Tahiti 80(タヒチ80)の徹底解説まとめ

Tahiti 80(タヒチ80)とは、フランスのルーアンで結成されたポップ・ロックバンド。1992年ごろに結成され、1993年から本格的な活動を開始。1999年にアルバム『Puzzle』でデビューを果たし、渋谷系サウンドが全盛を迎えていた日本で特に高い人気を獲得する。流行や音楽シーンの変化に迎合することなく、穏やかで普遍的なポップソングという音楽性を一貫しており、「続けること」そのものを体現する姿勢で愛され続けている。

Tahiti 80(タヒチ80)の概要

Tahiti 80(タヒチ80)とは、フランス・ノルマンディー地方のルーアンで結成されたポップ・ロックバンド。1992年頃にボーカル・ギターのザヴィエ・ボワイエとベースのペドロ・レセンデを中心に結成され、1993年から本格的に活動を開始した。
英語詞によるメロディ重視のポップスを特徴とし、フランス語ロックやシャンソンの伝統とは距離を置いた姿勢から、90年代フランスの音楽シーンではやや異端の存在として登場した。
1999年に発表したデビューアルバム『Puzzle』は、日本で特に高い評価を受け、2000年には日本レコード協会(RIAJ)からゴールド認定を獲得。
渋谷系以降のポップス文化や洋楽志向の強いリスナー層との親和性もあり、日本では「フレンチポップの代表格」として広く知られるようになる。
その後も『Wallpaper for the Soul』『Activity Center』などの作品を発表し、流行や音楽シーンの変化に迎合することなく、穏やかで普遍的なポップソングを一貫して制作。
2000年代後半以降はメインストリームから距離を取りつつも、長く聴き続けられるバンドとして安定した評価を確立した。
2010年代以降は『The Past, The Present & The Possible』『Ballroom』『Here With You』など、年齢や時間の経過を肯定するかのような、円熟味のある作品を次々にリリース。再ブレイクを狙うのではなく、「続けること」そのものを音楽として体現する姿勢が特徴となっている。

Tahiti 80(タヒチ80)の活動経歴

結成からデビューまで

1992年、フランスのノルマンディー地方ルーアンにおいて、ボーカル・ギターのザヴィエ・ボワイエとベーシストのペドロ・レセンデを中心として結成。1993年から本格的なバンド活動を開始する。ギタリストのメデリック・ゴンティエ、ドラマーのシルヴァン・マルシャンが加わり4人編成となった彼らは、自主制作で1stEP『20 Minutes』を制作。この作品が注目を集め、フランスのレコードレーベル、Atmospheriquesとの契約に漕ぎつける。
当初から、フランス語ロックやシャンソンの系譜や「フランスらしさ」を前面に押し出す手法を選ばず、英語詞によるポップソングを志向した彼らは、90年代フランスの音楽シーンではやや異端の存在となった。
1998年、彼らはニューヨークに渡り、アンディ・チェイスのプロデュースのもとで、デビューアルバム『Puzzle』の制作を開始する。同作は1999年にリリースされた。

日本での人気獲得

デビューアルバムのリリースの時点で、彼らはすでに「流行よりも普遍性を選ぶ」というバンドとしての核を完成させていた。
そうした意思のもとで制作されたアルバム『Puzzle』はリリース翌年の2000年12月、日本レコード協会(RIAJ)からゴールド認定を受ける。この成功は、バンドのキャリアにおいて決定的な意味を持つ出来事だった。
当時日本では、「渋谷系」以降の洗練されたポップス文化や、洋楽志向の強いリスナー層が音楽シーンを席巻しており、彼らの持つ「英語詞」「無国籍」「メロディ重視」というスタイルは強く受け入れられるようになっていく。日本での人気獲得を皮切りとして、アメリカのレーベル・Minty Freshから、Bサイドやレア音源をまとめたミニLP『Extra Pieces』もリリースされた。こうして、彼らの国際的な活動基盤が整っていく。
2001年から2002年にかけて、彼らは再びアンディ・チェイスとタッグを組み、2ndアルバム『Wallpaper for the Soul』を発表。同作のレコーディングはルーアン、ニューヨーク、エトルタ、ロンドン、ポートランドと複数都市にまたがった。この時期、タヒチ80はフレンチポップの代表格として日本でのファンベースをより強固なものにし、来日公演を待ち望まれるようになっていく。

メインストリームからの離脱

2003年から2004年にかけては、バンドは自らが所有するスタジオ「Tahitilab」にこもり、即興を中心としたレコーディングに没頭する。そうして作り出したうちの1曲である「Better Days Will Come」が、ドラマ『ヤング・スーパーマン』(原題:Smallville)のシーズン4第1話で使用され、国際的な露出も続いた。
しかし2000年代後半になると、インディーロックの台頭やエレクトロニカの流行によって、彼らの生み出す穏やかなポップスは、徐々にメインストリームから距離を取ることになる。
2007年にレーベルをBarclayへ移籍したバンドは、2008年には再びTahitilabにこもって4thアルバム『Activity Center』の制作に入る。
音楽シーンに変化が到来し始める中でも「派手に売れることより、良い曲を書き続ける」という道を選んだ彼らは、自身の音楽性を大きく転換することはなかった。

結成20周年

2011年、東京の恵比寿リキッドルームでの来日公演の模様

2010年の冬から2011年の春にかけて録音された5作目のアルバム『The Past, The Present & The Possible』は、「時間」「記憶」「現在性」をテーマにした大作として、円熟味を見せつける仕上がりとなった。同作で再注目を集めるさなか、2012年にドラムやキーボードを担当してきたジュリアン・バルバガロが脱退を表明。バルバガロの後任としてアドリアン・グランジュを迎え、バンドは新体制の幕開けを迎えた。
2014年、リチャード・スウィフト共同プロデュースによる6thアルバム『Ballroom』を発表。サウンドは派手さよりも、メロディの持続力や演奏の余白を追及し、大人のポップス感を重視した方向へと転換していく。これは「再ブレイク」を狙うのではなく、長く続けてきたバンドとして一貫した立ち位置を明確に示す形となった。
結成20年を超えた彼らは、ヨーロッパ諸国や日本を中心にライブ活動を継続。過去曲と新曲を無理なく並べるセットリストが定着し、各国のファンを喜ばせる。こうしたライブ活動は「90s〜00sインディーの生き残り」ではなく、現役のポップバンドとしての評価を安定させる結果を招いた。

ツアーと制作を継続

2020年代に入ると、新型コロナウイルスの蔓延によりツアー活動が制限されてしまったものの、音源の制作は精力的に取り組む。2022年には7thアルバム『Here with You』をリリース。アルバムタイトルが示す通り、他者と寄り添う感覚や距離、つながりをテーマに掲げた本作は、彼らの中でも屈指の優しく穏やかな作品として愛されている。
サウンド面では初期の衝動的なきらめきや勢いよりも、全てを肯定するかのような円熟味のある大人の包容力を、前面に押し出した一枚となった。
結成30周年を迎え、それ以降は音源のリリースの頻度こそ下がったが、音楽フェスへの出演や単独公演を無理のないペースで継続している。
再び渋谷系サウンドやシティポップに注目が集まり始めたことで、特に『Puzzle』『Wallpaper for the Soul』を中心とした初期作品への再評価する声が集まる一方、「年相応の良作を生み出すバンド」として受け止められている。これはひとえに、彼らが頑なに「流行に乗らない」というスタイルを貫いてきたからこそ獲得できた評価ともいえるだろう。

Tahiti 80(タヒチ80)のメンバー

現メンバー

Xavier Boyer(ザヴィエ・ボワイエ)

ボーカル、ギター、キーボード、ピアノ、ベース

Médéric Gontier(メデリック・ゴンティエ)

ギター、ボーカル、キーボード

Sylvain Marchand(シルヴァン・マルシャン)

ドラムス、パーカッション、キーボード、ピアノ

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