破戒(小説・映画・ドラマ)のネタバレ解説・考察まとめ

『破戒』(はかい)とは、1906年に出版された島崎藤村の長編小説および、それを原作とした実写映画、ドラマ作品。古くから続く身分制度を基準とした差別が根強く残った明治時代、自身の出自を隠しながら長野県の飯山で小学校の教諭として暮らしている1人の男が、自分というものを深く見つめ直す姿が描かれる。原作小説は差別的な表現が多いとして度々取り沙汰されてきたが、実写作品の題材としては屈指の人気を誇り、1961年には異なるテレビ局で原作を同じくした2作品のドラマが制作されるという、珍しい事例も発生している。

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長野県にある町で、物語においてのメインの舞台。丑松の職場である小学校や、下宿先の蓮華寺がある。

根津村(ねづむら)

丑松が被差別部落から家族で引っ越し、幼少期を過ごした出身地の村。丑松が大人になってからも父はそこに住み続け、牛追いの仕事をしていた。

蓮華寺(れんげじ)

丑松が飯山に赴任中、下宿先として身を寄せていた寺。住職は修行に出ており、その妻である「奥様」が留守を守っている。

穢多(えた)/新平民(しんへいみん)

丑松や大日向、蓮太郎などの出身階級。日本の歴史上の身分制度で、江戸時代の「士農工商」の下に位置づけられ、動物の死体の処理や皮革業、刑吏などの職業に就くよう強いられた人々を指す言葉。本作の舞台となっている明治時代でもその身分にいた人々に対する差別は根強く、明らかになることによって職や住まいを追われる描写がある。

『破戒』の名言・名セリフ/名シーン・名場面

瀬川丑松「――実は、私は其卑賤(いや)しい穢多の一人です。」

自身の出自を打ち明け、生徒に土下座して謝罪する丑松(1962年実写映画版)

拠り所にしていた蓮太郎という存在を失った丑松は打ちひしがれるが、その後父の言いつけを破り、自身の出自を明らかにする決意を固める。彼は翌日の最後の授業で生徒たちに身分制度について説明し、「――実は、私は其卑賤(いや)しい穢多の一人です。」と自分の身分を明らかにする。自分が保身のために出自をひた隠しにしていたことを謝罪し、学校を去るという決意を明らかにした彼の言葉は生徒たちの胸を打った。話を聞いた生徒たちは職員室を訪れ、丑松を引き止めたいという意思を校長に直談判している。
子供のころから父の言いつけを守り、頑なに自身の出自を隠してきた丑松だったが、彼は身をもって生徒たちに「身分はどうあれ、同じ人間である」ということを教えることができた。そして実際に彼の出自を理解した銀之助や市村、そして想い人であるお志保も、彼を守ろうと動いたのである。
丑松の勇気ある告白は、ただ自分の出自を明かすだけではなく、身分に縛られない人間同士のつながりを生徒たちや周囲の人々に示す、物語を象徴する瞬間となった。

『破戒』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

実在のモデルが存在する『破戒』の登場人物

丑松(一説には蓮太郎)のモデルとされる大江磯吉

本作『破戒』が出版される4年前の1902年、被差別部落の出身でありながら、自身の出自を正々堂々明らかにしていたといわれる兵庫県柏原中学校校長の大江礒吉の逝去が報じられた。大江礒吉は、島崎藤村と同じく長野県出身であることが知られている。

この大江磯吉を、島崎藤村の小説「破戒」の登場人物のモデルとしている文献やサイトが複数存在する。最後に出自を明らかにし、頭を下げて許しを請うた瀬川丑松のモデルとしては、大江礒吉のイメージにそぐわないという意見もあるが、彼を猪子蓮太郎のモデルとして解釈している文献も存在している。出自を公表し、正々堂々と社会的弱者のために活動する蓮太郎の態度が、教育者としての大江礒吉と共通するというのを根拠としている説だ。

なお、丑松の親友である土屋銀之助は、諏訪高島小学校の教諭であった青年時代の伊藤長七がモデルといわれている。

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