A.I.

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A.I.のレビュー・評価・感想

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A.I.
10

これは泣く。何回観ても泣く。

人工知能搭載の少年型ロボットが、母の愛を求めて長い時を旅する感動のストーリー。近未来の世界を舞台に、少年型ロボットのデイビッドが、息子を失ったある夫婦のもとへ「子供の代用品」として送られる。少しずつ受け入れられていくデイビッドだが、奇跡的に夫婦の実の息子が蘇生したことでデイビッドは居場所を失い、捨てられてしまう。デイビッドは「本当の人間の子供になれば母に愛してもらえる」と信じ、かつて母に読んでもらった絵本『ピノキオ』の中でピノキオを本当の人間の子供に変えてくれたブルーフェアリーを探し、本当の人間の子供にしてもらうための旅に出る。
旅の仲間で、自ら歩き言葉を話すクマのおもちゃ・テディと、女性をエスコートする人間型ロボット・ジョーのキャラクターも愛らしく、物語への感情移入に一役買っている。スティーヴン・スピルバーグ監督が描く近未来の街の風景も冒険心を掻き立ててくれる。
科学の力であらかじめインプットされた「愛」。その「インプットされた愛」が人間の心を動かしていくストーリは、涙なしには観られない。
デイビットが母親とベッドの上で幸せそうに眠るラストシーン。
私はこれまでに3回観て、3回ともボロボロ泣いてしまった。

A.I.
5

映画「A.I.」を観て感じたこと

ストーリー自体はありがちなものですが、近未来のAIというテーマが新鮮味を感じさせてくれます。
失った子どもの代わりに最新型の子どもロボットを葛藤の末に受け入れたものの、本物の子どもが奇跡的に回復し戻ってくるという話です。当然問題が起こり、ロボットである子どものデイビッドは森に捨てられてしまいます。この辺りの展開は、現実の世界でも大きな問題となっているペットの置き去りとよく似ています。人間の見勝手さに、思わずため息をつきたくなる展開です。この映画の世界では、ロボットはおしなべて迫害されています。人間たちはまるで狩りや処刑を楽しむかのように、ロボットたちを殺害しています。そんな過酷な状況の中、捨てられたデイビッドは、他のロボットたちや、クマのぬいぐるみのロボットであるテディと励ましあいながら何とか逃げ切り、「本物の人間の子どもになりたい」という希望を持つようになります。ピノキオに出てくる妖精に頼めば人間にしてもらえると、必死で妖精にたどり着こうとします。デイビッドは元々、引き取り先の親を愛するようにプログラムされたロボットです。しかし、必死に母親の愛情を求める姿は、人間の子どもそのもの。自分のエゴや都合でロボットを捨てたり、虐殺している人間の姿は、まさに怪物そのもの。AIという技術発展の先に何が待ち受けているのか、複雑な思いをさせられる映画です。

A.I.
10

母親への変わらぬ愛情

冷凍保存されている子供を持つ夫婦。長年、目が覚める様子はない。そんな中、夫の会社で子供ロボットを作っており、ある日突然デイビットというロボットを連れて帰ってくるも、妻は受け入れられず返してくるように話す。だが、妻もどう見ても人間の子供にしか見えないデイビットに興味を示し、デイビットに自分が母親だとインプットし起動する。すると、デイビットは妻を母親だと思い本当の親子かのように過ごす日々が続く。ある日突然、長年目を覚まさなかった息子が目を覚ましたと連絡が入り、息子が家に帰ってきた。そこから息子とデイビットは母親を巡り、ライバルのような関係になり、息子はデイビットに母親に嫌われるような内容のアドバイスをするが、デイビットはそれが本当に受け入れてもらえるとアドバイス通りに動いてしまう。そうしてデイビットに悪意はないも、危ないことが重なり一家はデイビットを手放すことを決意。だが、要らなくなったロボットは壊されてしまうため、森の中に逃がす。ある日母親に読んでもらったピノキオの話を思い出し、ブルーフェアリーに合えば自分も人間の子供になれると信じ、捕まらないように逃げながら人間の子供になるためブルーフェアリーを探す旅に出る。母親に愛してもらうために頑張るデイビットの姿に涙。ただひたすら愛情のため、そこまでできるんだなと感度。