武満徹(Toru Takemitsu)の徹底解説まとめ

武満徹(たけみつ とおる)とは、日本の作曲家、音楽プロデューサーである。1930年に東京で生まれ、ほぼ独学で作曲を修めた。若手芸術家集団「実験工房」に所属し前衛的な表現を展開。琵琶、尺八とオーケストラによる『ノヴェンバー・ステップス』をはじめとする代表作で世界的な評価を確立した。管弦楽曲や室内楽曲から映画音楽、ポップスまで幅広く手がけ、エッセイストとしても活躍。多大な影響を多くの芸術家に与え、1996年に死去した。

武満徹の代表曲とミュージックビデオ(MV/PV)

「弦楽のためのレクイエム」

武満徹の初期の代表作であり、世界的な知名度を得るきっかけとなった弦楽合奏曲。早世した友人である映画監督・早坂文雄の死を悼んで作曲された。1959年に来日した作曲家イゴール・ストラヴィンスキーが本作を聴き、「絶え間ない緊張感が素晴らしい」と絶賛したことで、国際的な評価が高まった。静寂と深い哀愁をたたえた濃密な響きが特徴である。

「ノヴェンバー・ステップス」

ニューヨーク・フィルハーモニックの結成125周年記念委嘱作品として制作された、琵琶・尺八と西洋オーケストラの協奏曲。小澤征爾の指揮、鶴田錦史(琵琶)、横山勝也(尺八)によりアメリカで初演され、大成功を収めた。西洋音楽の構造と日本の伝統楽器が持つ特有の「間」やノイズ(音色)が見事に対峙・融合しており、世界中の音楽界に強い衝撃を与えた武満の最高傑作の一つである。

「鳥は星形の庭に降りる」

武満が見た夢のイメージをもとに作られたオーケストラ作品。「ド・レ・ミ・ファ・ソ」の5音で表現される星形(ペンタグラム)の旋律を中心に、豊かな色彩感と緻密なテクスチャーが広がる。1970年代以降の武満作品に見られる、調性的な響きや澄んだ色彩感、流れるような静寂の美が凝縮されている。

「夢の時」

オーストラリアのアボリジニの神話に登場する創世の時代「夢の時(ドリームタイム)」に着想を得て作曲されたオーケストラ曲。岩城宏之指揮、札幌交響楽団によって初演された。明確な拍節感を感じさせない浮遊感のある響きと、夢の中を漂うような繊細な音の色彩の変化が幻想的な世界を作り出している。

「オーケストラのための 波の盆」

同名のテレビドラマ(実相寺昭雄監督、倉本聰脚本)のために作曲された劇伴音楽をもとに、オーケストラ組曲として編纂された作品。ハワイに移住した日系移民の老人の孤独と望郷を描いたドラマに寄り添うように、甘く切ないノスタルジックな美旋律が特徴となっている。武満の映画・テレビ音楽における親しみやすいメロディメーカーとしての一面が存分に発揮された名曲である。

武満徹の名言・発言

「私は生きることに自然な自然さというものをとうとびたい。それを"自然"とよびたい。」

武満は作曲と並行して、エッセイストとしても活躍していたが、その頃に語った一節である。武満にとって、作曲の重要な要素のひとつが自然だった。水、樹、鳥、海といった自然をモチーフにした曲を、数多く作曲し、それらの曲は多くの他の作曲家達に影響を与えている。また、曲のタイトルでも、武満は自然に関連する言葉を繰り返し用いている。

「東洋は一つではなく、宇宙全体がひとつで『私』であるということでいかなければウソじゃないかという気がするのです」

「新作曲派協会」に所属していた、早坂文雄(はやさかふみお)についての座談会で、武満が発した言葉である。早坂の創作は、武満に大きな影響を与えたが、異なる考え方を持っていた部分もある。早坂が洋の東西を問うのに対し、武満は問題にすべきは個人であるという考え方から、この言葉を発した。

「だって、思わなかったら!最初っから絶望していたら、何も始まらないので」

武満が53歳の時に受けた、インタビューの際の言葉である。自らの生涯を語ったインタビューで、武満はピアノが欲しかった時代にピアノを譲り受けた話や、願っていたとおり、日比谷公会堂で自作が初演された話をした。それに対し、インタビュアーのアナウンサーが「願ったら叶うんですね」と言い、武満はこの名言を残した。

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