ベンジャミン・バトン 数奇な人生 / The Curious Case of Benjamin Button

ベンジャミン・バトン 数奇な人生 / The Curious Case of Benjamin Button

『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』とは、2008年公開のアメリカ映画。監督はデヴィッド・フィンチャー、出演はブラッド・ピット、ケイト・ブランシェットなど。デヴィッド・フィンチャー監督とブラッド・ピットの3度目となるコンビ作。老人姿の幼少期から年々若返っていく様をブラッド・ピットが特殊メイクで演じきった今作は、メイクアップ賞をはじめアカデミー賞3部門を受賞した。老人の姿で生まれ、赤ん坊へと若返る1人の男の数奇な人生を描いた、奇想天外な感動作。

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ベンジャミン・バトン 数奇な人生 / The Curious Case of Benjamin Button
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映画「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」の考察

時計職人のガトーは、第1次世界大戦で出征し戦死した息子が生きていた過去に戻りたいという願いを込めて、針が逆回転する大時計を作った。しかし、もちろん、その願いは叶わなかった。そして、その年に生まれたベンジャミンもその申し子ではなかった。彼にとっても時間は正の方向に流れている。ただ、他の人は時と共に、若→老→死という道を進むが、彼は、老→若→死と進む。その違いだ。この2つの道は、何か決定的に違うような気がするが、老若に囚われず、シンプルに、何も出来ないひどく弱い存在が徐々にいろいろなものを獲得して成熟し、それから、徐々にその獲得したものを手放して、最後に死ぬ。こう考えると、その違いは大きくない。しかし、ベンジャミンはそう考えず、妻のデイジーと娘のキャロラインを置いて1人旅立ってしまった。自分がいつ赤ん坊に戻ってそこからどれだけ生きるか分からない。1人では何も出来なくなった自分はデイジーとキャロラインの重荷でしかない。そんな思いだったろう。結果は彼は85才で生まれたばかりの赤ん坊のようになり死んでいる。キャロラインが20才になるのがベンジャミンが60才、肉体年齢が25才の頃なので、彼がそのことを知っていればそれを選択しなかったのではないか。彼は、その前半生で慈しみ深い育ての母から優しさを注がれ、日常的な老人の死でその悲しさを染みこませていた。そのために、彼は、愛する家族に知られず、ひっそりとこの世から消えていくことを望んだのだろう。
ベンジャミンは出奔してからキャロラインに沢山の手紙を送っている。それは、キャロラインへの愛に満ちている。そこに込められた人生に関するメッセージはとてもおおらかで深い。ベンジャミン自身が彼の言葉通りに生きたいのなら、ただ、気持ちのままに、愛する人と一緒に生きれば良かったのにと思う。やがて、彼は自分の選択の間違いに気づいたのではないだろうか。だから、もう1度、ベンジャミンはデイジーとキャロラインの前に現れた。そして、もう簡単には元に戻せないことも知った。ベンジャミンが「こうなることは分かっていた」と言ったが、それはこのことだろう。彼の、その後、もう1度デイジーに会うまでの人生は分からないが、少年の肉体と認知症になって、彼は再びデイジーと過ごすことになる。自分を認識しない愛する人と過ごしたデイジーは、生まれたての姿になったベンジャミンに自分の記憶が蘇ったことで深く報われる。ベンジャミンはそのことでデイジーの人生で最高に幸せな記憶を残すことができた。
ラストシーンでは登場人物が現れ、ベンジャミンの声のナレーションが一言でその人を説明する。彼らは笑顔で画面を観る我々に目線を合わせ、我々も笑顔にさせてくれる。役割を終え、倉庫に収まった針が逆に回る大時計は、やって来た嵐の水に浸かって止まってしまうだろう。時は元に戻せず、やり直しがきかない人生もある。でも、思った通りにやってみよう。そしたら、良かったって思える。そう信じよう。この映画のメッセージはこれではないか。