さて、芽生えたものはなんだろうか。
『Bloom Into You』——。そんな副題を持つ『やがて君になる』という物語は、恋愛感情が理解できないことに悩む主人公・小糸侑が、眉目秀麗の先輩・七海燈子が告白を受けている場面を覗き見てしまうところから物語が始まる。
侑は橙子の、「誰にも恋愛感情を持たない」部分に親近感を抱くのだが、橙子は侑の、「誰かを特別に思わない」部分に惹かれてしまう。
一話でいきなり前提が覆る展開となる。「先輩は私と同じじゃないんですか」と作中で侑が呟くのだが、一話の展開に揉まれた読者の心の言葉だろう。そして、橙子が侑に惹かれた理由には彼女の生い立ちに起因するものがあり……と話が大きく膨らんでいく。
橙子の感情を受けて侑はどうするのか?橙子が侑に惹かれた理由は何か?そして二人の関係はどうなるのか?
ここであらかじめ言っておきたいことは、ジャンルこそ女の子同士の恋愛、すなわち百合に分類されるのだが、物語を読んだ人間ならばその枠にとどまらないことが言えよう。確かに濃厚な百合表現が含まれる。しかし侑と橙子が、お互いの関係性や周囲の人間関係において悩み、もがいている姿は、「誰かを好きになる」「誰かを特別に想う」時に誰にでも起こりうる普遍的なものなのだ。
「女の子同士の恋愛なんて」のような百合作品に多く見受けられるテーマはこの作品には見受けられない。あくまでも主題は「人を好きになることはどういうことなのか」なのである。
『やがて君になる』は、普段考えているようで、身近にあるのに漠然として分からない感情を鋭く切り込んだ漫画なのである。
物語が進み、周りの感情を巻き込みながら(佐伯沙弥香を筆頭に、脇を固めるキャラクターがまた良い味を出している)、侑と橙子の関係は結末を迎える。
「好きってなに?」「特別になるってなに?」と、ふたりが積み重ねた感情を行末を読むと、きっと「好き」という気持ちについてのひとつの納得が、読者の心に芽生えることだろう。