荒井由実 / 松任谷由実 / ユーミン

松任谷由実(まつとうやゆみ)とは、日本のシンガーソングライター。旧姓、旧芸名は「荒井由実」で、愛称は「ユーミン(Yuming)」。他のアーティストに作品提供を行う際は、本名の他にハリウッド女優であるグレタ・カルボをもじったペンネームである「呉田軽穂」(くれたかるほ)を名乗る場合もある。夫は、アレンジャーとして活動する松任谷正隆。彼女の音楽プロデューサーも務める。
自身は元々作曲家志望であったが、プロデューサーの村井邦彦の勧めから、シンガーソングライターとしてデビューする。
「あの日にかえりたい」「守ってあげたい」などがヒット。その後、バブル景気に人気の高かったスキーを題材にした映画『私をスキーに連れてって』の主題歌と挿入歌を担当。「若者のカリスマ」、「恋愛の教祖」などと呼ばれ、当時の若者から脚光を浴びる。その後もヒットを連発。老若男女問わず幅広い世代から人気を獲得している。
楽曲提供も様々なアーティストに多数行っており、松田聖子の「赤いスイートピー」や、薬師丸ひろ子の「Woman”Wの悲劇より”」などを作曲。特に松田聖子に対してはこの「赤いスイートピー」以降も楽曲提供を行っており、発表したシングル曲を次々とヒットさせている。

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荒井由実 / 松任谷由実 / ユーミン
10

新時代を開いた真のビッグスター

ユーミンが登場した頃はいわゆる四畳半フォークの全盛期で、貧しい生活を描いた暗い曲がヒットしていました。しかし、彼女はそんな傾向とは全く異なるファッショナブルでポップな曲と、豊かな生活を描いた詞で登場したのです。そして「あの日に帰りたい」をビッグヒットさせ、アルバム「コバルトアワー」も物凄く売れて、一躍時代の寵児となり、四畳半フォークの時代は終わりを告げました。そういう意味でユーミンは新しい時代を切り拓いた革命的なアーティストでした。彼女は最初、ザ・タイガースを脱退した加橋かつみの曲を書いて作曲家としてこの世界に入りました。その後、大学に入学してから歌手としてデビューしたのですが、自らヒット曲を連発すると同時に、他のアーティストに曲を多く提供して次々ビッグヒットさせたのです。1990年代には日本で初めてアルバムを200万枚以上ヒットさせました。その後も長きに渡ってアルバムを中心にリリースしています。ユーミンの魅力は、英米のロックの影響を受けたポップなメロディやリズムと、かつてよく使われたハイソサエティと呼ばれる豊かな生活を反映した詞にあると言えるでしょう。