ヤマシタトモコさんは、2015年でデビュー10周年を迎える女性漫画家。
心理描写を得意とする作家さんで、些細な日常の中で移り変わる人の心や人間関係を巧みに描きあげます。
これまで、短編の発表が多かったにも関わらず、10年で発表したコミックスは全24タイトルと、非常に精力的に活動しています。
掲載雑誌を見ても、青年誌である「アフタヌーン」、ボーイズラブ誌である「マガジンBE×BOY」「onBLUE」、女性誌である「cocohana」そして「FEEL YOUNG」と、間口の広い作風と速筆っぷりがうかがえます。
今回ご紹介する「WHITE NOTE PAD」は、南Q太さんやいくえみ綾さん、ねむようこさんなどスタイリッシュな女性作家が多く活躍する「フィールヤング」での連載作品です。
ホワイトノートパッドの主人公は、地味な女子高生の葉菜と冴えない中年男性木根のふたり。
このふたり、第一話からなんと中身が入れ替わってしまうのです。
それだけ聞くと「ベタなラブ・コメディ」のように感じられるかもしれませんが、そこにもやっぱり詳細な心の動きと人間臭さを取り込んでくるのがヤマシタトモコ流!
入れ替わった二人はそれぞれに、利用できるものは利用しながらむちゃくちゃな現状でたくましく生きていきます。
JKとオッサン、という対照的な二人は入れ替わったあと、それぞれの道を進み始めます。
中身がオッサンなJKは葉菜は、それまでの消極的な人格を手放したために華やかな世界にも躊躇なく飛び込み、モデルとして明るい人生を歩みはじめます。
一方、中身がJKなオッサン木根は、前日まで出来ていたはずの仕事ができなくなってしまったことで友人や職場の人から「記憶喪失になってしまった人」と心配され、見知らぬ環境で絶望を味わいます。
それまでの人生で培ってきたものを身体ごと失くした二人ですがそうは言っても生きていかなければなりません。では、どうするのか?
ところで、多くの作品で親しまれる「男女で心と身体が入れ替わる!」という設定では、恋愛やラッキースケベやドタバタギャグが想像されるのでは。
しかし今作のキャラクターは非常に狡猾。
「若くてかわいければ、最強!」なのか?
「謙虚な気持ちを忘れなければ、どんな場所でも生きていける」のか?
二人のはちゃめちゃな生活を通して、見えてくるのは生き様についてのシンプルな哲学です。
今作の魅力はなんと言っても、「入れ替わり」という王道ファンタジー設定&ヤマシタさんの持ち味であるリアルな心理描写というある意味ではミスマッチな組み合わせに詰まっています。
「もし見知らぬ人の身体を手に入れることができたら……」という想像の先にある生活の変化は当然のこと、起こりうるトラブルや生きづらさを小さなものまで洗い出すことによって、見た目や記憶に左右されない本質を描き出しているのです。
読んでいると心をえぐられるようなシーン、考えさせられる言葉が次々登場しますが、不思議とどのキャラクターもどこか悪役になりきれないのは、やっぱり誰もが「人間臭い」からなのでしょう。