剣客商売(大島やすいち)のネタバレ解説・考察まとめ

『剣客商売』とは、池波正太郎の名作を大島やすいちが完全劇画化したものである。年の離れたおはると共に暮らし、隠居生活をしている洒脱な老剣客・秋山小兵衛(あきやまこへい)。そして、剣客の世界を歩みだしたばかりの実直な息子・大治郎(だいじろう)。この父子が様々な事件を解決していく。華やかなりし江戸を舞台に、個性的な面々の活躍を描く傑作時代劇。

『剣客商売』の概要

『剣客商売』という作品は、『鬼平犯科帳』や『仕掛人・藤枝梅安』と並んで、池波正太郎による時代小説の一つだ。1972年から1989年にかけて、『小説新潮』という雑誌で断続的に連載された。さらに、番外編として『黒白』と『ないしょないしょ』の2つの短編が、1981年から1988年にかけて『週刊新潮』で掲載された。また1998年から1999年にかけて、さいとう・たかを氏が作画し、北鏡太氏が脚色した漫画が『リイドコミック』(リイド社)より連載された。さらに、2008年からは『コミック乱』(リイド社)において、大島やすいち氏による漫画の連載が開始された。

池波正太郎氏の小説の単行本は全16巻あり、2012年6月時点で1800万部以上の売り上げを記録しており、テレビや舞台、漫画化もされている。漫画版の累計発行部数は2024年1月時点で315万部を突破している人気作品だ。

物語は、無外流の老剣客である秋山小兵衛(あきやまこへい)を主人公とし、小兵衛、後添いのおはる、息子の大治郎、女剣客の佐々木三冬(ささきみふゆ)などが、江戸を舞台に様々な事件に巻き込まれて活躍する様子が描かれている。池波氏の逝去により作品は未完となっているが、晩年のインタビューにおいて、次は小兵衛の孫である小太郎を主人公にする予定であることを明かしていた。

なお、作品は未完だが、同様に人気を誇った『鬼平犯科帳』『仕掛け人藤枝梅安』が途中で絶筆してしまったのに対し、本作は連載と連載の間で池波氏が亡くなったため、現存する各エピソードはすべて結末まで描かれている。池波氏は随筆『名前について』で、「小兵衛の性格については、いろいろなモデルがあるのだけれども、その風貌は旧知の歌舞伎俳優・中村又五郎をモデルにした」と述べており、中村又五郎は実際に小兵衛をテレビドラマで2度演じたことがある。

『剣客商売』のあらすじ・ストーリー

剣客として生きる

主人公の秋山小兵衛(あきやまこへい)は、剣の道を究め剣客として生きていくため、無外流宗家・辻平右衛門(つじへいうえもん)のもとで修業した。その後独立し、修行の厳しさで有名な、知る人ぞ知る秋山小兵衛道場を四ツ谷・仲町に構えた。その頃にお貞(おさだ)と結婚し、大治郎(だいじろう)が生まれた。大治郎も剣客として生きていくことを決意して、諸国をめぐって修行し腕を磨いた。小兵衛は、今は道場を閉鎖して鐘ヶ淵で隠居生活をしている。小柄で一見すると普通の老人に見えるが、無源流を極めた剣士であり、年をとってもその剣力は衰えていない。剣客として生きていくということは、真剣勝負を行い勝ち続けなければならないため、知らぬ間に恨みを買っていることも多い。小兵衛は、いつ敵が襲ってくるか分からないため、寝ている間も周りに気を配っている。大治郎も剣客になったがゆえに常に気を抜くことはない。『まゆ墨の金ちゃん』では、小兵衛は大治郎を狙う剣客がいることを知らされる。悩みながらも息子が選んだ剣客の生き方だからと、大治郎に狙われていることを告げなかった。夜中に大治郎の邸宅を襲った刺客は、その気配に気づいて起き上がった大治郎に返り討ちにあった。

様々な事件を解決していく

秋山小兵衛が道場を構えていた時に、弥七(やしち)という門下生がいた。今は御用聞きをしている。小兵衛が隠居してからも付き合いがあり、様々な事件の相談に訪れる。正義感が強く、悪者には容赦せず、弱いものを助けずにはいられない小兵衛は、事件解決の手助けをする。人脈が広く、人間そのものの達人ともいえる小兵衛は、的確な指図で事件を解決に導く。弥七の手下徳次郎(とくじろう)や懇意にしている辻売りの又六(またろく)を使って尾行をさせたり、賭場で情報を得たり地道な捜査をさせながら悪党を追い詰めていく。悪党の腕に覚えのある用心棒を小兵衛の剣術で成敗する場面は圧巻である。

秋山小兵衛を取り巻く剣客達

『女武芸者』では、秋山小兵衛の息子の大治郎がある人物の腕を折って欲しいと頼まれるが、断る。その人物とはのちに大治郎と結婚する佐々木三冬(ささきみふゆ)である。剣の腕は井関道場の四天王と言われるほどであり、日頃から男装をしていて、自分より強い人ではないと結婚しないと言っていた。そのため、相手の親が図ったことだった。
『剣の誓約』では、大治郎の道場にかつての兄弟弟子である嶋岡礼蔵(しまおかれいぞう)が尋ねてくる。嶋岡は小兵衛と同じ時期に辻道場で修業していて、お貞をめぐって勝負をし小兵衛に敗れていた。その嶋岡は10年前の真剣勝負で引き分けとなり、10年後に再び立ち合いを約束した剣士・柿本源七郎(かきもとげんしちろう)との立ち合いを果たすために江戸に戻ってきた。その未届け役を大治郎に頼みに来たのだ。しかし、果し合いをする前に柿本の門人である伊藤三弥(いとうみつや)に、不意を突かれて弓矢で殺されてしまう。大治郎殺そうとするが、逆に大治郎に右腕を切断されて、逃亡した。

人間ドラマ

『鬼熊酒屋』では、秋山小兵衛が墓参りに行った帰りに土手下で苦しんでいる老人・熊五郎(くまごろう)を見かける。心配した小兵衛が家まで送ろうとしたのだが、無下に断って去っていった。ある夜、碁仲間の小川宗哲(おがわそうてつ)に面白い店があると誘われていくと、そこは熊五郎の店だった。鬼熊酒屋という名で息子夫婦と三人でやっている安くてうまい店なのだが、熊五郎は客のあしらいが下手で、誰とでもケンカ腰で相手をしていた。弱いところを誰にも見せたくない熊五郎は、病気のことを息子夫婦に言っていない。そんな熊五郎の身を案じた小兵衛が一肌脱ぐ。
『市松小僧始末』では、日本橋の木綿問屋「嶋屋」の一人娘・おまゆは大きな体格で剣の腕もある男まさりの女性だった。小兵衛は、かつて井関道場の四天王と言われていた大治郎の妻である三冬と引き合わせた。女としての幸せを手に入れた三冬と会っておまゆは自身もそうなりたいと考えるようになった。そんな頃、スリの名人の市松小僧又吉と出会い恋に落ちた。又吉と結婚したいおまゆは、又吉にスリをやめさせ両親に正直に話した。五年間所帯を守れたら許すといわれ、しばらくは平穏な生活をしていたが、昔の悪事が忘れられない。ついにスリをしてしまい、御用聞きに見つかってしまう。すでに二度捕まっている又吉は三度目は死罪になる。おまゆは又吉の利き腕を切り落として許しを乞うた。

鍔(つば)を割る

小兵衛の息子大治郎の道場に通う門下生・飯田粂太郎(いいだくめたろう)には、よし蔵と政吉(まさきち)という幼馴染がいる。3人ともまだ若く、粂太郎は武士として、よし蔵は刀鍛冶政吉は刀研ぎになる道を進んでいた。粂太郎は、藁(わら)切りで勢い余って地面に刀をぶつけて刃こぼれしてしまった。政吉の所に刀を持っていき、そのとき丁度よし蔵が訪ねてきた。3人はそのまま飲みに出かけた。
よし蔵は大きなあくびをして眠そうだ。粂太郎が尋ねると、最近嫌な夢を何度も見て眠れないという。見たこともない侍にバッサリ切られる夢を見るらしい。あまりにリアルで鍔の形もはっきり覚えていて、1度目が覚めたらその刀がちらついて眠ることができないのだそうだ。不思議なことがあるものだと話しながらその日は別れた。
ある日政吉の働いているところに行ったよし蔵は、夢に出てきた鍔を付けた刀を研ぎに出していた人物を目撃した。不思議なことにその人物は夢で見た時より少し老けているように見えた。侍を見たよし蔵は何かを決心したようだった。それから何日か過ぎて、粂太郎のところに政吉の所が訪ねてきた。よし蔵がいなくなったらしい。夢で見た人物を探しているのだと思い、その人物が両国の芝居部屋の話をしていたことを頼りに、両国広小路辺りを探しに行った。そこで宗哲(そうてつ)先生と碁をした帰りに、おはるの土産に落雁を買いに来ていた秋山小兵衛と偶然出会った。よし蔵を探している話をしていると、政吉のところで見た人物を付けているよし蔵を見つけた。小兵衛達3人はそのあとを追った。
人気のない場所に着くと、夢の侍は振り向き、よし蔵を睨みつけた。尾けていたことに気付いていたのだ。怪しんだ侍は刀を抜いた。助けようと走り出す小兵衛達に、「人殺しだあ!誰かっ、誰かー」と叫ぶ声が聞こえ、侍は逃げていった。叫んだのは弥七(やしち)だった。弥七も侍を付けていたのだ。弥七は昔江戸を荒らしまわった、早掛けの清三(はやがけのせいぞう)をいう盗賊を捜していた。17年前に神田の呉服問屋三好屋に最後の押し込みをしてから上方に逃げていた。三好屋の押し込みのとき清三の右腕である七右衛門(しちうえもん)が、店の女将を手にかけていた。その清三一味が2ヶ月前に江戸に戻ってきたという情報を得て、弥七は清三を捜していたが見つからない。ようやく見つけたのが七右衛門であった。七右衛門こそ、よし蔵の夢に出てきた侍なのだ。しかし、17年前に生まれたよし蔵が覚えているのだろうか。小兵衛たちは三好屋を訪ねることにした。三好屋の向かいの茶屋には七右衛門の姿があった。次に清三一味が狙っているのは、三好屋だったのだ。
小兵衛たちは」、三好屋の大番頭の玄三と主人の富三郎から話を聞いた。17年前に殺された女将さんは妊娠していて、お腹の子供は助かっていた。先代は自分の手で育てると言ってたのだが、親せきから不吉な子だからと異議が出て、野菜売りの夫婦にもらわれることになった。その子供がよし蔵だったのである。驚きの事実を聞いたその夜、政吉が七右衛門にさらわれる。三好屋に押し込みに入るのに邪魔だと思った七右衛門が、小兵衛たちをおびき寄せて殺そうとしたのだ。政吉を助けに向かった小兵衛は、七右衛門の刀の鍔を刀で砕くほどの技で七右衛門を倒した。その後、弥七は早掛けの清三一味を取り押さえた。よし蔵は、切られる夢を見なくなった。

『剣客商売』の登場人物・キャラクター

主要登場人物

秋山小兵衛(あきやまこへい)

この物語の主人公。無外流の達人である。初登場は59歳。無外流宗家・辻平右衛門(つじへいうえもん)に師事し、辻が大原の里に引き込まった後は独立して、四ツ谷・那珂町に道場を構えた。そのころ、お貞と結婚し大治郎が生まれるが、大治郎が7歳のころにお貞は亡くなってしまう。道場を閉めてからは鐘ヶ淵で隠居生活をしており、奉公にきていた41歳も年の離れたおはると再婚し、ふたりで気ままな暮らしをしている。人脈も広く、多くの人から敬愛されている。好奇心旺盛で、身近に起きた様々な問題を解決していく。悪には容赦せず、弱い者への助けを惜しまない。ある金貸しから千五百両の大金を遺贈され、生活には困らず世のため人のために使っている。芸術や美食にも造詣が深い。年老いても剣術は衰えず、天下無双の腕前だ。

秋山大治郎(あきやまだいじろう)

秋山小兵衛の息子。小柄な父とは違い、長身で筋骨逞しい体付きをしている。13歳のころから父小兵衛に剣術の指南を受けていたが、外に出て修業すべきだという小兵衛の考えもあり、15歳の時に大原の里の辻平右衛門のもとに行き指南を受けた。20歳のころに平右衛門が無くなり、その後約4年間県の修行のため諸国をめぐって江戸に戻ってきた。父小兵衛の助けもあり浅草の新崎稲荷神社の近くに道場を開いた。真面目過ぎる正確な大治郎の稽古は厳しく門下生はなかなか集まらなかったが、次第に飯田粂太郎ら大治郎を支持する門下生が来るようになった。田沼意次の屋敷に出稽古にもいくようになった。その縁もあり田沼意次の妾腹の娘、佐々木三冬と結婚し息子の小太郎が生まれる。小柄な体を気にしている小兵衛は小太郎という名前をはじめは反対したが、父の名前を入れたいという大治郎の言葉を聞いて納得した。
父小兵衛の血を継ぎ、諸国を巡って剣の修行をしたこともあり、剣客としての腕前は素晴らしく、いずれは父を超えるだろうと言われている。

おはる

右側の女性

関谷村の百姓・岩五郎(いわごろう)とおさきの次女。小兵衛が鐘ヶ淵に印書してから方向にやってくるが、男女の仲になり、結婚する。40以上歳の離れた相手との結婚におはるの両親は、初めのうちは反対していたが、小兵衛の人柄が分かるようになると結婚を喜ぶようになる。奉公に来ていた時から小兵衛を「先生」と呼んでいたこともあり、結婚した後も小兵衛のことを「先生」と呼んでいる。「お前さん」と呼ぶことがまだ恥ずかしいらしい。大治郎より年下のおはるは、大治郎から「母上」と呼ばれることをあまり好まない。
料理上手であり、美食家の小兵衛も満足する腕前だ。漁師であった叔父から船の漕ぎ方を教えてもらっていて、出かけるときはよくおはるが船を漕ぐ。嫉妬深い性格で、小兵衛が浮気するのではないかと心配している。

takashi02079
takashi02079
@takashi02079

目次 - Contents