破戒(小説・映画・ドラマ)のネタバレ解説・考察まとめ

『破戒』(はかい)とは、1906年に出版された島崎藤村の長編小説および、それを原作とした実写映画、ドラマ作品。古くから続く身分制度を基準とした差別が根強く残った明治時代、自身の出自を隠しながら長野県の飯山で小学校の教諭として暮らしている1人の男が、自分というものを深く見つめ直す姿が描かれる。原作小説は差別的な表現が多いとして度々取り沙汰されてきたが、実写作品の題材としては屈指の人気を誇り、1961年には異なるテレビ局で原作を同じくした2作品のドラマが制作されるという、珍しい事例も発生している。

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市村(いちむら)

蓮太郎の友人で、弁護士。政界に長く携わっており、被差別部落出身者や貧困層など、社会的弱者を救済する活動で民衆からの人気を掴んでいる。高柳とは選挙のライバル候補同士。蓮太郎の死後、出自を暴露されてしまった丑松を手助けする。

その他

丑松の父

2022年版実写映画版の丑松の父

1948年実写映画版演者:薄田研二
1962年実写映画版演者:浜村純
2022年版実写映画演者:田中要次

小諸のある穢多町の「お頭」(長吏頭)。丑松が子供の頃、家族と共に佐久の根津村に移り住む。移住後は丑松に出自を隠すよう厳しく言いつけ、山間の牧場で牧夫として生計を立てた。物語の中盤、仕事中に気の荒い牛に襲われてしまったことで死去する。

『破戒』のテレビドラマ版キャスト

1961年 NETテレビ版

1961年1月、NETテレビ系列の『NECサンデー劇場』枠で放送された単発ドラマ。

木村功
織本順吉
中村伸郎
中原ひとみ
小夜福子
若宮忠三郎
恩田清二郎
浅野進治郎

1961年 日本テレビ版

1961年11月から12月にかけて、日本テレビ系列『文芸アワー』枠で放送された全9回の連続ドラマ。市川崑が初めて手掛けたドラマ作品としても知られている。

市川染五郎
山本礼三郎
中村栄二
黛ひかる
泉大助
芥川比呂志
浜村純
多々良純
中村万之丞
早川研吉

『破戒』の原作小説と映画版の違い・相違点

1962年実写映画版では蓮太郎の後継者として指名されていた丑松

1962年実写映画版のワンシーン、丑松(左)とお志保(右)。

原作小説では故郷に戻る汽車で偶然出会って親睦を深める丑松と蓮太郎だが、1962年の実写映画版で、猪子が旅をしていることを知った丑松は自ら彼の元に出向き、自分が蓮太郎を崇拝し、思想に傾倒していることを伝えている。この話を聞き、丑松が被部落民だと思った蓮太郎は丑松に対し、自分の後継者にならないかと打診をしていた。しかし、丑松は「実は自分は部落の人間ではない」と嘘をついてその話を断り、その場で別れている。
やがて丑松は、町会議員に立候補をする高柳から選挙の協力を依頼された。その際、高柳からは丑松のことを被部落民であることを知っているようなことをほのめかされる。しかし、丑松は身に覚えがないとその依頼を一蹴し、断られたことに憤った高柳が、丑松は被部落民であることを町の人々に流していく、という形で丑松の出自が広まっていく。
その後も丑松は尋ねてきた蓮太郎を「初対面だ」として蔑ろにするような素振りをし、その姿を見た蓮太郎は何かを察してその場を立ち去っていった。そして自身が応援する候補者の演説に向かう途中で暗殺されている。
これはいずれも原作小説には存在しない展開で、明確な相違点として描かれている。

2022年実写映画版では部落出身者に対する呼称が「穢多」に

部落出身者の呼称に関して、原作小説では「新平民」(しんへいみん)となっているが、2022年版の実写映画版では「穢多」(えた)と、より直接的な差別用語を用いている。原作小説 では「新平民」という言葉が部落出身者を表す単語として何度も用いられているが、映画の中でこの言葉が使われるのは新聞で猪子蓮太郎が「新平民の獅子」と表現されている部分に限られているのも大きな特徴だ。
原作には存在しないシーンとして、実写映画版には猪子蓮太郎の演説の場面が登場し、その中で「我は穢多なり。されど我は穢多を恥じず」という言葉が出てくる。これは丑松も購入した蓮太郎の著書『懺悔録』の冒頭なのだが、2022年版実写映画の脚本を担当した加藤正人は「この言葉をセリフとして使いたかった」とインタビューで述べている。原作小説やこれ以前の実写映画版『破戒』で取り沙汰されてこなかった「穢多」という言葉を敢えて作品全体で使っていたのは、この追加シーンで猪子蓮太郎の台詞を際立たせ、意味を伝えるために敢えて使った、というのが狙いとしてあるというのだ。
なお、「穢多」というのはかなり強烈な差別的表現にあたるため、映画の冒頭では「直接的な差別用語を用いています」という注意書きがなされている。

2022年実写映画版の丑松とお志保が2人で与謝野晶子を読むシーン

原作では丑松とお志保が惹かれあうシーンについての描写は最低限に留められているのに対し、2022年版実写映画はお志保が丑松に心惹かれていくシーンが印象的に描かれている。原作ではかなり影が薄く、蓮華寺住職の好色の被害に遭う憐れな女性、最終的には丑松と共に新天地へ旅立つという描かれ方をするのみとなっているお志保だが、本作では丑松との出会いのシーンから与謝野晶子を愛読している女性として登場し、二人が徐々に心惹かれていく様子も丁寧に描かれている。これは脚本家が原作発表当時に「ヒロインが弱い」という指摘を受け、ある程度のキャラ付けを付け加えたためだ。

2022年実写映画版では丑松が一番初めに出自を明かすのが銀之助に

原作小説では丑松が銀之助に自身の出自を明かすシーンは存在しておらず、銀之助は周囲の噂から何となく丑松の出自を察して彼を助けている、という方向性になっているが、2022年版実写映画において、銀之助は最初に丑松の出自を告白される相手となっている。
実写映画版の脚本を担当した加藤正人はインタビューにおいて「物語の中で一番重要なのは銀之助であり、周囲に合わせて無意識のうちに当事者を差別してしまっている姿が現在の私達にも重なる部分である」と述べている。
実写映画版における銀之助は周囲の教員と共に部落出身者を差別し、友人である丑松も傷つけてしまうようなことを、知らずとはいえ断言してしまうのだ。しかし、いざ当事者が身近に存在していた、という事実を知ると、彼は素直にそれまでの礼を欠いた自身の発言を恥じ、申し訳なかったと丑松に詫びている。映画を視聴した観客が「同じようなことを無意識にしていないか、思い当たる節があれば、当事者を目の当たりにしたら素直な気持ちで接するように」という教訓の意味合いを持つ場面として追加されたのだ。
「差別」という強い主題を扱った映画を描くのであれば非常に意義のある変更点であり、「心の動きの描写で登場人物の心情を察する」という文学の在り方とは、根本的に異なる表現手法を突き詰めているともいえる。

『破戒』の用語

飯山(いいやま)

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