Dropkick Murphys(ドロップキック・マーフィーズ)の徹底解説まとめ

Dropkick Murphysとは、1996年にアメリカ・ボストン郊外で結成されたケルティック・パンク・バンド。1998年にアルバム『Do or Die』でメジャーデビュー。2005年発表の楽曲「I'm Shipping Up to Boston」が映画『ディパーテッド』に起用され、世界的な知名度を獲得する。アイリッシュ・トラッド音楽の要素とストリート・パンクを融合させた「ケルティック・パンク」を代表する存在として、世界中の音楽シーンを牽引し続けている。

目次 - Contents

Dropkick Murphys(ドロップキック・マーフィーズ)の概要

Dropkick Murphys(ドロップキック・マーフィーズ)とは、1996年にアメリカ・ボストン郊外で結成されたケルティック・パンク・バンド。1998年にアルバム『Do or Die』でメジャーデビュー。
アイリッシュ・トラッド音楽の要素とストリート・パンクを融合させた「ケルティック・パンク」を代表する存在として知られる。労働者階級文化やアイリッシュ移民のルーツを背景として、バグパイプやフィドルなどの伝統楽器を取り入れたサウンドと、荒々しくも高揚感のあるコーラスワークを特徴とする。地元ボストンのコミュニティと強く結びついた活動スタイルでも知られ、特にセント・パトリックス・デー公演はボストンでの恒例行事として高い人気を誇る。
結成当初から地元ライブハウスを中心に精力的なライブ活動を行って強固なファンベースを構築。2000年代に入ると大きく評価を高め、2005年発表の楽曲「I'm Shipping Up to Boston」が映画『ディパーテッド』で使用されたことをきっかけとして世界的な知名度を獲得する。これ以降、全米チャート上位にランクインする作品を発表し続け、ジャンルを代表するバンドとしての地位を確立した。
2007年以降は自主レーベルを拠点に活動し、フォーク色や社会的メッセージ性を強めた作品を展開。2020年代にはウディ・ガスリーの未発表詞を基にしたアルバムを発表するなど、音楽、思想ともにより深いものを作り続けている。
精力的なライブ活動を軸として、スタイリッシュでありながらも、パンクの精神と労働者階級のアイデンティティを体現する荒々しさも持つバンドとして、世界中から愛され、支持を集めている。

Dropkick Murphys(ドロップキック・マーフィーズ)の活動経歴

現場叩き上げで掴んだデビュー

1996年にボストン郊外の町、クインシーで結成。メンバーは労働者階級出身者が多く、パンクの荒々しさにバグパイプやフィドルを加えたアイリッシュ・トラッドを融合させたスタイルを早期に確立する。
結成当初は地元のパブや小規模クラブを中心にライブを重ねる「現場主義」のバンドとして活動を重ね、観客との距離が近い荒々しいステージングで支持を広げる。
「現場」での活動で強固なファンベースを築いた彼らは、ボストンのアイリッシュ系コミュニティとパンクシーンの双方を巻き込んでいく。
1998年、アルバム『Do or Die』をリリースしてデビュー。続く2ndアルバム『The Gang's All Here』で更に人気を拡大するが、デビュー直後という重要な局面で、初期フロントマンとして活動したマイク・マッコルガンが脱退。ここでケン・ケイシーが実質的な中心人物としてバンドを牽引していく体制へと移行する。

ブレイクと代表曲の誕生

世界的ブレイクを飾ったDropkick Murphys

2000年代初頭、後任のボーカルとして元The Bruisersのアル・バーが加入し、より骨太なボーカル体制を固めた彼らは、新たな音楽性を模索し始める。
2001年にリリースしたアルバム『Sing Loud, Sing Proud!』ではフォーク色を強めるという新たな世界観を披露し、バンドの個性はさらに明確になった。
続いてリリースした2003年のアルバム『Blackout』で評価を確立し、さらに2004年にシングル「Tessie」がボストン・レッドソックスの応援歌として広まったことで、彼らは地元のヒーロー的な存在として多くの人々に愛されるようになっていく。
バンドとしての転換期となったのは2005年にリリースしたアルバム『The Warrior's Code』収録曲の「I'm Shipping Up to Boston」が世界的ヒットを記録したことだった。
「ケルティック・パンクといえばこのバンド」というポジションを不動のものとした彼らは、商業的成功を収めてますます精力的に活動を継続していく。

商業的成功

2007年、自主レーベル「Born & Bred Records」を設立。メジャー依存から脱却し、パンクとして「DIY精神」を体現する運営を目指すようになる。
音源の制作も精力的に続け、2007年の『The Meanest of Times』と2011年の『Going Out in Style』はそれぞれ全米チャート上位に食い込んだ。特に後者のアルバムは「架空の労働者の人生を描く」というコンセプト作として話題を集め、名盤として高い評価を得る。
この時期には音楽的な変化が顕著に見られ、酒場系パンクから一歩進んだ、ストーリーテリング性やフォーク性、社会性を強めていく。労働者の誇り、移民文化、連帯意識といった深いテーマをより前面に押し出した楽曲を多く生み出した。
2017年リリースのアルバム『11 Short Stories of Pain & Glory』も好評となり、全米チャートで初登場2位を記録と、同じくアイリッシュサウンドを取り入れたパンクバンド・Flogging Mollyと人気を二分する存在として台頭するようになる。

深い社会的テーマを持つ現役バンドへ

2020年代に入っても彼らの活動は衰えることなく、むしろバンドとしての方向性はさらに明確になっていった。2022年リリースの『This Machine Still Kills Fascists』、2023年リリースの『Okemah Rising』では、アメリカのフォークシンガーであるウディ・ガスリーの未発表詞に曲をつけるというプロジェクトを展開。自身のルーツである労働者文化と社会運動への結びつきをより強く打ち出した作品として世に送り出し、多くのファンの心を掴む。
また、新型コロナウイルスのパンデミック期には無観客配信ライブを積極的に実施し、ライブバンドとしての存在感を維持するように努めた。さらに、地元ボストンでセント・パトリックス・デー公演を行うなど、地元との結びつきも変わらず継続している。
数度のメンバー変遷を経ながら活動を続け、パンクのエネルギーとアイリッシュの伝統、そして労働者階級の物語を体現するバンドとして、彼らは第一線に立ち続けている。

Dropkick Murphys(ドロップキック・マーフィーズ)のメンバー

現メンバー

Ken Casey (ケン・キャシー)

1996年の結成当初から在籍。ボーカルとベースを担当。

Matt Kelly(マット・ケリー)

1997年から在籍。ドラムとバウロン、バックボーカルを担当。

Al Barr(アル・バー)

1998年から在籍。リードボーカルを担当。

James Lynch(ジェームズ・リンチ)

keeper
keeper
@keeper

目次 - Contents