美しさに囚われる
老作曲家『グスタフ・アシェンバッハ』が静養に訪れた先のベニス。
そこで出逢った美しい少年、『タッジオ』に心奪われていくというストーリーです。
グスタフとタッジオが最初に出逢ったのは、ベニスに向かう船上のサロンの中。
世界各地の観光客の集まるサロンで、ふと視界に入ったある家族連れの中の少年、タッジオに、グスタフは目を奪われました。
タッジオはしばらく家族と談笑していましたが、去り際、グスタフに視線を投げかけます。
まるでグスタフがタッジオを見つめていたのを知っていたかのように。
その時、グスタフはタッジオにある種、『恋』のような感情を抱いてしまったのでしょう。
性別を超越した美しさに囚われたグスタフは、寝ても覚めてもタッジオのことを考えるようになってしまいます。
物語の中盤、悪化していく天候とタッジオへの想いを抑えきれなくなってきてしまったグスタフは、とうとうベニスを去ることを決意します。
しかし、トラブルに見舞われ宿泊していたベニスのホテルに戻ることを余儀なくされてしまします。
決意を折られたグスタフでしたが、ベニスに向かう船で見せるその表情はどこか朗らかで、またタッジオのいるベニスで過ごすことができる、と胸を躍らせています。
再びベニスに戻ったことを転機に、グスタフの行動は変化していきます。
それまでは目で追うだけだったタッジオを尾行するようになったり、自身が軽蔑していたであろう男性の化粧も自ら進んでするようになります。
その一方でヨーロッパでは感染症が流行し、グスタフ自身もその流行り病に罹ってしまいます。
美しい少年のため施した化粧も汗で溶け、醜くも哀れな姿の老作曲家。
意識が朦朧とする中、最期に目にしたのはタッジオでした。
ベニスを訪れる以前、友人との討論の中で「芸術家は模範的でなければならない」、「芸術を悪魔のように語るな」と主張した作曲家は、タッジオと出逢ったことをきっかけに「美」という悪魔に囚われてしまったのです。
ルキノ・ヴィスコンティ監督がヨーロッパ中を探し求め、数千人の候補者の中から選び出したタッジオ役を演じたのはビョルン・アンドレセン。
その美しさはグスタフだけでなく観客をも虜にしたことでしょう。
ビョルン・アンドレセンは2019年に公開された『ミッドサマー』にも出演していました。
タッジオの誘うような蠱惑的な視線や病に身を蝕まれながら、それでもタッジオを求めてしまうグスタフの表情が、セリフが少ないからこそ、その心の機微を詳細に物語っていたように感じます。
映画のワンシーンワンシーンの小道具や、人の立ち位置の細部までこだわって丁寧に作り込まれた画面構成や絶妙な色彩が印象派の絵画のように美しく、ラストシーンはメインテーマであるマーラーの交響曲『アダージェット』がそれを引き立てます。
美術館に行くのが好きな人や絵画鑑賞が好きな人、クラシック音楽が好きな人には特におすすめしたい作品です。