本田真凜(ほんだ まりん)とは、京都府出身のフィギュアスケーター、女優である。2016年世界ジュニア選手権優勝など、ジュニア時代から国際舞台で活躍した。表現力豊かな演技と華やかな容姿で人気を博し、2024年に惜しまれつつ現役を引退。その後はプロスケーターとして活動している。
兄の本田太一、妹の望結、紗来もスケーターとして知られている。特に妹二人は女優としても有名で、三姉妹でメディア露出することも多い。大学卒業後には映画で女優デビューを飾っている。
本田真凜(Marin Honda)の概要
本田真凜(ほんだ まりん)とは、日本のフィギュアスケート選手(女子シングル)、女優である。2001年8月21日生まれ、京都府京都市出身。2015年のジュニアグランプリファイナルでは3位入賞、2016年世界ジュニア選手権で優勝するなど、ジュニア時代から国際舞台で華々しい実績を残した。
5人兄弟の次女(第3子)という大家族の中で育ち、兄の本田太一、妹の本田望結、本田紗来も同じくフィギュアスケーターとして知られている。特に望結と紗来の二人は、スケート競技と並行して女優やタレントとしても精力的に活動している。かつては妹たちと共に大手芸能事務所のオスカープロモーションに所属していた時期もあり、競技実力のみならず、その華やかな容姿と豊かな表現力で高い注目を集めている。
本田真凜(Marin Honda)の活動経歴
ノービス時代:歴代最高得点と華々しい国際デビュー
2011年、全日本ノービス選手権(ノービスB)で2位となり、初の強化選手に指定される。翌2012年には同大会で歴代最高得点をマークして優勝を果たした。初の海外公式戦となったチャレンジカップや、トリグラフ杯でも優勝を飾るなど、早くから国際舞台で頭角を現した。
2013-14シーズンからは日本スケート連盟の強化選手に選出され、全日本ジュニア選手権でもショート13位から総合5位へ大逆転を見せるなど、次世代を担うスケーターとして注目を集めた。
ジュニア時代:世界ジュニア女王の戴冠と飛躍
2015-16シーズン、ジュニアグランプリ(JGP)シリーズに初参戦し、クロアチア杯で逆転優勝を飾る。JGPファイナルで銅メダルを獲得した勢いのまま、2016年世界ジュニア選手権に出場。自己ベストを大きく更新する演技で、日本女子として6年ぶりの優勝を成し遂げた。
翌2016-17シーズンもJGPファイナル進出を決め、全日本ジュニア選手権で初の表彰台(3位)に登る。2017年世界ジュニア選手権では、ジュニア史上2人目となる200点超えのスコアを記録し、銀メダルを獲得した。
シニア時代初期:オリンピックへの挑戦と米国への拠点移動
2017-18シーズンよりシニアへ本格参戦。USインターナショナルクラシックで優勝を飾る。平昌オリンピック代表選考がかかった全日本選手権では総合7位となり、惜しくも選出を逃した。
2018年4月、さらなる飛躍を求めてコーチをラファエル・アルトゥニアンに変更し、兄の太一とともにアメリカへ練習拠点を移した。日本航空(JAL)との所属契約やIMGとのマネジメント契約を締結し、プロフェッショナルな支援体制を整えてシーズンに臨んだ。
シニア時代中盤:逆境の中での強行出場と試練
2019-20シーズン、スケートカナダへの移動中に交通事故に遭い右足を負傷したが、強行出場して総合6位に食い込む根性を見せた。しかし、右肩の脱臼や公式練習中のめまいによる棄権など、相次ぐアクシデントに見舞われる。
2020年からは佐藤信夫コーチの下で練習に励み、強化選手から外れた2021年度以降も大学生活とスケート競技の両立に尽力し、競技人生の集大成へと向かった。
競技引退と新たなステージ:プロスケーターへの転換
2023-24シーズン、東京選手権12位、東日本選手権5位で通過するが、全日本選手権ではショートプログラム26位となり2年連続でフリー進出を逃した。
2024年1月5日、同季限りでの引退を表明。1月11日の記者会見でプロスケーターへの転向を発表した。
引退後の活動:メディアとエンターテインメントへの展開
引退直後の2024年1月28日、フジテレビ系フィギュアスケートスペシャルフィールドキャスターに就任。長年の経験を活かした独自の視点からの解説者として活躍。
さらに、2025年9月5日公開の映画『カラダ探し THE LAST NIGHT』で女優デビューを飾るなど、スケートの枠を超えて幅広い分野での活動を本格化させている。
本田真凜(Marin Honda)のプロフィール・人物像
本田 真凜(ほんだ まりん)
生年月日:2001年8月21日
出生地:京都府京都市伏見区
親族:本田太一(兄)、本田望結(妹)、本田紗来(妹)
身長:163cm
出身校:明治大学
2001年8月21日生まれ、京都府京都市伏見区出身。血液型はA型。
5人兄弟の次女(第3子)であり、兄弟の多くがスケーターという類まれな家庭環境で育った。一般人の姉を含め、特に妹の望結・紗来とは「本田三姉妹」としてメディアに露出することも多く、読売新聞アンバサダーを共に務めるなど、家族ぐるみの活動でも注目を集めている。
幼少期より関西大学初等部・中等部で学び、高等部1年次修了後に練習拠点をアメリカへ移した際、青森山田高等学校(普通科スポーツコース)へ編入学した。その後、2020年に明治大学へ入学しスケート部に在籍、2024年に同大学を卒業している。
2018年7月からは日本航空(JAL)アイススケート部と所属契約を締結。2024年1月に競技引退を発表し、その後はプロスケーターとして活動している。
2歳からスケートを始めたが、幼少期はフィギュアスケート以外にもアイスホッケー、水泳、体操、テニスといったスポーツから、ピアノや絵画教室まで多種多様な習い事を掛け持ちしていた。
2018年より指導にあたったラファエル・アルトゥニアンからは、「いつまでも見ていたいと思わせる美しさと芸術性を持つ、ずば抜けた才能の持ち主」と絶賛されている。その一方で、その本田の良さでもある独創性が即興で練習内容を変えてしまうようなる一貫性の欠如につながっている側面も指摘されており、コーチからは「まだ潜在能力の30%しか発揮されていない」と評されている。
本田姉妹の次女である。
本田真凜(Marin Honda)の技術・演技
高い技術力とジャンプ
本田真凜は、アクセルを除く5種類の3回転ジャンプをわずか11歳で習得。コンビネーションジャンプのバリエーションも豊富であり、3回転のルッツ、フリップ、ループ、サルコウ、トゥーループ、さらには2回転半アクセルの後に、難易度の高い3回転トゥーループを組み合わせる卓越したスキルを持つ。
表現力と芸術性
目次 - Contents
- 本田真凜(Marin Honda)の概要
- 本田真凜(Marin Honda)の活動経歴
- ノービス時代:歴代最高得点と華々しい国際デビュー
- ジュニア時代:世界ジュニア女王の戴冠と飛躍
- シニア時代初期:オリンピックへの挑戦と米国への拠点移動
- シニア時代中盤:逆境の中での強行出場と試練
- 競技引退と新たなステージ:プロスケーターへの転換
- 引退後の活動:メディアとエンターテインメントへの展開
- 本田真凜(Marin Honda)のプロフィール・人物像
- 本田真凜(Marin Honda)の技術・演技
- 高い技術力とジャンプ
- 表現力と芸術性
- 本田真凜(Marin Honda)の出演番組
- テレビドラマ
- 坂井昌美(2013年12月25日『スケート靴の約束〜名古屋女子フィギュア物語〜』)
- テレビ番組
- 『すぽると!』
- 映画
- 木下有紗(2025年9月5日『カラダ探し THE LAST NIGHT』)
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