消えた声が、その名を呼ぶ(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

第一次世界大戦時のオスマン帝国。アルメニア人の鍛冶職人ナザレットは、ある夜突然憲兵隊に連行され、強制労働を強いられたのち処刑される。喉を切られ声を失ったが、なんとか命をとりとめたナザレットの唯一の希望は、愛する家族に会うこと。砂漠を歩き、海を渡り、8年の歳月をかけ地球半周もの旅をした一人の父親を、若き名匠ファティ・アキンが描いた壮大な歴史ドラマ映画。

『消えた声が、その名を呼ぶ』の概要

『消えた声が、その名を呼ぶ(The Cut)』は、2014年公開のドイツ・フランス・イタリア・ロシア・ポーランド・カナダ・トルコ・ヨルダン合作映画。世界三大映画祭すべてで主要賞を獲得しているファティ・アキン監督が、1915年に起きたオスマン帝国によるアルメニア人虐殺をテーマに描いた作品。

ジャック・オディアール監督の『預言者』の主演で数々の賞を受賞したタハール・ラヒムが、声を亡くした主人公を熱演。ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、ヤング審査員特別賞を受賞した。

『消えた声が、その名を呼ぶ』のあらすじ・ストーリー

1915年、オスマン帝国のマルディンでアルメニア人であるナザレットは、鍛冶職人をしながら愛する妻・ラケルと双子の娘・ルシネとアルシネに囲まれ、慎ましくも幸せな日々を送っていた。
ある日、ナザレットは仕事を終えるとその足で教会へ向かった。自分より裕福な客を妬み、料金をふっかけてしまったことを懺悔しに来たのだ。敬虔なクリスチャンであるナザレットは、そうやって日々自分を戒め、善良であろうとしていた。

教会を後にしたナザレットは、学校へ双子の娘を迎えに行く。父親を見つけた娘たちは駆け寄り、ナザレットの名前を刺繍したスカーフを得意げに見せる。3人で手をつないで歩く帰り道、鶴が飛んでいるのを見つけたナザレットは、「鶴を見たものは、壮大な旅をするんだ」と娘たちに話す。広い世界を見てほしい、それが父の願いだった。

兄弟らとともに囲む夕食での話題は、第一次世界大戦の情勢だ。戦況は深刻になりつつあり、ある町ではアルメニア人の男が消えたという話も。一抹の不安を感じながらも、妻の口ずさむ歌を聴きながら眠りについたナザレット。しかしそんな幸福な夜を引き裂くように、何者かが乱暴にドアを叩く音で目が覚める。現れたのは憲兵隊だった。「15歳以上の男は全員戦え」との命をうけ、ナザレットは兄弟とともに連行される。その手には娘たちから渡されたスカーフが握りしめられていた。

連れてこられたのは何もない荒涼とした砂漠。そこに道を作るため、灼熱の日差しのなかナザレットたちは来る日も来る日も働いた。そんな彼らの横を、アルメニア人の老人や女性、子どもたちがふらふらと列をなして通り過ぎていく。民兵がその中の女性を乱暴するが、見張りの憲兵は止めようともしない。男たちは誰もが残してきた家族が無事であることを祈った。
強制労働は年が明けても続き、病に倒れ命を失う仲間も出てきた。そんな時、知事の使いでやってきた男が「イスラム教に改宗すれば解放する」と持ち掛ける。初めは誰も動かなかったが、ぽつりぽつりと前へ出る者が現れる。ナザレットや残った仲間たちは「裏切り者!」と罵声を浴びせた。

次の日、目が覚めると銃と縄を持った男たちが現れた。縄でつながれ、人気のない場所まで歩かされたナザレットたちは、その先に待つものを予感していた。憲兵の「膝をつけ」という言葉に誰もが声を荒げ抵抗した。しかし抵抗もむなしく次々とナイフで首を切られ、血しぶきが舞った。ナザレットにナイフを突きつけた男は恐怖から首を切れずにいたが、兵士から「やれ」と銃を突き付けられ、何かを振り払うように叫び声をあげながら、ナザレットの喉を切り裂いた。

しかし、ナザレットはまだ死んでいなかった。そのことに気づいた男は、辺りが暗くなるとナザレットの所へ戻り、縄を解き水を与えた。メフメトと名乗るその男は、盗人として牢屋に入れられていたが、彼らを殺すことを条件に釈放されたという。メフメトは声を失ったナザレットを連れて逃げた。そして途中で出会った脱走兵たちとともに通りかかった馬車を襲う。しかしそこに乗っていたのは、マルディンでナザレットが料金をふっかけた、あの裕福な客だった。そして女性と子どもがラース・アルアインに連れて行かれたことを知ったナザレットは、家族を探すため1人ラース・アルアインを目指すことを決めた。

何日も歩き続け、辿り着いたラース・アルアインの難民キャンプには、やせ細りぐったりと横たわる義姉の姿があった。義姉は「家族は1人残らず死んでしまった」と言い、「私を楽にして」とか細い声で何度もナザレットに頼んだ。そんな義姉をナザレットは一晩中胸に抱き、そして静かに首を絞めた。本当に神はいるのか。いるならなぜこんなことをするのか。ナザレットは憤り、石を空へと投げ続けた。

行く当てをなくしたナザレットは、偶然出会った老人・オマルに助けられ、アレッポにあるオマルが経営する石鹸工場に住み込みで働くことになった。やがて戦争は終結。敗れたオスマン帝国は事実上解体し、宿泊施設として開放された石鹸工場には難民が溢れた。
ある夜、街にやってきた映画を観に行ったナザレット。そこに映し出されていたのはチャップリンの無声映画だった。そのコミカルな動きに誰もが笑い声をあげ、ナザレットもいつの間にか笑顔になっていた。そしてチャップリンと子供の再会に涙し、双子の娘を思った。映画が終わるとナザレットの名を呼ぶものが。それは職人時代の弟子・レヴォンだった。そしてナザレットはレヴォンから衝撃の言葉を聞く。「娘さんの無事はご存知ですよね」

ナザレットは娘たちを探し始めたが、なかなか情報が得られなかった。そこでナザレットは石鹸工場を出て、シリアとレバノンに約100か所あるという孤児院をまわる旅に出ることを決意する。
1922年。レバノンの孤児院を訪れたナザレットは、ルシネとアルシネが写った写真を見つける。そして、ルシネは死の行進でラース・アルアインへと強制移住させられる途中に転倒した影響で足を引きずっていたが、2人とも元気だったこと。1年前に孤児院を出て、数学の教師が世話した結婚相手のもとへ嫁いだことが分かった。その嫁ぎ先は、キューバだった。

船で働きながら、数学教師の親戚・ナカシアンをたよりキューバへ渡ったナザレット。しかし2人は半年前にミネアポリスへ行き、工場で働いているというのだ。実は世話したルシネの結婚相手が、足が悪いことを理由に断ってきたため、アルシネも結婚を断ったのだという。工場へ電報を打ってもらうが、返信には2人が既に工場を辞め、所在は分からないと書かれていた。ミネアポリスに行くことが一縷の望みと考えたナザレットは、アメリカへわたる旅費を稼ぐため働き始める。なかなか金が貯まらないなか、ある日ルシネとの縁談を断った男を見つけたナザレットは、その男を襲い、金を奪う。

なんとか資金を作りミネアポリスまでたどり着いたナザレットだったが、やはり工場で娘たちの情報は得られなかった。1923年になりノースダコタ州で鉄道労働者として働き始めたナザレットは、アルメニア人労働者たちと出会い、30マイル先にあるラソという村にアルメニア人が数家族住んでいることを知る。ナザレットに迷いはなかった。彼はラソを目指し歩き始める。

たどり着いた小さな町ラソ。ナザレットは足を引きずりながら歩く一人の女性を見つける。そして失った声でその名を呼ぶ。何かを感じた女性は振り返る。それはルシネだった。
アルシネは1年前のクリスマスに寄生虫にやられて亡くなっていた。アルシネの墓の前で落胆するナザレットにルシネはつぶやく。「私を見つけたわ。見つけてくれた。」こうして地球半周、8年に及んだナザレットの旅は終わりを告げた。

『消えた声が、その名を呼ぶ』の登場人物・キャラクター

ナザレット・マヌギアン(演:タハール・ラヒム)

オスマントルコのマルディンで鍛冶職人として家族とともに暮らす。1915年のある夜、突然憲兵隊に兄弟とともに連行され、強制労働を強いられた挙句、兄弟や仲間とともに首を切られる。
しかし首を切った人物がためらったことから唯一生き残り、そこから家族を探す壮大な旅が始まる。敬虔なクリスチャンでとても穏やかな人物であったが、壮絶な経験が悲しいまでに彼を強くしていく。

ラケル(演:ヒンディー・ザーラ)

ナザレットの妻で双子の娘・ルシネとアルシネの母親。愛する夫と子どもたちに囲まれ幸せな日々を送っていたが、突然夫が連行され、街は女性と子どもだけに。
その後、死の行進でラース・アルアインへと強制移住させられる途中で、娘2人をアラブ系の遊牧民に託す。これにより2人は生き延びることができたが、義姉の話からラケル自身はその後死亡したと思われる。

ルシネ(演:ララ・ヘラー)

ナザレットの娘。アルシネとは双子の姉妹で幼い頃からとても仲が良かった。ナザレットが連行される時には、2人がナザレットの名前を刺繍たスカーフを涙ながらに手渡した。
母ラケルにより遊牧民に託された後はレバノンの孤児院で暮らす。その後数学教師の紹介によりキューバへ嫁ぐが、結婚相手から足が悪いことを理由に断られる。それを聞いたアルシネも結婚を辞め、2人でミネアポリスへ。ミネアポリスを出た後はラソの町で暮らしていたが、ナザレットがルシネを見つける1年ほど前にアルシネは亡くなり、その後は1人で暮らしていた。

オマル・ナスレッディン(演:マクラム・J・フーリ)

アレッポで石鹸工場を営む老人。ラース・アルアインで義姉を手にかけ、目的も見失い絶望していたナザレットを偶然見つけ、石鹸工場にかくまった。慈悲深い彼はその後も職がなくさまよっている者たちを助け、住み込みで働かせた。
戦争終結後は工場を難民たちの簡易宿泊所として開放。やがて工場は難民で溢れ、これ以上は受け入れられないと嘆いたが、それでも彼らを見捨てることはなかった。

ハゴプ・ナカシアン(演:ケヴォルク・マリキャン)

ルシネとアルシネが育った孤児院の数学教師の従弟。2人の結婚相手を世話したが、足が悪いことを理由にルシネが縁談を断られ、アルシネも「ルシネを1人にできない」と縁談を断った。
経営する理髪店にナザレットが訪れると、キューバにいる間自宅に住まわせた。ナザレットがアメリカへ行くというと、ラム酒を運んでいる客に交渉するなど協力を惜しまなかった。

歴史背景

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