シャキーラ(Shakira)とは、コロンビア出身のラテンポップシンガーソングライター。10代でメジャーデビューし南米で大ヒットを記録後、2000年代以降は英語圏へのクロスオーバーに成功。圧倒的な歌唱力と躍動的なダンス、ラテンとロックを融合した独自の音楽性で世界的なスーパースターとなった。また、自身のチャリティ基金を通じた子どもたちの支援活動や国際連合でのスピーチなど、慈善活動家としても高い社会的影響力を持っている。
Shakira(シャキーラ)の概要
シャキーラ(Shakira Isabel Mebarak Ripoll)とは、コロンビア出身のラテンポップシンガーソングライターである。1977年2月2日生まれ。圧倒的な歌唱力とラテンやロックを融合させた独自の音楽性、卓越したダンスパフォーマンスで世界的な人気を誇る。
コロンビアのバランキヤでレバノン系の父とカタルーニャ系の母のもとに生まれ、幼少期から作詞作曲の才能を発揮した。10代でソニー・コロンビアと契約してメジャーデビューを果たし、1990年代後半には南米全域でポップカルチャーのアイコンとしての地位を確立する。2000年代以降は英語圏へのクロスオーバーに成功し、世界的なメガヒットを連発してラテン音楽シーンを代表するトップアーティストとなった。
また、慈善活動にも積極的であり、自身のチャリティ基金を通じた子どもたちの支援活動や国際連合でのスピーチなど、社会的影響力を持つ人物としても知られている。
Shakira(シャキーラ)の活動経歴
幼少期からデビューまで
幼少期より作詞作曲を始め、10代前半で地元バランキヤのイベントに出演して注目を集めた。地元の劇場プロデューサーを介してソニー・コロンビアの役員に才能を見出され、オーディションを経て3枚のアルバム契約を結ぶ。
1991年、15歳の時にデビューアルバム『Magia』をリリースし、1993年には2ndアルバム『Peligro』を発表するも、初期の作品は商業的な大きな成功には至らなかった。学業に専念するため一時活動を休止するが、この時期に培われた才能が後の飛躍の礎となった。
南米でのブレイクでトップアーティストへ
1995年に3rdアルバム『Pies descalzos』で復帰を果たすと、「Estoy aquí」などのヒット曲を生み出し、南米全域で一躍トップスターへと掛け上がる。同作は世界で400万枚以上のヒットを記録した。
1998年にはエミリオ・エステファンプロデュースによる4thアルバム『¿Dónde están los ladrones?』をリリースし、700万枚以上の売上を記録。フランスやアメリカなど非スペイン語圏でもファン層を拡大し、ラテン・グラミー賞やMTV Video Music Awardsを受賞するなど、ラテンポップ界における不動の地位を築いた。
英語圏での大ブームとメガヒット
2001年、グロリア・エステファンらの協力を得て英語詞を取り入れたアルバム『Laundry Service』を発表。世界で2,000万枚以上を売り上げる大ヒットとなり、シングル「Whenever, Wherever」や「Underneath Your Clothes」が世界各国のチャートを席巻した。2005年にはスペイン語盤『Fijación Oral Vol. 1』と英語盤『Oral Fixation Vol. 2』を相次いでリリース。「La tortura」やワイクリフ・ジョンをフィーチャーした「Hips Don't Lie」が全米ビルボードチャートで1位を獲得するなど、北米市場の主流シーンにおいて絶大な影響力を確立した。
世界的アイコンとしての確立
2010年、FIFAワールドカップ南アフリカ大会のテーマソング「Waka Waka (This Time for Africa)」を担当し、開会式および閉会式でパフォーマンスを披露。同曲は世界的ヒットを記録した。2014年ブラジル大会での「La La La (Brazil 2014)」の披露、さらに2026年大会での公式ソング「Dai Dai」(バーナ・ボーイとの共唱)の歌唱と開会式・決勝戦ハーフタイムショー出演により、ワールドカップにおいて異例のパフォーマンス記録を樹立した。また、ディズニー映画『ズートピア』シリーズでのガゼル役声優および主題歌・劇中歌の担当や、2020年のスーパーボウル・ハーフタイムショー出演など、音楽シーンの第一線で多彩な活躍を続けている。
Shakira(シャキーラ)のプロフィール・人物像
コロンビア出身のシンガーソングライター。マルチリンガルとしても知られ、母国語のスペイン語をはじめ、英語やポルトガル語を流暢に話し、イタリア語やフランス語、カタルーニャ語も操る。自身のボディラインや魅力を軽妙な語り口で表現することもある。プライベートでは、2010年FIFAワールドカップをきっかけにFCバルセロナのサッカー選手ジェラール・ピケとの交際が話題となり、公私ともにパートナーとして2人の子供をもうけたが、2022年に破局を発表した。
Shakira(シャキーラ)のディスコグラフィー
スタジオアルバム
『Magia』
1991年6月発売。
1. Sueños
2. Esta Noche Voy Contigo
3. Lejos de Tu Amor
4. Magia
5. Cuentas Conmigo
6. Cazador de Amor
7. Gafas Oscuras
8. Necesito de Ti
9. Lejos de Tu Amor (Versión Remix)
シャキーラのデビュー・スタジオ・アルバム。1991年6月にソニー・ミュージック・コロンビアからリリースされ、同社と3枚のアルバムのレコーディング契約を結んだ。
このアルバムは、シャキーラが8歳の頃から書いてきたポップ・バラードを集めたもので、男の子たちと遊んだ経験、冒険談、海岸で暮らす夢などからインスピレーションを得たテーマが盛り込まれている。このアルバムのライブパフォーマンスは、シャキーラがコロンビアのメディアで注目を集めるのに役立った。
しかし、商業的には成功せず、売上は1,000枚から1,200枚と推定されている。シャキーラの要望により、『Magia』とその後の『Peligro』(1993年)は音楽市場から撤去された。
『Peligro』
1993年3月25日発売。
1. Eres
2. Último Momento
3. Tú Serás la Historia de Mi Vida
4. Peligro
5. Quince Años
6. Brujería
7. Eterno Amor
8. Controlas Mi Destino
9. Este Amor es lo Más Bello del Mundo
10. 1968
シャキーラの2枚目のスタジオアルバム。1993年3月25日にソニー・ミュージック・コロンビアからリリースされた。3枚目のシングル「Eres」は、1993年のビニャ・デル・マール国際歌謡祭で3位を獲得した。
デビューアルバム『Magia』の売上低調を経て、ソニー・コロンビアはセカンドアルバムに大きな期待を寄せていたが、制作プロセスはシャキーラにとって不満の残るものとなり、完成した作品を本人はあまり高く評価しなかった。後にシャキーラの要望により音楽市場から撤去された。
『Pies Descalzos』
目次 - Contents
- Shakira(シャキーラ)の概要
- Shakira(シャキーラ)の活動経歴
- 幼少期からデビューまで
- 南米でのブレイクでトップアーティストへ
- 英語圏での大ブームとメガヒット
- 世界的アイコンとしての確立
- Shakira(シャキーラ)のプロフィール・人物像
- Shakira(シャキーラ)のディスコグラフィー
- スタジオアルバム
- 『Magia』
- 『Peligro』
- 『Pies Descalzos』
- 『¿Dónde Están los Ladrones?』
- 『Laundry Service』
- 『Fijación Oral, Vol. 1』
- 『Oral Fixation, Vol. 2』
- 『She Wolf』
- 『Sale el Sol』
- 『Shakira』
- 『El Dorado』
- Shakira(シャキーラ)の代表曲とミュージックビデオ(MV/PV)
- 「Whenever, Wherever」
- 「Hips Don't Lie (feat. Wyclef Jean)」
- 「Waka Waka (This Time for Africa) (feat. Freshlyground)」
- 「Chantaje (feat. Maluma)」
- Shakira(シャキーラ)の名言・発言
- 「胸はないが尻はある」
- 「自信以上のメイクなんて存在しないわ」
- 「人生で何かを達成するためには、少なからず犠牲(対価)が必要よ」
- 「私の息子たちは嫌いだと言っていたわ、『去勢されたように感じた』と、私もそう思うわ」
- Shakira(シャキーラ)の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話
- FIFAオフィシャルソングを歌唱し3大会連続でFIFAワールドカップに出演
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