鬱ごはん

鬱ごはんのレビュー・評価・感想

鬱ごはん
7

終始重たい空気と考えの中で主人公が飯を食っています!第1話「豚焼肉定食」

主人公で就職浪人の鬱野たけし(22歳)は、夕食時に食券制の定食屋に入り、豚の焼肉定食を注文。料理が運ばれてくると、関西弁を喋る黒猫の姿をした妖精が「相変わらずシケた飯食っとるのー」と、話しかけてきます。この妖精は、鬱野に憎まれ口を叩いたり、言い訳ばかりして就活をしない鬱野にツッコミを入れて叱ったりする、鬱野の唯一の相方のようなキャラクターでした。しかし、2巻からぱったり姿が見えなくなってしまいます。いつか、再登場してほしいです。
さて、豚肉にポン酢をかけて食べ始める鬱野ですが、彼は食事中とは思えぬ考えをしながら豚肉を嚙み砕きます。人間が豚肉を食べると、豚肉の栄養素が舌の味蕾から脳までの感覚神経を通り、人は豚肉を「美味い」と感じる。食べられるために育てられた家畜の豚の死は、食事中の数分間に感じる脳みその電気信号に変わるだけ。セットのキャベツ多めのサラダを食す際には、ベジタリアンの前世は食虫植物に食い殺された虫であり、前世の恨みを晴らすべく野菜を食らっている。これらの彼の考えに、一切の冗談はありません。いったい、どうやって生きていたら、食事に対してそこまで虚しくなる考えを抱けるのでしょうか。
ただ、食券制の飲食店から出る時に店員さんとの距離が離れていると、声を張って「ご馳走様でした」と言う勇気がない点は共感できます。

鬱ごはん
6

この漫画はグルメ漫画のはずなんだがちょいちょい汚いものが出がち...第178話「オートミールはそそらない」

主人公の鬱野たけし(30代フード配達員)は、安売りセールで買ったオートミールの賞味期限が近付いているのものの、すぐには食べずに満開の桜を見に散歩に行きます。川に浮かぶ散った桜を見ながら鬱野は、「抜け落ちた髪の毛はゴミになるのに、桜は散っても美しい。その判断基準は何なんだろう」と考えます。
書き手の推測では、桜と髪の毛への極端な考え方の違いは、過去に見た、感じた記憶からくるものではないでしょうか。桜は色合いが美しいうえに、春が近づくと桜の香りのシャンプーや、桜の味わいのドリンクが販売されて、桜は美しく味覚と嗅覚に心地よいものだと印象付けられます。学生時代の入学式と卒業式、加えて大勢の人々が飲食を楽しむお花見といった、素敵な思い出とともにあるものとも言えるので、散っても美しいと感じられます。
一方で髪の毛は、お手入れを念入れに行っていれば美しいものです。しかし、髪の毛は掃除をしていると必ず埃と共に落ちているもの=ゴミと同じだと認識する人もいるでしょう。または日本のホラー映画や幽霊画で、幽霊は黒くて長い髪だと姿が決まっているものが多かったり、髪の毛が排水溝に大量につまっているゾッとする演出に使われることから、恐怖や汚れの対象と感じている人もいると思われます。
こういったそれぞれのものに関する記憶と頻繁に見かける表現で固定されたイメージによって、桜と髪の毛は同じ散るものであり、やがては処理されてなくなるものであっても、互いの印象は正反対になるのではと考えられます。その双方の違いが頭にあるので、鬱野は桜を見ている際に髪の毛と比較をしたのでしょう。
帰宅した鬱野は、オートミールを電子レンジで温めて味付けは無しで食べてみます。鬱野は無の味を感じて、あえて無を楽しむことにしました。オートミールはダイエットの味方となる健康食品ですが、単品だと味がそっけない感じがします。なのでアレンジレシピなど試行錯誤を練って食べる習慣をつけるものと思われています。しかし、鬱野のように無を楽しむ新しい味わい方もアリだと視野が広がりました。

鬱ごはん
8

気が付いたら飲み込まれている、鬱野の鬱空気に。

定職に就かず一人ぼっちで飯を食う、鬱野タケシ。彼の頭の中はいつも悶々としています。考えすぎる日もあって、行動したら上手くいかないことばかり。関西弁の黒猫の妖精(幻覚に思われるけれど、法的にアウトな薬物の表現はありません)に話しかけられたり、突っ込みを入れられたりもします。A5サイズのコミックスの中で、彼は晴れない心を抱えた日常の中で飯を食って生きています。旅行に行く話もありますが、後ろ向きな考えが彼から離れないうえに、ドラマティックな出会いも出来事もとくにありません。一度はブックオフで売って手放しました。しかし、また読みたくなって大型書店で定価で買ってしまいました。後悔なんて微塵もしていません。施川ユウキの作る鬱野タケシの鬱な空気に、あなたも虜になるでしょう。第四巻と連載を公開しているウェブサイトでは、コロナ禍となった世間で鬱野がフードデリバリーの職に就いたり、ChatGPTで暇をつぶしたり、配膳ロボが働いているレストランで食事をしたり、変わっていく世の中で彼なりに思考を巡らせて、今日も静かにご飯を食べて生きている鬱野の姿が見られます。何のために食べて何のために生きるのか、彼自身の答えは見つかっていません…。