【映画】ファイトクラブ【感想】
ブラッド・ピット、エドワード・ノートンがダブル主演を務める名作と名高い映画「ファイトクラブ」の見所や感想、映画の中で筆者の心に残った場面、筆者の心に刺さった言葉等を紹介していきます。
~概要~
1999年に公開。元はチャック・パラニュークによる長編小説
~メインキャスト~
エドワード・ノートン(僕 役)
ブラッド・ピット(タイラー・ダーテン 役)
ヘレナ・ボナム=カーター(マーラ・シンガー 役)
~主な登場人物と構成~
大手自動車会社に勤務し数々のブランド品に囲まれて物質的には何不自由なく暮らしているが、不眠症に悩まされている主人公の『僕』。精神科医に紹介された自助グループへと娯楽目的で参加し、『僕』の療養のノイズとなってしまう女性の『マーラ・シンガー』、『僕』とは対照的にユーモアにあふれ野生的でアウトローなマッチョである『タイラー・ダーテン』の3人が織りなすサイコサスペンス恋愛ミステリードラマ映画。
~ざっくりとした内容と感想~
タイラー・ダーテンとマーラ・シンガーに翻弄され複雑化する3人の関係と徐々に変容していく『僕』。徐々に暴かれていく真相に伏線の数々、男のロマンから現代社会へのアンチテーゼ、哲学、暴力、ブラックユーモアまで詰まった大どんでん返し、イカした演出に小洒落たギミックの散りばめられた壮大な映画です。
作中ではかなり極端な思想やメッセージが表現されてますが、その過激な表現や言い回しが鈍くなった心に突き刺さって思わずハッとなる場面が何度かあったり、心に残る台詞やシーンが多い映画でした。
忙しい毎日に追われて自分を見失ってしまっていたり、ただ漫然と毎日を過ごしているだけとなっている人には、作中の言葉を引用すれば正に『石鹸』で在り『爆弾』のような映画です。
ぜひ視聴してみることお勧めします。
最後に、筆者が思うファイトクラブの見所・名シーン3選!(軽くネタバレを含みます)
1.ブラッド・ピットの怪演
タイラー・ダーテン役として登場するブラッド・ピット。その完成された肉体美はもちろんの事、彼から漂うアウトローな雰囲気、どぎついファッションを着こなす野獣感が凄まじいです。またファイトクラブで演説を行う際のカリスマ性には映画を観ているこちらまで彼に心酔してしまいそうになります。終盤に"1人で殴り合い"を演じるシーンもとてつもなく痛々しく、いかに彼がタイラー・ダーテンという役に入り込んでいるかが見て取れました。
2.タイラー・ダーテンのイカレ具合
1とほぼ重複してしまいますが、タイラー・ダーテンの思想とその極端で1mmもブレない様はまさにイカれているといっても過言ではないでしょう。「死ぬ前になにがやりたいか?」という問いに対して『僕が応えられるまで』対向車に向かって車のアクセルを緩めない、獣医を目指す若者に銃口を突きつけ「死ぬ気で勉強しろ」と脅迫する描写なんかは間違いなくイカレていますが、彼の言っていることは実はとても大事なことだったりします。そこがまた考えさせられて面白いのです。また、ファイトクラブの会場をこれからも貸してくれと、自分を痛め続けながら店主に懇願する場面は最高にサイコでした。彼の自分の哲学に正直に、極端で度し難いほどブレずに野蛮に生きようとする様は最高にイカれていて、最高に爽快でもあります。
3.ラストシーン
なんといってもラストシーンです。物語的には果たしてバッドエンドなのか?トゥルーエンドなのか?どちらも解釈は受け手次第。『僕』が見下ろす周囲のビルが、あれだけ阻止しようとしていたにもかかわらず、まるで祝福の花火かのように大団円のごとく見事に爆発し崩壊していきます。とても象徴的なシーンだと思います。あの演出には監督の粋な計らいを感じました。そしてなんといっても最後のクレジットで一瞬サブリミナル的に映り込む男性器の描写。タイラー・ダーテンが映写室のバイトで話していた伏線がここで回収されます、それもラストシーンにもってくるところがとても茶目っ気を感じます。作中には他にもいろいろなシーンで彼がサブリミナルに映りこんでいる場面があるのですが、それはまた別の記事で紹介しましょう。タイラーの茶目っ気な伏線を添えて、『僕』のその後を明確に描写せず綺麗で壮大な爆発で締めくくるというラストシーンが筆者の心にはとても刺さりました。
以上、筆者が思う映画ファイトクラブの見所3選でした。
他にもファイトクラブで男たちが生き生きと殴り合うシーンなど上げだせばキリがありません。またここでは紹介できないほど心に刺さる名言もたくさんあります。
是非1度ご自身で映画を視聴してみて、タイラー・ダーテンという魅力あふれるキャラクターや伏線が多く驚かされるストーリーを楽しんでみてはいかがでしょうか。