蛍火の杜へ

蛍火の杜へのレビュー・評価・感想

蛍火の杜へ
10

蛍火の杜へというアニメ映画に偶然出会って

『蛍火の杜へ』は、少女漫画雑誌の『LaLa』で『夏目友人帳』を連載している、緑川ゆきの短編漫画を原作としたアニメ映画です。
私はこのアニメ映画をレンタルショップで偶然手に取り、視聴しました。

物語は、夏の田舎の森を舞台に、人間の少女・蛍と、人に触れると消えてしまう妖(あやかし)の青年・ギンとの儚い交流を描いています。小学生の蛍は、祖父の家に遊びに行った際、森で迷子になり、ギンと出会います。彼は「絶対に触れてはいけない」と忠告しながらも、優しく蛍を助け出します。それ以来、毎年夏になると蛍は森を訪れ、ギンと楽しいひとときを過ごします。時が経ち、蛍は成長し、2人の関係も次第に深まっていきますが、ギンが人間に触れることのない存在であるという現実は変わりません。そんな中、夏祭りの夜に事件が起こり、2人の運命は一瞬で大きく変わってしまいます。

この作品は、美しい映像と共に、切なくも温かい物語が心に深く響きます。蛍とギンの関係は、触れることができないという制約があるからこそ、より一層純粋で、儚さが際立っています。特に終盤の展開は、視聴者の感情を大きく揺さぶるでしょう。あまりにも短い時間しか共有できない彼らの絆は、私たちに「今」という瞬間の大切さを教えてくれます。また、夏の情景を美しく描く作画や、静かな中にも感情を滲ませる音楽も素晴らしく、まるでその世界に引き込まれるかのような没入感を味わえました。

本作の最大の見どころは、なんといってもラストシーンの衝撃です。祭りの喧騒の中で、ついに蛍とギンが「触れる」瞬間は、心を締め付けられるような感動と切なさに満ちています。彼らが交わした短いけれど心に残る言葉は、見る者の胸に深く刻まれることでしょう。また、2人が出会ってから別れに至るまでの10年間の物語が、40分という短い尺の中に無駄なくまとめられており、観終わった後の余韻もまた格別です。

『蛍火の杜へ』は、切ない恋愛物語が好きな方や、ファンタジーの中にリアルな感情を見出したい方におすすめです。日常の喧騒から離れ、少しの間でも静かな時間を過ごしたいと思っている人や、優しい気持ちに触れてみたいと感じている人にとって、この作品は癒しと感動を与えてくれるはずです。また、物語の中に描かれる「永遠に続かないからこそ美しいもの」が持つ儚さに心を動かされる方には、特に響く作品だと思います。短編ながらも深い余韻を残すこの映画を、ぜひ手に取ってみてください。

蛍火の杜へ
8

幽かなのに力強い恋を拾う

妖怪好き、恋愛好き、泣きたい、キュンキュンしたい、悶えたい、切なくなりたい、がすべてつまった珠玉の作品である。
近づいてはいけないとされる山神さまの森の中で、人に触れられると消えてしまう幽霊のギンと、
夏休みにおじいちゃんのお家に遊びに来る度にその森を訪ねてはギンに会いに行く蛍。
二人のおよそ10年間を描いている。
人と人ならざる者との恋愛である限り、辛い方向への結末を予想してしまいがちになってしまうが、
それだけではない、とても前向きな終わり方が、心にチクリとほろ苦い注射を刺す。
描写の対比もまた秀逸である。6才の女の子から女子高生へと成長していく蛍の姿と、10年間変わらない容姿のギン。
蛍の持つ命のたくましさと、ギンに漂う消え入りそうなはかなさの対比が、苦々しくて、美しくて、涙腺崩壊必至である。
ギンは、森で迷子になった蛍の手をつないであげることもできず、泣いている蛍の頭をなでてあげることもできない。
もどかしさ溢れんばかりの距離感。ギンの想いも蛍の思い遣りにも、涙腺決壊の大洪水に追いやられてしまう物語である。
夏の終わりのカナカナと鳴く蝉の声と夕方の匂いを肌で感じ取れる、鼻の奥がツンとする大好きなお話だ。

蛍火の杜へ
10

これは、私とギンの夏のお話

これは、人と人ならざるものの淡く切ない夏のお話。
こちらの作品は『夏目友人帳』で知られている緑川ゆき先生が夏目友人帳を連載する前に描かれた短編読み切りになります。
夏休みの時にだけ帰省できる主人公の蛍は6歳の時、遊んでいた山神の森で迷子になり、そこではじめて“人ではない”ギンと出逢い、助けて貰いました。そこから二人は心を通わせていきます。
蛍はギンは人に触れると消えてしまうと知り、何とかお互いに触れないようにしながら夏が来る度、思い出を重ねていきました。
毎年夏にしか逢えないという切なさと、お互いを思う気持ちが少しずつ強くなっていくにつれて、同じくらいもどかしい気持ちも強くなっていく、夏の淡い恋のお話です。
一般的な人間同士の恋のお話ではないのですが、それでも同じような、あるいは普通では味わえない恋のときめきや切なさが魅力的で、ドキドキしながら読むことができます。
漫画では約50ページ、アニメ映画では約30分のお話と少なめのボリュームですが、切ないながらも不思議と心が暖かくなるお話で、ずっと心に残る作品です。
また、緑川ゆき先生の世界観や魅力が詰まった原点の作品でもあるので、夏目友人帳がお好きな方や気になっている方は是非1度触れて頂きたいです。
日本の和風なお話が好きな方や、切ない恋のお話が好きな方にオススメです。

蛍火の杜へ
7

子供のころの思い出のように儚い物語

主人公の蛍は幼少期に、妖怪の棲む山神の森で仮面をつけた青年ギンと出会う。その青年は森に棲んでおり、人間に触れられると消滅してしまうという。人ではない青年と人間の少女が織りなす、切なくて感動するアニメ映画。

夏の間だけ会える2人は、ふとした事がきっかけで出会うが、毎年夏が恋しくなるほど心を通わせていく。毎年毎年成長していく蛍と、外見も何も変わらないギン。ラストで、意図せず人間に触れてしまったギンが、消えゆく体に驚きながらも、「やっとお前に触れられる」と悲しむでもなく抱擁を求めるところが、蛍に対する想いの強さを感じた。「好き」や「愛している」という好意の言葉のほかに、こんなに胸を締め付ける表現があるとは思わなかった。「綺麗なものは儚く、壊れやすい」とはこのことなのだと実感した。

45分ほどの短編映画だが、最初から最後までストーリーや映像が繊細で美しい。年を重ねるごとに少しずつ心の距離が縮まってゆっくりと恋心が育まれていくのに、「お互いが相容れない存在で、犯せない領域がある」ということを思い知る葛藤の描写には、徐々に胸が苦しくなっていった。また、長いセリフがなく、会話が淡々を進んでいく様子が、「子供のころの思い出」のようで鑑賞しやすかった。

切なくて胸が苦しくなるけれど、悲しいだけでは終わらず、美しい映画だった。

蛍火の杜へ
8

知られざる名作短編アニメーション

人気アニメ夏目友人帳と同原作者・同スタッフによる短編映画。そのため、世界観や絵柄はそっくり。夏目友人帳が好きな人には是非見て欲しい作品。

「蛍火の杜へ」は、人間が触れると消えてしまう、妖と人間の狭間である存在の「ギン」と人間の女の子「蛍」の物語。人間である蛍はギンに触れられない。互いに惹かれ合うのに、触れることはできない。手を繋ぐこともできない。相手が泣いていても、頭を撫でて慰めてあげられない。それでも、確かに二人は繋がっていた。

行ったことがないはずなのにどこか懐かしい自然の背景に、温かい色合いの絵柄。「ああ、触ったら消えてしまう!」とハラハラするシーン。孤独だった優しいギンと、そんなギンに惹かれながら成長する蛍。その二人を包み込むBGM。そこからエンディングの儚さに涙が出るのは必然だろう。

以下、ネタバレである。

このエンディングに不満を持つ人もいる。だが私は、退屈な毎日を過ごしていたギンが温もりを知り、幸せを知ることができたという点で素晴らしい最後だと思う。
初めて見終えた後には悲しさしか残らなかったが、二度目の鑑賞時にやはりこれはハッピーエンドだと確信した。
なぜならギンは自分が消えると分かったとき、消える悲しさや恐怖は微塵もなく、蛍に触れられることへの嬉しさしかなかったから。
ギンが消えないというのはすなわち、永遠に二人は触れることができないという意味だった。あれでよかったのである。