狼の口 〜ヴォルフスムント〜(漫画)のネタバレ解説・考察まとめ
『狼の口 〜ヴォルフスムント〜』とは、2009年2月~2016年10月まで漫画誌『ハルタ』『Fellows!!』に連載された、久慈光久によるマンガ作品である。
14世紀の西欧地域・アルプス山脈を舞台とし、後にスイス国となる地域がハプスブルグ家の圧政に立ち向かい独立するまでの話を、「狼の口」と呼ばれる関所を中心として描く物語である。
久慈光久とは
当作品の作者・久慈光久(くじみつひさ)は2005年ごろに雑誌『ヤングアニマル』でデビュー、その後当作品にて注目された漫画家である。影響を受けた師匠とも言える漫画家は、ヤングアニマルの看板マンガである『ベルセルク』を描いた三浦建太郎(みうらけんたろう)、そして当作の連載誌である『ハルタ』の看板作品である『乙嫁物語』を描いた森薫(もりかおる)である。この2人の漫画家に影響された点が当作品には多くある。
徹底したリアリズムと描き込み
『ベルセルク』『乙嫁物語』に共通しているのが徹底したリアリズムと描き込みである。『ベルセルク』はファンタジー世界だが中世を対象とし、『乙嫁物語』では19世紀の中部アジアを対象として徹底した取材を行って資料を揃え、それを誌上で表現するために描きこみを行っている。当作品も14世紀の欧州を舞台にしているが、当時の歴史や戦術、最新兵器などを取材し、それに基づいて細かいところまで描きこむことで、歴史物語としての作品のリアリティを向上させている。
残虐性とその美しさ
『ベルセルク』から影響されているのが、その残虐性である。先に挙げたように、当作品では苛烈な拷問とその死が描かれるが、それを文字ではなく細かく絵にして表現される。生爪を剥がし、血が飛び出る苦痛。処女がまだ誰も触れられたことのない陰部を衆目にさらされ、陰部に金属の棒を挿入される苦痛、目の前で母と弟が狼に食われる苦痛、その描写を克明に描くことで代官・ヴォルフラムの非道さを読者に印象づけ、憎むべき敵と位置づける。これは『ベルセルク』で黄金時代篇をすばらしいものとして描き、その登場人物をむごたらしく殺すことで主人公・ガッツの敵を印象づけたものを範としたものと言える。しかし、残酷な拷問も死も、それはただのグロ的な表現ではなくある意味「美しい」ものとして表現されている。
久慈光久の「特徴」
作者の短編集『鎧光赫赫』『甲冑武闘』の両作では、「傷つく女性」の姿が繰り返し描かれる。それは精神的なものではなく、肉体的な傷を受け、血を流し、そして倒れていく姿である。また、その傷ついた女性はその痛みを屈辱に変え、強い姿として復讐に燃える。『狼の口』でも女性が拷問や戦闘などで傷つく姿が繰り返し描かれ、そして代官に立ち向かうためにヴォルターに続いて女性も剣を取るのだが、女性が傷つく姿はただのグロ(やエロ)ではなく、見せ場として描かれている。そう考えると、作者は女性が傷つく姿を「美しい」ものとして考えているのではないだろうか。その美しい姿を描き、そして彼女たちが復讐に燃える姿を描くことで、作者なりの女性を描くというところが特徴的な部分である。