blink-182(ブリンク182)の徹底解説まとめ

blink-182(ブリンク182)とは、アメリカ合衆国のカリフォルニア州のポップ・パンク・バンドである。1990年代後半から爆発的人気を博した。明るくコミカルで下ネタ混じりの「バカっぽさ」が若者の共感を集め、1999年の『エニマ・オブ・アメリカ』は全世界700万枚超のヒットを記録した。音楽のみならずストリートファッション等のカルチャー全体を牽引。活動休止を経て2009年に再結成し、ポップ・パンクの代表格として君臨している。

blink-182(ブリンク182)の概要

blink-182(ブリンク182)とは、アメリカ合衆国のカリフォルニア州のポップ・パンク・バンド。1990年代後半から2000年代にかけて爆発的な人気を博したグループである。
結成当初は「Blink」として活動していたが、アイルランドの同名バンドからの訴訟を避け「182」を付け加えた。この数字の由来について、マーク・ホッパス(Vo/Ba)は「ホテルの部屋番号」、トム・デロング(Vo/Gt)は「マークが法廷に呼び出された際の整理番号」と語るなど、諸説あるが明確な根拠は不明である。
彼らはグリーン・デイとは異なる、明るくコミカルで下ネタ混じりの「バカっぽさ」を前面に出したサウンドで若者の共感を集めた。特に1999年発表のアルバム『エニマ・オブ・アメリカ(Enema of the State)』は、名プロデューサーのジェリー・フィンを迎え、パンクに洗練されたポップさを加えた音作りで全世界700万枚以上のセールスを記録。裸で街を走るなどの過激なミュージック・ビデオがMTVで大量に放送され、世界的なスターダムにのし上がった。
また、ストリートファッションへの影響力も絶大で、メンバー自身も「ATTICUS」や「Famous Stars and Straps」などのブランドを経営するなど、音楽のみならずカルチャー全体を牽引した。2005年に無期限の活動休止を宣言したが、2009年に再結成。2011年には8年ぶりとなるアルバム『ネイバーフッズ』をリリースするなど、ポップ・パンクの代表格とされているバンドである。

blink-182(ブリンク182)の活動経歴

結成とメジャー・デビュー

1992年、ブリンク182はカリフォルニア州サンディエゴ郊外にて結成した。1993年には自主制作で『Fly Swatter』をリリース。1994年に1stアルバム『チェシャー・キャット』をリリースし、1997年の2ndアルバム『デュード・ランチ』を機にメジャー・レーベルのMCAと契約した。
1998年には「ワープド・ツアー'98」に参加し2度目の来日を果たすが、ツアー後にスコット・レイナーが脱退。後任としてトラヴィス・バーカーが加入した。

世界的ブレイク

1999年、プロデューサーにジェリー・フィンを迎え、3rdアルバム『エニマ・オブ・アメリカ』をリリース。このアルバムは全世界で700万枚以上のセールスを記録し、「ニュースクールパンク」を象徴する出世作となった。
2000年にはMTV、ベスト・グループ・ビデオ・アワード(米)と、ベスト・ニュー・アクト・アワード(欧)を受賞する。
続く2001年の4thアルバム『テイク・オフ・ユア・パンツ・アンド・ジャケット』では全米初登場1位を獲得し、400万枚を売り上げる。この時期、Sum 41やシンプル・プランといった後輩バンドの支援も行い、ポップ・パンク・シーンの頂点に君臨した。

無期限の活動停止と再結成

2003年の5thアルバム『ブリンク-182』では、従来の路線から脱却しエレクトロニックやニュー・ウェイヴを融合させた実験的な音作りを披露する。このアルバムは、米最高3位、全世界で600万枚以上の売り上げを記録した。
しかし2005年、人気絶頂の中で無期限の活動停止を発表し、メンバーはそれぞれ「+44」や「エンジェルズ・アンド・エアウェーブズ」といった別プロジェクトを開始。2008年9月19日にはトラヴィスが搭乗したプライベートジェットの墜落事故が発生し、搭乗の4名が死亡する。トラヴィスは生存したものの、重体となる事態に見舞われた。トラヴィスはその後退院し、怪我も完治している。
2009年2月5日、51回目のグラミー賞にブリンク182の3人がプレゼンターとして登場し、活動再開を宣言した。2011年9月27日には8年ぶりとなる6枚目のアルバム『ネイバーフッズ』をリリースし、全米2位を記録して健在ぶりを示した。2012年にはメジャーを離れ、自主制作のEP『Dogs Eating Dogs』を配信限定でリリースするなど、独立した形での活動を模索した。

トムの脱退と復帰

2015年1月27日、レコーディングへの不参加などを巡りトム・デロングが脱退。トムのバンド脱退を受けて、2016年にアルカライン・トリオのマット・スキバが加入し、新体制でアルバム『California』(2016年)と『Nine』(2019年)をリリースした。この期間、バンドはマットと共にライブ・ツアーや制作活動を継続し、新たな形でのキャリアを刻んだ。
2022年10月、創設メンバーであるトム・デロングの復帰が公式発表された。2023年には「コーチェラ・フェスティバル」へサプライズ出演し、8年半ぶりとなるオリジナル・ラインナップでのライブを披露した。トラヴィスの怪我や家族の緊急事態によるツアー延期を乗り越え、2023年10月に復帰後初のアルバム『One More Time...』を発売。再び3人での活動を本格化させている。

blink-182(ブリンク182)のメンバー

現メンバー

マーク・ホッパス

ボーカル、ベース。1972年3月15日生まれ。
バンド内ではボーカルの低音域を主に担当している。
明るく、おおらかな性格で、下ネタをよく言う人物。トムとともに、ATTICUS、MACBETHを設立している。
2005年のブリンク182活動休止後は音楽プロデューサーとしても活動しており、New Found Gloryの「Not Without Fight (2009)」などを手掛けた。

トラヴィス・バーカー

ドラム。1975年11月14日生まれ。
1998年にドラマーとして加入した。ドラマー以外にも、音楽プロデューサー、ソングライターなど多方面で活躍している。
2008年9月19日にトラヴィスを含めた6名を乗せた飛行機事故に巻き込まれ、4名が死亡。トラヴィスも一時重体に陥る。
事故で生き残ったことでトラヴィスは人生観が変化し、「生きるチャンスをもらった」と考えるようになったという。

トム・デロング

ボーカル、ギター。1975年12月13日生まれ。本名はトーマス・マシュー・デロング(Thomas Matthew Delonge)。
バンド内ではボーカルの高音域を主に担当している。
ブリンク182の活動再開後、2015年に復帰するが、2018年に脱退。ソロ名義での活動をしていたが、2022年に再加入している。

旧メンバー

スコット・レイナー

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