さすらいの猫好きお爺ちゃん画家、NYの路上で愛を叫ぶ
NYのソーホーで路上生活をしていた、とある日系人画家の生活と秘められた過去や思いにせまるドキュメンタリー映画、『ミリキタニの猫』。え、ミリキタニ?誰?日系人??誰しもがそうお思いでしょう。三力谷さんという、広島に多い苗字をお持ちのお爺ちゃんのドキュメンタリーなんです。
NY在住の画像編集者のリンダ・ハッテンドーフさんが、家の近所で猫の絵をひたすら描く薄汚いアジア系のお爺ちゃんを見かけ、猫好きな事もあって話しかけた事がすべての始まります。リンダさんの、そしてお爺ちゃんの人生をもガラリと変えてゆく、その過程を目の当たりにします。観る側もまるで当事者のようにその世界に引き込まれてしまいます。そこが魅力であり、不思議なミラクル体験を共有出来るという、稀有なドキュメンタリー。
背景としては移民、戦争、そしてタイミング的に911等、割とシリアスなテーマが通奏低音のように流れているのですが、特に予備知識は無くとも、この強烈でマイペースなジミー爺ちゃんは何処か憎めず、つい笑ってしまいながらも彼がNYの路上で描く猫や風景画に見とれてしまいます。そんな訳で、まずNYの街が好きな方、猫はもちろん動物好きな方、イラストや絵本が好きな方、ちょっと闇のある歴史好きな方、あるいは(私のように)単なるモノ好きな方、、ちょっとでも興味を持たれたあらゆる方にお薦めしたい映画です。
この映画を初めて観たのはかなり前になりますが、2006年秋の東京国際映画祭。アメリカの作品にもかかわらず、日本映画・ある視点 最優秀作品賞に選ばれ、日本初上映という場でした。なんとなく面白そうだとふらりと出かけたのですが、お爺ちゃんの強烈なキャラと前代未聞のストーリーに魂を抜かれたようになり、以来心の何処かに住み着いているかのような存在になってしまったのでした。
そんな一見、泉谷しげる似のジミー爺ちゃん、キャラといい人生といい、まさに破天荒そのものです。その背景は、ひょんな事でリンダさんの家で暮らす事になった後、日々の会話のやりとりの中で次第に明かされてゆきます。カリフォルニア生まれの日系二世、広島育ち。自称侍の子孫。日米間の関係の雲行きが怪しくなってきた頃、単身カリフォルニアに戻り、そこで開戦。当時アメリカ西海岸にいた日本人やその子孫の日系人は、スパイ扱いされ砂漠地帯で強制収容所暮らしを余儀なくされました。その後、米国市民権まで放棄してしまったジミー爺ちゃんは戦後かなり経ち、ようやく自由な身になってからNYに渡り、住み込みの料理人をしながら絵筆を取り続けました。最後の奉公先のご主人が亡くなった事により、止むなく路上生活者となった後も、とにかく絵を描く事だけはやめませんでした。猫や広島の柿、時には原爆の絵まで描き、平和を訴える、自称・グランドマスターアーティスト。なんと誇り高い、ぶれない、ロックな生き方よ。
その一方で、暫く一緒に暮らすうちに、夜が更けても外出先から戻らないリンダさんを涙目で心配してしまう、そんなお茶目な一面もある。世代もバックグラウンドも人種も違うのに、ぶつかり合いながらも次第に親子、いやお爺ちゃんと孫娘のようなほのぼのとした絆が出来てゆく、そんなヒトの再生の過程もとても愛おしく、興味深いです。
この作品に関してはDVDもユーズドしか手に入らない今、年に数回ですが、日本に戻られている共同プロデューサーの方がイベントを主催、映画の上映やジミー爺ちゃんの絵の展覧会も行われているので、機会があったら是非ふらりと参加して、摩訶不思議なミリキタニパワーに打たれてみて下さい。あなたのココロもいつしか解き放たれ、前を向いて歩こうと思えてくるかも。こんな先の見えない世の中だからこそ。