THE LAST OF US 私たちの最後が行き着いた場所
2013年にアンチャーテッドで有名なノーティードッグ社から発売され、VXゲームアワードベストPS3英国アカデミー賞ゲーム部門ストーリー賞など数えればきりがないほどの賞を授与され、さらに続編であるpart2の発売が決定しているTHE LAST OF US。
まず多くの人が語るように、このゲームの素晴らしいところはストーリー性であるのは間違いない。
胞子が原因で突如始まったパンデミックによって、世界の人口の6割が感染している終末のような世界で、枯れた雰囲気をもつ中年男性ジョエルが運び家の仕事の折に出会った少女エリー。彼女はウイルスに対する免疫をもつ世界でただ一人の存在だった。
これ以上のストーリーネタバレは避けたいところであるがストーリー、ことエンディングに関しては数々の議論や検証サイトまであるレベルでインターネット上で意見が交わされ、感動した、続きはどうなるんだ、あれで完結で良いんだ続編の製作はやめてくれ などのさまざまな声が非常に多く見受けられた。それだけこの作品を愛するものが生まれたということだろう。
また、違った観点からこの魅力を語らせていただきたいと思うのだが、筆者はとある事情からこのゲームを500回ほどクリアしている。言い方が悪いが、安易にやりこみを唄うものたちよりも遥かにジョエルとエリーを通してこのゲームに浸った自負がある。ストーリーやセリフは当たり前のようにすべて頭に入っているが、驚かされるのは500回やれば500回やっただけの新しい発見があることだ。その筆頭候補が、敵の行動パターンである。次はこの感染者は左にいくから、とか、この銃持ちを倒した後に煙幕を焚いて、など、行動しやすいパターンを自分なりに作り、ノーダメージ、かつスタイリッシュにステージクリアすることを目標にやりこんだ。いまもその最中であるが、50近い戦闘ステージのなかで、毎回予期せぬ、そしてみたこともない行動をとってこちらの行動を阻害してくる敵たちが出現する。相当にAIの作り込みが深いものなのだなと毎回感心させられる。
NPCも物語を彩るだけでなく、時として愉快なバグを見せて笑わせてくれたりもする。本当に奇跡のような面白いゲームである。グラフィックも美しいなどさらに紹介したい優れた点があるのだが、それ以上にストーリーとゲーム性が非常に優れているので未プレイの方は是非手にとってプレイしていただきたい。乱暴な物言いを許してもらえるのであれば、下手な小説、映画を見るよりThe Last of Usをプレイするべきだ。私はそう思う。