現代社会の闇を淡々と描くからこそ、胸に迫る
映画「あんのこと」は、機能不全の家庭のもとで売春や麻薬売買をしていた女性の人生を描きます。家庭内暴力など、精神的にしんどくなる場面もあるので、人によっては気を付けた方がよいと思います。
主人公・杏の生い立ちは壮絶。母親は娘を家の稼ぎ頭とみなし、虐待は日常茶飯事です。唯一の理解者である祖母は脚が悪く、外に出られない。3人が暮らす家は、ごみ屋敷のよう。あまりの悲惨さに「日本に本当にこんな家庭があるのか」と思いたくなるような有様です。
そんな社会のネットワークから完全に外れてしまった杏ですが、刑事の尽力もあり、麻薬から脱却し、老人ホームに就職します。外の世界で人々と触れ合う中で、無表情だった杏が徐々に心を開き、笑顔を見せていく過程を、河合優実さんが丁寧に表現。彼女の笑顔には、周囲からのまっすぐな愛に対する愛おしさを感じさせました。
彼女の更生に手を貸す刑事を佐藤二朗さん、記者を稲垣吾郎さんが演じています。言葉が少ないシーンでも佇まい・表情だけで魅せてくれ、自然と引き込まれました。
しかし2人が裏の顔の顔を見せたこと、そしてコロナをきっかけに、杏の穏やかな生活は脆く崩れ去ります。人間の表の青と裏の顔に翻弄され、社会保障の網からも零れ落ちてしまった彼女の最期には、胸が痛くなりました。淡々と描くからこそ、私たちが見ないフリをしている、現代社会の闇を眼前に突き付けられたように感じました。