時を紡ぐ砂時計
両親の離婚をきっかけに生まれ育った東京を離れ、母の故郷である島根県へ行くことになった主人公の杏。母の実家へ向かう道中、1年の時を刻む大きな砂時計を見に行き、そこで小さな砂時計を買ってもらいます。島根に来た当初は田舎すぎる環境にうんざりしながらも、次第に友人たちと打ち解け、環境にも慣れてきた中で起こった母の自殺。母への怒りとともに買ってもらった砂時計を壊してしまいます。壊れた砂時計とともに心を閉ざしてしまった杏を救い出してくれたのは、同級生の大悟。杏が大切にしていた砂時計をプレゼントしたことで、その砂時計とともに杏の人生も新たな時を刻み始めました。
中学生になると大悟との関係も次第に深いものになり、ついに恋人同士となったところで現れた杏の実父。杏は高校生になることをきっかけに東京へ戻り、再び父親と暮らし始めます。この島根との物理的距離が、恋人との関係、友人との関係といった心理的距離にも影響し、大きく関係性が揺らいでいくこととなります。
家族との関係、恋人との関係、友人との関係。杏をとりまくすべての関係が、砂時計が時を刻むように刻一刻と変化していきます。また、周囲の気温や湿度等で微妙なズレが生じる砂時計の繊細さと、杏の心の繊細な変化がリンクしています。感情表現が繊細なゆえ、読んでいて心が苦しくなる部分もありますが、ひとつひとつの瞬間が主人公を形作って行く姿を目の当たりにし、最後まで読むと生きる力をもらえる作品です。