Art Blakey(アート・ブレイキー)の徹底解説まとめ

アート・ブレイキー(Art Blakey)とは、アメリカ出身のジャズドラマー。「ナイアガラ・ロール」と呼ばれる迫力あるドラミングでモダン・ジャズの発展に多大な影響を与えた。彼が率いた「ジャズ・メッセンジャーズ」はハード・バップの金字塔であり、ボビー・ティモンズやリー・モーガンらを輩出する新人ミュージシャンの登竜門としても機能した。明快で迫力あふれる演奏はジャズ初心者にも適していると評価されている。度重なる来日公演を行い、大の親日家としても広く知られた。

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『Art Blakey's Jazz Messengers with Thelonious Monk』

1957年発売。

オリジナル盤LP
A面
1. エヴィデンス - "Evidence"
2. イン・ウォークト・バド - "In Walked Bud"
3. ブルー・モンク - "Blue Monk"

B面
1. アイ・ミーン・ユー - "I Mean You"
2. リズム・ナ・ニング - "Rhythm-a-ning"
3. パープル・シェイヅ - "Purple Shades"

アトランティックにてセロニアス・モンクを迎えて制作された傑作。

『Hard Drive』

1957年発売。

1. フォー・マイナーズ・オンリー - "For Minors Only"
2. ライト・ダウン・フロント - "Right Down Front"
3. デオ-X - "Deo-X"
4. スウィート・サキーナ - "Sweet Sakeena"
5. フォー・マイルズ・アンド・マイルズ - "For Miles and Miles"
6. クラフティ - "Krafty"
7. レイト・スプリング - "Late Spring"
8. ティッピン - "Tippin'"
9. プリスティン - "Pristine"

ベツレヘムからリリースされた作品。

『Art Blakey Big Band』

1957年発売。

1. ミドリフ - "Midriff"
2. エイント・ライフ・グランド - "Ain't Life Grand"
3. ティッピン - "Tippin'"
4. プリスティン - "Pristine"
5. エル・トロ・ヴァリエンテ - "El Toro Valiente"
6. ザ・キス・オブ・ノー・リターン - "The Kiss of No Return"
7. レイト・デイト - "Late Date"
8. ジ・アウター・ワールド - "The Outer World"

ジョン・コルトレーンも参加したベツレヘムのビッグ・バンド作品。

『モーニン』(Moanin')

1958年発売。

オリジナル盤LP
A面
1. モーニン - "Moanin'"
2. アー・ユー・リアル - "Are You Real"
3. アロング・ケイム・ベティ - "Along Came Betty"

B面
1. ドラム・サンダー組曲 - "The Drum Thunder Suite"
2. ブルース・マーチ - "Blues March"
3. カム・レイン・オア・カム・シャイン - "Come Rain Or Come Shine"

ブルーノートを代表するファンキー・ジャズの有名名盤。

Art Blakey(アート・ブレイキー)の代表曲とミュージックビデオ(MV/PV)

"Moanin'"(モーニン)

アート・ブレイキーはジャズに詳しい人でなくとも聞いたことがあるような名曲を送り出している。イントロのフレーズは多くの人が聞いたことのあるものではないだろうか。
「Moanin'」はブルーノートアルバムの中でも人気の高い4000番台にある曲。作曲者はボビー・ティモンズである。

"A Night in Tunisia"(チュニジアの夜)

ディジー・ガレスピーが作曲したジャズ・スタンダード「チュニジアの夜(A Night in Tunisia)」は、アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズの代表曲であり、彼のドラミングの全貌を堪能できる名演である。
特に1960年録音(1961年発売)のブルーノート盤『A Night in Tunisia』における同曲の演奏では、イントロから激しいドラム・ソロとアフロ・キューバン・リズムを提示し、楽曲の途中に組み込まれた長尺のドラム・ソロでは「ナイアガラ・ロール」と称される怒涛の連打を披露する。幾重にも重なるポリリズムと打楽器のエネルギーは圧巻であり、ドラムという楽器が持つ表現の限界を押し広げている。

Art Blakey(アート・ブレイキー)の名言・発言

「俺は今まで世界を旅してきたが、日本ほど俺の心に強い印象を残してくれた国はない。それは演奏を聴く態度は勿論、何よりも嬉しいのは、アフリカを除いて、世界中で『日本だけが我々を人間として歓迎してくれた』ことだ。人間として、ヒューマンビーイングとして」

1961年の初来日公演の際、ツアーを終えて帰国する直前にアート・ブレイキーが語ったとされる象徴的な発言である。
当時、母国アメリカでは公民権運動の前夜であり、有色人種に対する人種差別や隔離政策が公然と行われていた。世界各地のツアーでも不当な扱いや差別に直面してきたブレイキー一行にとって、日本の空港で大勢のファンが温かい歓声と花束で出迎えた光景は大きな衝撃を与えた。肌の色ではなく、一人の「人間(ヒューマンビーイング)」として、そして一人の「優れた芸術家」として純粋にリスペクトされたこの体験は、彼を生涯にわたる熱烈な親日家へと変えた。

「僕らがすべきことは、人々を幸せにすることなんだ。音楽ってのは黒人のものでも白人のものでもなく、みんなのものさ。僕はそれを誇りに思ってる」

ジャズのルーツや人種の垣根を超え、音楽が持つ本質的な役割を語ったアート・ブレイキーの名言である。
ブレイキーはアフリカ系アメリカ人の伝統から生まれたジャズというジャンルに深い誇りを持ちつつも、それを特定の人種だけのものとすることを拒んだ。聴く人すべてを魅了し、幸福感を与えることこそがミュージシャンの使命であるという、彼の音楽観が示された言葉である。

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