清春(Kiyoharu)の徹底解説まとめ

清春とは、岐阜県岐阜市生まれ、岐阜県多治見市出身のミュージシャン。1994年、ヴィジュアル系ロックバンド・黒夢のボーカルとしてメジャーデビューし、2003年からはソロ活動を開始。一貫して退廃的、かつ耽美な世界観と鋭利な歌詞表現でカリスマ的人気を確立している。また、その中性的で退廃美を帯びたルックスと独自のスタイリングでも熱狂的なフォロワーを生み出し、ヴィジュアル系バンドシーンにおける美意識の指標として、後続アーティストやファッションカルチャーにも大きな影響を与えている。

清春(Kiyoharu)の概要

清春(きよはる)とは、岐阜県岐阜市生まれ、岐阜県多治見市出身のミュージシャン。1994年、ヴィジュアル系ロックバンド・黒夢のボーカルとしてメジャーデビュー。退廃的かつ耽美な世界観と鋭利な歌詞表現でカリスマ的人気を確立した。同バンド後期にはパンク/オルタナティヴ色を強め、日本のロックシーンに大きな影響を与える存在となる。
1999年の黒夢活動休止後は、ロックバンド・SADSを結成し、より攻撃的で衝動的なサウンドへと舵を切るなど、自身の表現を刷新。2003年からはソロ名義での音楽活動を開始し、内省的かつ芸術性の高い作品を発表するとともに、アパレルブランドの設立やプロデュースなど、多方面で活動を展開している。
また、その中性的かつ退廃美を帯びたルックスと独自のスタイリングはファッション面でも高く評価されており、細身のシルエットやモノトーンを基調としたコーディネート、レザーやドレープを活かした装いなど、ファッションアイコンとしても多くの熱狂的なフォロワーを生んだ。ヴィジュアル系シーンにおける美意識の一つの指標として、後続アーティストやファッションカルチャーにも影響を与えている。

黒夢、SADS、ソロと形態を変えながらも一貫して「退廃美と破壊」を孕んだ表現を追求し続けており、日本のロックシーンにおいて独自の存在感を放ち続けるアーティストとしての地位を確立している。

黒夢とは、1991年に結成された日本のロックバンド。ボーカルの清春とベースの人時を中心に活動し、1994年にメジャーデビュー。初期はヴィジュアル系に位置付けられながらも、次第にパンクやオルタナティヴ・ロックの要素を強め、独自の音楽性を確立した。退廃的で鋭利な歌詞や、メンバーのファッションも含め、後進のミュージシャンに多くの影響をもたらした、伝説的なロックバンドとして支持され続けている。

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清春(Kiyoharu)の活動経歴

退廃美と危うさを持った時代の寵児

1990年代、一世を風靡した黒夢

1991年に結成されたヴィジュアル系ロックバンド・黒夢のボーカリストとして音楽活動を開始。インディーズ時代から、耽美で退廃的な世界観で注目を集め、1994年にシングル『for dear』でメジャーデビューを果たす。ヴィジュアル系の様式美を踏襲しつつも、徐々に音楽性はパンク/オルタナへと接近していき、黒夢は作品ごとに変化するバンドとして話題を集める。やがて、「少年」「Like @ Angel」などの楽曲のヒットにより人気を拡大し、清春は一気に90年代ヴィジュアル系シーンの中心人物として知名度を高めていった。
しかし、これと同時に、バンド内部の緊張や音楽性の変化も進行していき、1999年、黒夢は人気絶頂の中で無期限活動休止を発表することになる。

SADS結成

SADSのアーティスト写真

黒夢の活動休止直後、清春は新たにSADSを結成。黒夢後期の流れをさらに押し進め、音楽性はシンプルに、そしてより攻撃的なパンク/ハードロック方面へとシフトしていった。
代表曲「忘却の空」がテレビドラマ『池袋ウエストゲートパーク』に起用されたことでヒットしたことや、年間100本を超える精力的なライブ活動によって、SADSもまた、急速に伝説的なライブバンドとしての立ち位置を固めていく。
繊細な美学よりも衝動や暴力性、刹那性を前面に押し出した世界観を構築し、黒夢で築いたイメージを自ら破壊することでファンを魅了する。

ソロ活動で得た表現者としての深み

2003年以降はバンドという枠組みを離れ、清春はソロ活動を開始。以降の作品では、耽美で内省的な歌詞世界をより深く掘り下げ、ロックに限らず、アコースティック、ジャズ的要素、カバー曲への挑戦など、より実験的なアプローチで音楽性を拡張。また、ミュージシャンとしての活動にとどまらず、アパレルブランドの展開やセルフプロデュースにも積極的に関与し、トータルな美意識を持つ表現者としての側面を強めていく。
ライブにおいても独自の距離感と緊張感を持つ演出を展開し、観客との関係性すら作品の一部として構築する独自のスタイルを確立していく。2010年代以降は黒夢やSADSの再始動と再結成を断続的に行いながら、ソロでも並行して活動を継続。配信やSNS、YouTubeなどの新たな発信手段も積極的に取り入れ、デビューから30周年を越えてもなお、精力的に活動を続けている。
様式美の踏襲と破壊、再構築というサイクルを更新し続けるその姿勢は、日本のロックシーンにおいて極めて特異な存在として輝き続け、長きにわたって多くのファンの心を掴んでいる。

清春(Kiyoharu)のプロフィール・人物像

1968年10月30日、岐阜県岐阜市生まれ。出身地は岐阜県多治見市。岐阜県立多治見工業高等学校デザイン科卒業。
3人兄弟の長男として誕生。中学生までは岐阜市に住み、その後多治見市へ引っ越す。高校時代からTHE WILLARDのコピーバンドに加入し、初ステージは高校2年時。
黒夢、SADS時代から一貫して退廃的で攻撃的、かつ疾走感のあるサウンドと、エロスを感じさせる世界観で人気を獲得。高いファッションセンスでも支持を集めており、1990年代後半には、自身のトレードマークでもあるクロムハーツのアクセサリーとラバーソールが人気アイテムになっている。
多くのファッション誌で活躍してファッションアイコンとしての地位を確立し、自身でもシルバーアクセサリーブランド、SADISTIC AND DANGEROUS(S.A.D.)をプロデュース。Charm CultやMoonage Devilment、MENTAL、レディース部門のJubilee & Mayhemといったファッションブランドを自ら立ち上げている。シルバーアクセサリーのJustin Davisを愛用しており、同ブランドの日本における広告塔的な存在になっているほか、自身とのコラボレート作品も多数製作・販売されている。

清春(Kiyoharu)のディスコグラフィー

オリジナルアルバム

poetry

2004年リリースの1stアルバム。サウンドはミニマルで、黒夢やSADSで見せた衝動や破壊性とは対照的に、清春自身の持つ詩人性が前面に押し出された内容となっている。

1. 唯一遠くへ
2. 暗いくちづけ
3. 闇
4. 2月
5. MELANCHOLY
6. オーロラ -Album ver-
7. 退廃ギャラリー
8. EMILY -Album ver-
9. あの詩を歌って
10. PERFUM
11. REVOLVER
12. 飛行船

MELLOW

2005年リリースの2ndアルバム。タイトルの通り、官能的な側面が強く押し出された一枚で、ハードさや攻撃性よりも、質感や空気感で聴かせるアプローチが徹底されている。サウンド面でもロックの枠にとらわれず、ソウルやジャズのニュアンスを感じさせるアレンジが随所に散りばめられており、歌そのものを聴かせるような設計になっている。

1. 光
2. COME HOME
3. BUNNY SMILE
4. ROOM
5. 蝶
6. HORIZON
7. 影絵
8. FAIDIA
9. LAST SONG ―最後の詞― album version
10. ALSTROEMERIA
11. SLIDER

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