ある画家の数奇な運命

ある画家の数奇な運命のレビュー・評価・感想

ある画家の数奇な運命
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独現存の最高の画家ゲルハルト・リヒターが内奥に隠した創作の淵源を探し明かすミステリースリラー

『ある画家の数奇な運命』は2018年に公開されたドイツのロマンチックな劇映画で、脚本と監督はフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクが務めました。本作は第75回ヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞にノミネートされ、ハリウッド外人記者協会のゴールデングローブ賞にもノミネートされました。
アカデミー賞の最優秀外国語映画賞にもノミネートされています。ドイツ人監督によるドイツ語の作品がノミネートされたのは、ヴォルフガング・ペターゼン監督が『Uボート』で複数のカテゴリーで選抜されて以来のことになる快挙でした。
『エクソシスト』の監督、ウィリアム・フリードキンは「今まで観た中で最良の映画の一つが『ある画家の数奇な運命』でありー傑作だ」と評しています。フェミニストによる批評サイト「チェリーピック」の創設者であるミランダ・ベイリーは本作を指して「かつて観た中で最良の映画、わたしの全生涯において」と高い評価を与えています。
米紙『ワシントンポスト』には「『ある画家の数奇な運命』というタイトルには皮肉が込められています。本作は最も目眩を起こさせる作品で、上映中の作品の中では痙攣を起こさせるほどの力を有する映画」とのアナ・ホルナディの寄稿が掲載されました。USCの映画学部の修士課程で映画を教えているレオナード・マルティンは必見の作品として『ある画家の数奇な運命』を勧めています。「上映時間の3時間が飛ぶように過ぎ去っていく」とも。

ある画家の数奇な運命
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戦前・戦中・戦後のドイツ現代史を舞台に描かれる芸術家の生涯!

この映画の主人公クルトは、少年期(ヒトラー統治下の戦前期ドイツ)に叔母の影響を受けて芸術に親しんでいました。やがて第二次世界大戦が勃発し、精神の不調をきたした叔母はナチス政府の政策(「安楽死計画」)のために強制入院させられた挙句に命を奪われます。1945年、ドイツの敗戦。クルトは東ドイツの美術学校で出会ったエリーに恋い焦がれますが、エリーの父親こそが叔母を殺害した他ならぬ医官だったのです。クルトはそのことに気づかぬままにエリーと結ばれます。東側の社会主義美術を受け入れることのできないクルトはエリーと西独に亡命します。と、ここまででヒトラーの独裁、大戦、戦後の分割という大枠のドイツ現代史を舞台に物語は進行。そこに個性の際立った登場人物たちが浮き彫りにされます。デュッセルドルフの美術アカデミーで独自の表現手法を獲得したクルトは苦悶の末に新作を描き上げます。他人に知られない過去を隠蔽してきた義父はその作品に戦慄するー、というのがストーリーの大枠ですが、ネタバレはしていません。さてさて、主人公クルトのモデルは実在の画家だというのは驚きです。現代ドイツ最大の芸術家ゲルハルト・リヒターその人が作品のモデルなのです。リヒターの生涯(実際にナチス親衛隊の軍医であった義父に叔母を殺害されたことがあります)の「詩と真実」まさにDichtung und Wahrheitを骨太に描き切った大作映画です。