクロを見つけた時に、クロは大に「一人前ってのはいつからなるんだ?誰が決めるんだよ?大さんは一人前か?んじゃさ、若棟梁は?」と言ったのだと言う。茂次はいつ一人前になるかなんてわからないが、クロが仕事をした現場に行って下手なところは頭を下げて、こちらで直させてもらうしかないだろうと大に告げたと、りつに話す。
そんな話を聞きながらも、自分がどうしても許せないと言うりつに茂次は、「俺だってまだ半人前の若造だし、お前だってまだ二十歳やそこらだ。俺は菊二との事は若い女性としての当然の反応だと思うし…だから………菊二の件のような そうゆう思い違いも、お前が結婚して、子供を産んだり 親になったり いろいろな経験をしたら、また違うふうに変わるんじゃねえか?」と言う。
さらに茂次は、学生の頃、重要な事は外の世界のどこかにあるんじゃないかと放浪の旅に出て、最近になって自分1人で生きているのではないと分かってきていたと言う。人は誰かと出会って2人になったり、「家族」が出来たりすると「先」や「未来」を考えるようになるのだろうとも。長々と話してきた言葉はさらに続き、りつに「俺は今「大留」の棟梁として一人前になりたいと思う。」と、ひどくもどかしく焦ったい言い方をしてやっと、りつに「「大留」をやってもらいたいんだ。俺と結婚してくれないか。」とプロポーズする。

きれいなお嫁さん

年の暮れに入る頃。茂次は大学に行く途中のゆう子に呼び出される。
「三の町」の再普請の時に福田に預けた「大留」の看板と暖簾を「新年を迎えるのに必要でしょ。」と持って来てくれた。「三の町」の再普請が終わったすぐ後に福田に頼まれて返しに来たものを、もう少し持っていてくれとゆうこに預かって貰っていたのだった。茂次はゆうこが子供達の面倒をみてくれているのを感謝しながらも、火事の被害を免れた事への後ろめたさで手伝っているのなら、そんな気持ちはバカバカしいからな。と、ゆうこを気遣う。当たり前の事をしているだけ、と言うゆうこは、りつが子供達のために作っているお話のノートのことを話しはじめた。りつのお話のノートは、子供達それぞれの問題を優しくさとしながら、子供達がいろんな出来事を通して、他人の考えを汲み取る事をおぼえる話しなのだ。施設が再建したら子供達に劇とかで発表会をさせたら、地域の人達にも溶け込めるのではと思っている、とゆうこはいう。ゆうこはりつが子供達を思う気持ちを支え、自分も子供達のためになりたいと思っていた。
家の廊下で茂次は、口の悪いサクラにばったりあう。「また…ハチ合わせしたわね。」と言うサクラに、ここは俺の家だし、お前達の家でもあると言う。サクラも「言われなくたって大人になってもトシマになっても、年寄りになったあんたに世話になるつもりだ。」と、ひねくれた表現だが茂次を頼りにしているようだ。

本来なら喪中で世間から非常識だと通らない事は分かっていたが、茂次は来年への願いを込めて「大留」も新年を祝う事にした。そして、両親の一周忌も終え、いくつかの季節がすぎた頃。焼けてしまった児童福祉施設は火事現場に新しく建ったが、子供達は「大留」の家から学校に通っている。茂次は一の町子供福祉課の人達と、子供達の先行きについて話し合いを重ねており、まだ先の事はわからないが子供達はとても元気に過ごしている。そして、茂次とりつは祝言をあげる事になった。真っ白い綿帽子をかぶったきれいなお嫁さんのりつ。もじゃもじゃ頭をスッキリさせた茂次。横浜をはじめ「大留」の面々、和泉社長や子供達が見守る中、昔ながらの祝言をあげた。子供達が「大留」の家にきてまもない頃、あっちゃんが箱の中身がわからないから怖いと話した時に、りつがステキな想像をすればいいと言って、りつは「箱の中にはきれいなお嫁さんがいる。」と言った事をあちゃんは思い出して喜んでいた。
夜遅くまで続いた祝いの宴が終わり、皆が帰り静かになった。疲れた茂次が部屋の布団の中でうとうとしていると、しばらく布団の脇で座っていたりつがそっと立ち、亡くなった大留の両親の仏壇の前に座った。りつは仏壇におじぎをして、とてもやわらかな小さな声で「これからどうぞよろしくお願いします。」と言った。その言葉がかすかに茂次に届いた。

『ちいさこべえ』の登場人物・キャラクター

主人公

茂次(しげじ)

東京一の町にある、昔ながらの職人大工「大留工務店」の一人息子。26歳。
世襲制の「大留」に育ち、幼い頃から家を継ぐことが当たり前と父に仕込まれた。そして、有名大学の建築科を卒業した。父の元で働くうちに、重要な事は外の世界にあるのではないかと思い、たくさんの世界遺産を回る放浪の旅に出た。そこで今まで1人で生きていると思い上がっていた自分に気づく。その後再び、「大留」の若棟梁として働き出すが、父が体調を崩し寝たり起きたりの状態になる。病床で父から「大留」の看板を背負って次の普請から棟梁として皆をひっぱれと言われる。その普請の最中に「大留工務店」が火事で焼け、両親が亡くなた。茂次は、「大留工務店」の立て直しに奔走するが、若い衆の面倒を見させるために雇ったりつが、火事で焼けた児童福祉施設の悪ガキ5人を勝手に預かり、さらに問題が増える。

りつ

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