ヤン・シュヴァンクマイエルのおすすめ作品・長編

チェコの映像作家、シュヴァンクマイエル氏の作品集。短編については以前ご紹介しましたが、今回は長編にスポットを当ててみたいと思います。今回はなまじストーリーがあるために、不条理さが3割増ししているような!?相変わらず食べ物はまずそうです!

『アリス』(1988年)

まずは『アリス』。ルイス・キャロルの名作童話を基にしたものですが、シュヴァンクマイエル節フルスロットルです。アリスは顔の造作こそ「かわいい」ものの、にこりともしない、どこか不機嫌な印象ですし、ウサギも何だか怖い。アリスの自室なのか分かりませんが、最初にいた部屋には不気味な標本が多くあるし、何だか汚い印象です。氏の作品ではよくあることですが。

かわいいけど、終始仏頂面のアリス。

アリスの部屋にあった模型のウサギ。かわいくないです。むしろキモイです。

『オテサーネク』(2000年)

「舌噛みそうな名前だね」と思われるかもしれませんが、チェコでは有名というか常識の民話を元にしているようです。

どんな話か?

童話の『オテサーネク』

童話の粗筋は「子供のいない夫婦が、木の根っこで作った人形に『オテサーネク』と名付け子どもの代わりにした。しかし『オテサーネク』は底抜けの食欲を持っており、鍋一杯のかゆ、パンを食べつくしてもまだ足りないと、両親や道で出会った人々皆食べつくしていく。農婦のクワで、腹を裂かれるその時まで」というもの。で、映画はその童話をそのままなぞったものかというと、さにあらず。

赤ん坊をほしがる一人と一組

アルジェビェトカ。彼女が主役…か?

舞台は現代。不妊症で子供を授かることのできないホラーク夫妻と、アパートの隣人の娘、アルジェビェトカ。彼女もまた兄弟を欲していますが、一人っ子のまま。ホラーク夫人が与えたチョコを「縁起が悪い」といって捨てるわ、10歳かそこらの子どもが読むには早すぎる本を読むわ、色々とませています。

せめてもの気持ちが…

そして、隣人の勧めるまま別荘を購入したホラーク氏は、何となく人間の形をした木の株を掘り出し、せめてもの慰めになれば、と冗談めかして妻に渡します。が、妻はよっぽど子供が欲しかったのかその切り株をかわいがり、「妊婦のふりをする」ための、腹に入れるクッションを作り…周りは本当に子供ができたと思い込んで祝福しますが、少女だけはいぶかしがります。子供の鋭さか、同じく「赤ちゃんが欲しい」という願望を持っている故の同調か。そして迎えた臨月。「生まれた」切り株は「オティーク」と名付けられて、周囲には隠して育てられます。童話そのままに、異常な食欲を持って…。

「誕生」前。

ばーぶー。

不気味で不快、なのに癖になるというタイプです。相応の教訓、「力」を持った作品というものはそういうものなのかもしれません。「我が子」のしたことを何でも正当化する親。普通にいますよね。そしてこの映画を見ていると、「子供を持つのって、覚悟がいるんだな」とも思ったり。「ホラーク夫妻、猫や人形で我慢しておけばよかったんだ」なんて無神経に言うのは簡単です。でも、夫妻にはそれができなかった。そんな人間の持ついろいろな精神的不条理さのようなもの(妻の作った料理に釘が入っているように感じる、いけすの魚さえ赤ん坊に見えるなど)が、時に幻想的に、時に現実そのままに描かれています。隣人の少女の方が「親らしく」見えます。ちゃんとしつけするし、オティークも彼女の言うことだけは聞くのです。そこにあるのが未熟な少女の自己満足なのか、友情なのか兄弟愛なのか。ホラーク夫妻はオティークを処分すべきだったのか…ないものねだりの「欲」を想起させるこの作品、若い人に見て、議論してほしいところです。

えどまち
えどまち
@edono78

目次 - Contents