針子の乙女(ラノベ・漫画)のネタバレ解説・考察まとめ

『針子の乙女』とは、ゼロキによりKADOKAWAにて2019年に発売された小説を原作として、雪村ゆににより角川コミックスにて2020年にコミカライズされた漫画作品。前世の記憶を残したまま技術貴族ヌィール家の子供に転生したユイは、ヌィール家特有の能力がないと判断されて虐げられる日々を過ごしていた。しかしある日、心優しき貴族ロダンに針子として引き取られたことで、ユイは自身の類まれな能力を隠すことなく披露し始めるのだった。針と蜘蛛と精霊が織りなす、幻想的な異世界裁縫ファンタジーが魅力的な作品だ。

『針子の乙女』の概要

『針子の乙女』とは、ゼロキによりKADOKAWAにて2019年に発売された小説を原作として、雪村ゆににより角川コミックスにて2020年にコミカライズされた漫画作品。3巻が刊行された時点で単話配信120万DL、シリーズ累計55万部を突破した。原作者の初作品でありながら、爆発的な人気が出ている。

前世の記憶を残したまま技術貴族ヌィール家の子供に転生したユイは、ヌィール家特有の能力がないと判断されて虐げられる日々を過ごしていた。しかしある日、心優しき貴族カロスティーラ・ロダンに針子として引き取られたことで、ユイは自身の類まれな能力を隠すことなく披露し始めるのだった。使えないとされていたヌィール家特有の能力だが、実はユイは始祖並みの技術をもっており、しかも限られた人にしか見えない精霊を視る目ももっていたのだ。
しかし、ユイは自分が国宝級のものを作り出している自覚がなかった。そんな高すぎる技術をもっているが故に、ユイの身の危険を案じたロダンがとある人物と引き合わせたことで、ユイの運命は大きく動き出すのだった。

本作は、針と蜘蛛と精霊が織りなす、幻想的な異世界裁縫ファンタジーである。
可愛らしい精霊たちやその力を使う様の美しさ、主人公が針子として作る素敵な作品など、見ているだけで楽しく魅力的な物語だ。

『針子の乙女』のあらすじ・ストーリー

転生後の地獄のような日々

前世の記憶を持ったまま技術貴族であるヌィール家に転生したユイは、生まれた時から自分が周りの人とは違った能力を持っていることに気が付いていた。自分の周りに集まっている小さな生き物たちが、ほとんどのものが見ることができない精霊という存在であること。そして、何故か屋敷にいる精霊たちはボロボロな服であることが多く、ユイには魔力を自在に操り糸にしてその服を繕う能力が備わっていた。

子どもに関心のない両親からは放置されていたが、1歳年下の妹との仲は良好で、ユイはこの能力のことを両親に明かす機会がないまま10歳の誕生日を迎えることになる。そしてユイの10歳の誕生日、今までずっと子供たちを放置していた両親が盛大な誕生パーティーを開催するという。不審に思うユイに、父親は蜘蛛と針を渡し、ヌィール家特有の能力の特殊な裁縫技術である「加護縫いをしろ」と告げる。加護縫いというものを知らなかったユイは、そのまま普通に服を縫ったところ、父親から加護縫いをできない出来損ないの烙印を押されてしまうのだった。加護縫いをできないものはヌィール家のものではないと扱われ、ユイは暗い作業部屋で朝から晩まで縫物をさせられ、食事もろくに与えられない生活を強いられる。1年後に妹が加護縫いを習得したことでさらにその扱いは悪化し、地獄のような日々が続くのだった。

本来意識しなくとも、蜘蛛と針を持てば本能的に加護縫いの方法がわかるのがヌィール家の血筋だ。しかしユイは、縫物を完璧にこなそうと無意識に魔力を制御してしまった為に、加護縫いの方法が分からなかった。10歳の誕生日から数年後には、自分にも加護縫いができるのだと自覚したユイだったが、もうその頃にはヌィール家のために加護縫いをする気持ちはなくなっていたのだった。そしてある日、ユイはいつものように作業部屋で縫物をしていると、突然カロスティーラ・ロダンという貴族の青年が現れる。そして、「君の新しい雇い主だ」と告げて、ユイをヌィール家の地獄のような日々から助け出してくれるのだった。

針子としての新しい人生

加護縫いができないからと虐待を受けていたユイだったが、その針子としての技術はすさまじく、ロダンはそんなユイが作ったドレスを見初めてユイを引き取ったのだという。今までろくな食事を与えられることがなく、人と会話することもなかったユイは、体力もなければ言葉が上手く出てくることもない状態であった。そんなユイに対してロダンの屋敷の使用人たちは皆優しく接してくれ、ユイは針子としての仕事に勤しむことができた。そして地獄のような日々から一転、まるで天国のような日々を過ごすユイは、針子としての初めての給金を使って屋敷の皆へお礼として匂い袋を自作してプレゼントする。しかし、ユイが加護縫いを用いて精霊の力まで借りて作った匂い袋は、もはや国宝級の逸品となっていたのだ。

この匂い袋の出来栄えから、ロダンの仕事場での家令であり精霊を視る目をもつスクルは、ユイが精霊を視ることができると確信をする。そして、屋敷内に居る精霊の中には衣服を繕われているものがおり、それは精霊たちにとって治療に値するのだとユイに教えるのだった。精霊たちの衣服は精霊自身の一部であり、呪霊師に力を奪われた精霊は衣服がボロボロになり、そこから力がどんどん失われていきついには消えてしまうのだという。そんな精霊たちの治療を願われ快く請け負ったユイだったが、やっと栄養が回り始めた体が急激に成長に向かった反動で倒れてしまうのだった。ユイの高すぎる技術力に、その力欲しさに彼女に危害を加える輩が出てくることを危惧したロダンは、ベッドに臥せるユイに「会わせたい人がいる」と告げる。

王族との婚姻

虐待の日々から解放されてやっと体の成長が訪れたユイは、周囲の人間が誘拐の心配をするほどの美少女へと変貌を遂げた。回復したユイに、ロダンは前国王であるロメストメトロ・アージットを紹介することになる。
アージットと対面したユイは、アージットの着ている服のあまりのひどさに「この服、今すぐ脱いでくださいっ」と迫ってしまう。実はこの服はユイの父親であるヌィール家当主の作品で、アージットはユイの実力を見るためにもその服の仕立て直しを許可するのだった。ひどいセンスの服だが、仮にも加護縫いをされたものであるため、普通の裁ちばさみでは刃が通らない。困ったユイだったが、近くにいた闇の精霊が剣を一振りすると、加護縫いされていた服は全てきれいに解体される。
そして服を仕立て直し始めるユイの作業風景を見たアージットたちは、周囲の精霊たちが自ら力を貸すその様子に、ユイの力を欲する人間が後を絶たないだろうことを確信してしまう。

そのためアージットは、そういったことを防ぐためにもユイに「私と結婚しよう」と告げる。
ユイの「針子としての才能と魂を守る」と言ってくれたアージットに、ユイはその手を取ることを決めるのだった。

ヌィール家の当主

ユイがアージットと結婚するためには、ヌィール家の蜘蛛との契約を書き換える必要がある。ヌィール家の蜘蛛は、本来なら精霊を食らうはずの邪悪な魔物とは違い、知恵と魔力を宿した特別な魔物である聖獣という存在だ。聖獣の子は親の性質を引き継ぎ聖獣になりやすいため、ヌィール家の人間は代々この蜘蛛たちと契約を交わして厳重に管理している。結婚などで名前が変わる際にはこの契約を書き換える必要があり、それをせずに蜘蛛との契約を破れば、その者は蜘蛛に食い殺されてしまう危険なものでもある。本来なら、ユイが引き取られた際にロダンに対して説明されなければいけなかったこの蜘蛛との契約だが、ヌィール家の当主はわざと説明をしなかった。その危険な行為に当代には当主の資格がないとし、アージットはユイにヌィール家の当主になることをすすめるのだった。

当主の資格は「一族の中で最も優れた腕の持ち主」であることなので、ユイにはその資格がある。そのため、3日後にある王家主催の夜会でユイの腕前を現王に披露し、ユイがヌィール家の当主にふさわしいのだと示すこととなった。そしてユイには護衛として、メイドのミマチと騎士のメネス・ストールがつくことになるのだが、実はこのストールはロダンの恋人であるという。ユイは、かわいいもの好きでお調子者だが諜報もできるミマチと、真面目で暴走しがちなミマチの手綱を握るストールという心強い側仕えを得るのだった。

ユイの実力

王家主催の夜会の日、ユイたちは夜会前に現王ロメストメトロ・アムナートとの面会をすることとなる。アムナートが座する玉座にはこの国を守護する聖精霊の本体であるタペストリーが飾られており、精霊として控えている国布守(こくふもり)の右腕にはひどい火傷があった。ユイがアージットに火傷のことを問うと、あの火傷は数年前に前王妃が呪霊師に堕ちて国布守を呪ったせいであるという。精霊の傷ならば治療できるかもしれないと、ユイは国布守への治療を試みることになる。しかし、加護縫いをし始めて間もないユイの今の実力では、ほんの少し指先の火傷が治る程度しか治療できなかった。治療できないことを謝罪するユイだったが、「今まで誰も治療すらできなかったというのに、回復の可能性を示してくれただけでもうれしい」と、逆にアムナートに礼を言われてしまう。ヌィール家の当主となれば蜘蛛との契約によって能力が向上するため、その際には改めて国布守の治療をすることを約束し、アムナートへのユイのお披露目は成功に終わるのだった。そしてその王から密かに、今夜の夜会でアムナートの婚約が発表されるためその礼服を作って欲しいと依頼されたユイは、嬉々としてその依頼を請け負う。

アムナートについている若葉色の精霊の力を借りて礼服を作り上げたユイが夜会の会場へ向かうと、そこではユイの妹であるメイリアと染付を得意とする技術貴族であるフルク・ハーニャが口論をしていた。その口論を聞いていると、なんとハーニャがヌィール家に依頼したドレスをメイリアが盗み着て夜会に来ているのだという。それを咎めるハーニャに対して、逆切れしたメイリアはハーニャのドレスに飲み物をかけて罵倒しながらその場を立ち去る暴挙にでてしまう。意気消沈した様子のハーニャに、ユイは妹の暴挙を謝罪しつつ、ハーニャのドレスをリメイクしたいと告げる。まだ未発表であったが実はハーニャはアムナートの婚約者であったのだ。ミマチからそれを聞かされたユイは、アムナートから遣わされた若葉色の精霊とハーニャの連れている炎の精霊の力を借りて、その場で見事な加護縫いを披露する。周囲の人間たちが驚愕するほど、加護縫いによってドレスを変化させる腕前を見せつけたユイは、名を問うたハーニャに「アージット様の針子の乙女」であると宣言するのだった。

蜘蛛との契約

夜会でのお披露目によってユイの実力を疑う者は居らず、ユイをヌィール家当主に据えることが宣言と共に周知された。さっそく蜘蛛との契約を書き換える為に、ユイたちは契約書が保管されている保管庫に向かう。契約書には加護縫いが施されており、その上にユイの蜘蛛を乗せると今まで見えなかった契約文が現れる。アムナートに続いてその文言を読み上げていたユイだったが、蜘蛛の乙女に続く始祖の蜘蛛の名前だけは誰にも読むことができないのだという。疑問に思うユイだったが、その文字を見るとなんとそれはカタカナで記載されていたのだ。始祖の蜘蛛の名が前世の言葉で書かれていること、始祖の蜘蛛が育てたというヌィール家初代当主の名がサクラであることから、ユイは始祖の蜘蛛の名を読み上げることで何かを知ることができると確信する。そして、ユイが始祖の蜘蛛の名「アリアドネ」を告げると、ユイやその周囲にいたアージット達はアリアドネに召喚されてしまうのだった。

気が付くと一面真っ白な不思議な空間に一人で居たユイは、そこで真っ白な蜘蛛の魔物と出会う。まるで女神のような美しい女性の上半身と蜘蛛が融合したようなきれいなその魔物が、始祖の蜘蛛であるアリアドネだった。そこでユイはアリアドネから、国布守の治療の方法を教えてもらうこととなる。国布守はアリアドネとサクラが共に作ったタペストリーであり、子供のような存在であるため、国布守の治療は願ってもないことであったのだ。治療方法は、呪いを受けた部分はもう癒せないため風の精霊か風の魔力をもつ魔剣を用いて切り離してしまい、ユイがその部分を縫い直すという方法である。しかし、今のユイの蜘蛛はまだまだ経験不足であまり強い魔力を糸に乗せられないため、蜘蛛のレベルをあげる必要があるのだという。そして、切り離した呪いは魔物と化して人を襲い始めてしまうため、ユイが治療している間に魔物に対処する人員も必要になるのだ。その戦闘要員はユイを針子の乙女としたアージットが担う必要があり、アリアドネはアージット達の実力を試すために、ユイとともに召喚して魔物と戦わせているのだという。無事にアージット達が魔物を倒しきったため、ユイも元の場所へ戻してくれるというアリアドネは、ユイを優しく抱きしめて「自分が正しいと思う道を進んでちょうだい」と告げるのだった。

転生者の存在

国布守の治療に必要なものが判明したため、ユイたちはその準備を始めることになる。風の精霊は透明で見つけるのが困難なため、風の魔剣を捜すことにした一同は、その魔剣があるという迷宮の攻略を目指すことにしたのだ。しかし迷宮のある場所は遠く、これから冬になるという時期でもあるため移動は過酷な旅となると予想された。王城内の移動中にそんな会話をしていたユイたちであったが、とある空き部屋をふと見たユイがそこにある大きな台座について尋ねるも、ユイ以外には誰もそれを目にすることができないのだという。そこに官吏たちを束ねる文官長であるカヤナが現れ、そこにある台座は長距離を一瞬で移動できるゲートであると告げるのだった。迷宮への移動手段に悩んでいたユイたちは喜ぶも、そのゲートは今は壊れていた。そして代々ゲートの管理が役目である一族のカヤナと、親戚であるというメイドのセンリは、その修復方法を知っているのだという。しかし修復に必要な道具は実家においてあるということから、ユイたちを連れてセンリの実家に向かうことになるのだった。道具がなくすぐに修復ができないことを謝るセンリだったが、またアリアドネに召喚された時のように周囲の人間を巻き込んでしまうかもしれないと、すぐにゲートを使う勇気がなかったユイは逆に時間をもらえたことに礼を言う。

そしてその夜、ユイの元を訪れたセンリは、ユイが不安ならゲートを見ることができる他の者が先にゲートを試したらどうかと提案をする。実はセンリの祖父母は転生者であり、その血を引くセンリにもゲートを使うことができるのだという。ユイは、思ったよりもこの世界には転生者やそれに関わる人間が多いのかもしれないと思案するのだった。

ヌィール家の実情

ユイの元を訪れたセンリと、ユイの側仕えであるミマチとストールも交えて、4人はちょっとしたお茶とお菓子でおしゃべりを楽しんでいた。そんな中で、ヌィール家元当主であるユイの父親がユイのことを非常に敵視していることを危惧したストールから、ユイは危険性を指摘されて注意を促される。ヌィール家の者と縁を切れたらと思案するストールたちに反して、ユイは妹のメイリアのことで思い悩み始めてしまう。昔まだ幼かったころユイとメイリアはとても仲が良く、ユイが虐げられ始めたころもこっそりとご飯を分けに来てくれたりと、臆病ながらも優しい子であったという。月日が経つうちにそういったことも減ってしまい、先日の夜会ではもはや別人のような様子ではあったが、ユイはヌィール家での境遇が妹をそうさせてしまったのではないかと指摘する。出来るならば妹をヌィール家から救い出したいと力なく吐露するユイに、3人は全力でユイの手伝いをすると励ますのだった。

そんな4人の仲睦まじい会話の裏で、ヌィール家では元当主が呪霊師と密談をしていた。実は元当主は以前から呪霊師と関りがあり、ユイが屋敷に居た頃から傷ついた精霊が多かったのはそのせいであったのだ。呪霊師の男から、精霊を呼び寄せてその力を食らう特殊体質をもつ女性を買っていた元当主は、その女性を自身の蜘蛛に融合させることで精霊の魔力を無尽蔵に奪い取っていたのだった。しかし、そんなことをしていたために領地内の精霊は全て死滅してしまい、今はもう引き出せる魔力もないためろくに加護縫いもできない状態となっていたのだ。呪霊師にさらに魔力を集める方法を問い詰める元当主に、呪霊師の男は不敵に笑いながら元当主が蜘蛛と融合させて女性を連れてくるように告げる。だが、蜘蛛と融合させられた女性は暴走しており、室内へ入ってきた元当主を殺害してしまう。そして、元当主が死んだことで蜘蛛の契約も破られ魔物と化し、呪霊師の男をも殺してしまうのだった。

センリの実家に向かっていたユイたちだったが、その道中でヌィール家の方角から強い瘴気が発生していることに気づく。緊急事態が発生していると確信したアージットは、メイリアを心配するユイの様子から「ユイのしたいようにしていいのだ」と告げ、共にヌィール家に向かうことになるのだった。

『針子の乙女』の登場人物・キャラクター

主要人物

ヌィール・ユイ

本作の主人公であるヌィール家の長女。
初代当主並みの技術を持ち精霊を視ることもできるが、10歳の誕生日に無意識に魔力を抑制したことで加護縫いを行うことができず、出来損ないの烙印を押されて虐待されていた。
実際には加護縫いをすることもでき、その実力は国宝級である。
虐待から解放されてから今まで抑制されていた成長が一気に来たが、その容貌は絶世の美少女へと成長した。
自分を虐げてきたヌィール家に思うところはあるものの、復讐をしようという発想はないようで、むしろ残された妹のことを心配するほど心優しい少女である。
実は生まれた時から前世の記憶がある転生者であり、前世の頃から服飾が好きだったためまさに針子は天職ともいえる。
恋愛よりも針子の仕事をとる仕事人間であり、アージットからの求婚も「針子の仕事を取り上げることもなく、むしろ針子としての自分を尊重してくれるから」という理由で受け入れたほどだ。

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