西村賢太

西村賢太

西村賢太(にしむら けんた)とは、日本の小説家である。1967年7月12日生まれ。東京都江戸川区春江町出身(2022年2月5日没)。同人誌への参加を機に執筆活動を始め、暗澹たる日々にもがく自身の姿を赤裸々に描き出す私小説の書き手として知られた。
幼少期は運送業を営む裕福な家庭で育ったが、1978年に父親が逮捕されたことをきっかけに両親が離婚し、母子家庭となる。その後、千葉県船橋市や東京都町田市へ転居した。中学生の時に父親の起こした事件の性質を知ったことで不登校になり、高校へは進学せず、中学卒業後は東京・鶯谷での一人暮らしを始めた。アルバイトや肉体労働で生計を立てながら、家賃の滞納と転居を繰り返す過酷な青年時代を送る。
16歳の頃から古本屋に通って探偵小説などの初版本を集め、のちに田中英光の生涯を知ったことから私小説に強く傾倒するようになった。私家版の研究書の刊行を経て、風俗通いや借金を巡る実体験を基にした作品で小説家としてデビューを果たす。同人雑誌での活動を経て発表した諸作品が数々の文学賞の候補となり、2006年には『暗渠の宿』で野間文芸新人賞を受賞した。さらに、2011年には『苦役列車』で第144回芥川賞を受賞し、その際の受賞会見での発言なども大きな話題となった。以降も精力的に執筆活動を続け、独自の文学世界を構築した。
また、作家の藤澤清造(ふじさわせいぞう)に対して深い傾倒を示したことでも知られている。自身の経験から藤澤に強く共鳴し、没後弟子を自称して代表作の復刊や全集の編集を試みたほか、石川県七尾市の菩提寺である西光寺にある藤澤の墓の隣に、自らの生前墓を建立した。
晩年も精力的に活動を続けていたが、2022年2月4日の夜、東京都内で乗車したタクシーの車内で意識を失い、搬送先の病院で心疾患のため54歳で死去した。

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