大昔のNHKの本気?人形劇版『蜘蛛の糸』のアレンジ部分

文豪芥川龍之介の名短編を、あのNHKが何十年も前に人形劇として放送していました。ただでさえトラウマになりそうな話の上人形がキモイとか、映像面でも強烈なインパクトを残してくれます。原作にはないアレンジにより、一層そのインパクトは強まっていました。

原作『蜘蛛の糸』

極楽浄土を散歩していたお釈迦様。ふと池を覗くと、地獄で責め苦にあっている亡者が見えます。その中に、一人の男が。強盗などを働いていた悪人のカンダタでした。地獄に落ちてしかるべき所業をしていた彼ですが、「生前ただ一つだけ善い行いをした。通りすがりの蜘蛛を殺さずに、『かわいそうだ』と助けてやった」その善意を汲んだお釈迦様は、極楽浄土にいた金色の蜘蛛の糸を地獄に下ろします。カンダタは大喜び。地獄から抜け出し、あわよくば極楽に入ろうとよじ登りますが、上ってくるほかの亡者に「勝手に上ってくるな!」と怒鳴ったとたんに糸は切れて、カンダタは地獄へ逆戻り…。

アレンジ部分・地獄と極楽

冒頭に極楽浄土の絵が映されて、その美しさに見とれたころ合いを見図らったように地獄絵が映し出されます。仏教においては極楽と地獄の他にも「世界」はあるんですが、子供向けなので単純に二極化。BGMの変化、地獄絵のおぞましさにより、「いいことをすれば極楽、悪いことをすれば地獄に行く」といった概念が刷り込まれるという計算です。

昔は子供をお寺に連れて行って、地獄極楽の絵を見せていたそうな。

極楽浄土は静かで適度に明るく、美しい場所。反して地獄は薄暗く、カンダタの苛まれている血の池地獄は汚物の掃きだめのような印象です。ここでも対比という形を取っているように思われます。

悪事を働くと、死後こんな目に遭う、かもしれない?

アレンジ部分・カンダタの仕事仲間

原作ではカンダタは一人きりでしたが、この人形劇では、生前の「仕事仲間」(特に名前が出なかったのでこう呼びます)が登場。自分の体に着いた(血の池の)血を見て騒ぐなど、小悪党的です。対するカンダタは疲れもあってか寡黙な割に生前の胆力を失っていないようで、「うるせえぞ!」と一喝。

何故「仕事仲間」を出したのか?

しかし、この小悪党な仕事仲間が実は人間の「二面性」をよーく表すための重要キャラだったんです。原作同様に蜘蛛の糸が下りてきた時、カンダタは仕事仲間に「手を離すな、落ちるな」と声をかけ、励ましあいながら登って行ったのです。生前火事場泥棒を働くのに、進路状にあった邪魔な蜘蛛の巣を払おうとしたのを「かわいそう」という気持ちから止めた時と同じ。「俺もどうかしちまったか…」なんてつぶやきながらその日の「仕事」をあきらめ去るさまは悪党なのにかっこよかったです。相手を思いやる「善意」ですね。

事態が一変したのは、休憩して下を見た時。亡者たちがすがるように蜘蛛の糸に集まり、上ってくるシーン。慌てて叫ぶ二人ですが、カンダタは「お前も降りろ!」と仕事仲間を蹴落としてしまうのです。糸が切れたら困る、自分だけでも極楽に行く。「身勝手な面、悪意」が表面化したわけです。

地獄の描写

地獄へ落下する仕事仲間ですが、このシーンでの地獄が真っ赤にぎらついて、まるで煮えたぎる釜。亡者が糸に群がっているシーンも怖気が来るほど気色悪く、制作陣の本気が伝わってきます。人間でもアニメでもCGでも出せない迫力です。

こんな感じで骨っぽい亡者が糸に群がり…いやもっとグロかったか。

まとめ

今だったら「子供が怖がる」とかで放送されないかもしれませんね。あるいはリメイクされて多少ぬるい描写になるかもしれません。しかし、「地獄絵を見せる」教育が再認識されたようですし、思い切ってもう一度、いや何度でも放送を。『蜘蛛の糸』に限らず、NHKの人形劇は結構名作が多かった気がします。人形劇版『蜘蛛の糸』のアレンジ部分でした。

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