原田眞人

原田眞人

原田眞人(はらだまさと)とは、静岡県沼津市出身の映画評論家、映画監督、脚本家。子どもの頃から映画監督になることを志し、1962年に映画『突撃隊』に感銘を受けたことで、映画を見るたびに映画に関するメモや論評を書くようになった。ロンドンに語学留学中の1972年、映画『ラスト・ショー』の評論を『キネマ旬報』に載せたことをきっかけとして映画評論家として活動を始め、『キネマ旬報』や『宝島』にアメリカ発の映画情報を寄稿する。翌1973年にはロサンゼルスに拠点を移して6年間の映画監督修行を積み、1979年に一時帰国して『さらば映画の友よ インディアンサマー』で監督デビューを果たす。以後は評論や監督業のみならず、2003年には映画『ラスト サムライ』で俳優としてハリウッドデビューし、脚本の執筆も手掛けるなど映画関係の現場で幅広く活躍。テレビ映画やオリジナルビデオの制作も積極的に手がけ、中でも1991年から1992年にかけて監督した『タフ』シリーズは多くの批評家からも好評を得ている。また、1980年上映の『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』、1982年上映の『スター・ウォーズ』において、日本語版吹替版の翻訳監修と演出を担当したことでも知られている。私生活では1976年にジャーナリストの福田みずほと結婚して一男一女をもうけ、息子は後に俳優の原田遊人としてデビューを果たした。2007年からは日本大学国際関係学部教授として後進の育成にあたっていたが、2025年12月8日、76歳で死去したことが報じられた。

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