ベニスに死す

ベニスに死す

『ベニスに死す』とは、1971年のイタリアの映画である。原作はトーマス・マンの同名の文学小説。
舞台は1911年のイタリアのベニス。主人公の老作曲家アッシェンバッハは、宿泊先のホテルで偶然見掛けた純粋な美の具現のような絶世の美少年タッジオに一目で心を奪われてしまう。タッジオへの倒錯的な想いを抑えられずに街中をさまよい歩くアッシェンバッハだったが、ベニスの町ではすでにコレラが蔓延しはじめていた。アッシェンバッハが疫病の流行るベニスで、享楽的な美の世界に陶酔していく姿を描いている。
監督はルキノ・ヴィスコンティ。主演はダーク・ボガートとビョルン・アンドレセン。
グスタフ・マーラーの荘厳な音楽を全篇に使い、美少年を演じたスウェーデン出身のビョルン・アンドレセンの圧倒的な美貌も相まって映画全編は徹底して退廃的な雰囲気に満ちている。
第45回キネマ旬報ベスト・テン第1位、第24回カンヌ国際映画祭25周年記念賞受賞。2011年には製作40周年を記念し、ニュープリント版でリバイバル上映された。

ベニスに死すのレビュー・評価・感想

ベニスに死す
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現代の商業映画とは一線を画す、芸術性をとことん追求した歴史的名作。

芸術は人間が生み出した人工美。神が創り出した自然美には到底及ばない。
そして純粋なものほど自然美に近く、不純なものほど自然美から遠ざかる。また若いほど純粋で老いるほど不純になっていく。

この映画では若さと老いの対比、自然美と人工美の対比があらゆるシーンで印象的に描かれている。美少年タージオと老作曲家アッシェンバッハ。ベニスの街とそこから眺める海。

老作曲家アッシェンバッハは、健康を害しスランプに陥って訪れたベニスの街で、目も覚めるような美少年タージオに出会う。
タージオの若く純粋な美しさに惹かれたアッシェンバッハは、タージオを追いかけるようになるが、自信の無さから彼に話しかけることも触れることも出来ない。

人工美を象徴する作曲家のアッシェンバッハは自然美を象徴するタージオに近づきその美を手に入れたいと願う。
しかし滑稽なほど毒々しいメイクをこらして若返りを計っても、タージオの自然な美しさの前に出ると手も足も出ず怖気ずいてしまう。

ラストシーン、波打ち際で友達と喧嘩をするタージオを、砂浜で椅子にもたれて動くことも出来ずに眺めるアッシェンバッハ。
やがてタージオは海に入っていき、あたかも自然と一体になったかのようなシルエットの中、彼方の夕日を指さす。アッシェンバッハはその方向に手を伸ばそうとして、届かずに絶命する。
圧倒的な自然美の前に、人工の美が敗れたのである。

ビスコンティの作品はどれも絵画的で、とことん芸術性を追求したものが多い。商業主義に支配された現代の映画界でこういう映画を作るのはもう難しいだろうから、そういう意味でもビスコンティの作品は大いに価値があると思う。

ベニスに死す
8

美しさに囚われる

老作曲家『グスタフ・アシェンバッハ』が静養に訪れた先のベニス。
そこで出逢った美しい少年、『タッジオ』に心奪われていくというストーリーです。
グスタフとタッジオが最初に出逢ったのは、ベニスに向かう船上のサロンの中。
世界各地の観光客の集まるサロンで、ふと視界に入ったある家族連れの中の少年、タッジオに、グスタフは目を奪われました。
タッジオはしばらく家族と談笑していましたが、去り際、グスタフに視線を投げかけます。
まるでグスタフがタッジオを見つめていたのを知っていたかのように。
その時、グスタフはタッジオにある種、『恋』のような感情を抱いてしまったのでしょう。
性別を超越した美しさに囚われたグスタフは、寝ても覚めてもタッジオのことを考えるようになってしまいます。
物語の中盤、悪化していく天候とタッジオへの想いを抑えきれなくなってきてしまったグスタフは、とうとうベニスを去ることを決意します。
しかし、トラブルに見舞われ宿泊していたベニスのホテルに戻ることを余儀なくされてしまします。
決意を折られたグスタフでしたが、ベニスに向かう船で見せるその表情はどこか朗らかで、またタッジオのいるベニスで過ごすことができる、と胸を躍らせています。
再びベニスに戻ったことを転機に、グスタフの行動は変化していきます。
それまでは目で追うだけだったタッジオを尾行するようになったり、自身が軽蔑していたであろう男性の化粧も自ら進んでするようになります。
その一方でヨーロッパでは感染症が流行し、グスタフ自身もその流行り病に罹ってしまいます。
美しい少年のため施した化粧も汗で溶け、醜くも哀れな姿の老作曲家。
意識が朦朧とする中、最期に目にしたのはタッジオでした。
ベニスを訪れる以前、友人との討論の中で「芸術家は模範的でなければならない」、「芸術を悪魔のように語るな」と主張した作曲家は、タッジオと出逢ったことをきっかけに「美」という悪魔に囚われてしまったのです。
ルキノ・ヴィスコンティ監督がヨーロッパ中を探し求め、数千人の候補者の中から選び出したタッジオ役を演じたのはビョルン・アンドレセン。
その美しさはグスタフだけでなく観客をも虜にしたことでしょう。
ビョルン・アンドレセンは2019年に公開された『ミッドサマー』にも出演していました。
タッジオの誘うような蠱惑的な視線や病に身を蝕まれながら、それでもタッジオを求めてしまうグスタフの表情が、セリフが少ないからこそ、その心の機微を詳細に物語っていたように感じます。
映画のワンシーンワンシーンの小道具や、人の立ち位置の細部までこだわって丁寧に作り込まれた画面構成や絶妙な色彩が印象派の絵画のように美しく、ラストシーンはメインテーマであるマーラーの交響曲『アダージェット』がそれを引き立てます。
美術館に行くのが好きな人や絵画鑑賞が好きな人、クラシック音楽が好きな人には特におすすめしたい作品です。