マイホームヒーローに沼るワケ
『マイホームヒーロー』という作品をご覧になっただろうか。サラリーマンの父親が、娘を半グレ組織から守るために殺人を犯し、どうにか逃げ切ることを命がけで模索するクライム・サスペンスである。漫画・アニメ・ドラマとあり、どの媒体で見ても面白い。その物語の魅力がどういったものか、いくつか挙げてみよう。
1つ目は、主人公の鳥栖哲雄が凡庸代表のような平均的な人物であること。おもちゃメーカーの営業職で、人が良い以外に取り立てて褒めるべきところもない。特徴を強いて挙げれば、ミステリー小説を書くことが好きで、犯罪についての知識が多いということくらいか。妻の歌仙も、若い頃は可愛らしかったかもしれないが、歳を重ねた結果単なるオバさんになっている。娘は大学に行き始めたところだが、さほど優秀でもなさそう。メインの家族が3人とも、凡庸極まる、平均的な人物像なのだ。
だからこそ、裏落ちしたときのインパクトが凄まじい。真っ白なミルクに1点の墨汁を垂らしたかのように、漆黒が急速に広がっていく。もう2度と純白の状態には戻れないのは明白なのに、娘にだけは、自分たちの生活が純白であることを信じさせて。どうにか戻れないかとあがき続ける両親。
娘の人生だけは守り続けようとする両親の必死さがまた凡庸極まりない。でもその凡庸さはとても大事なことなのだと、ショック療法的に改めて気付かされる。
もうひとつは、読者側が、倫理観の相克をずっと持たされるということ。哲雄は半グレ組織の一員を、娘の命を守るために殺めた。さらにそれを隠蔽した。被害者が社会悪とはいえ、命の価値は等しい。読者は哲雄を応援しながらも、彼が命を奪ったという事実をどうしても忘れられない。どうにか生き延びてほしい、残虐な殺され方はしないでほしいと願いながらも、哲雄によって残虐に撲殺された被害者を忘れられない。このモヤモヤした感じが、答えを求めて物語の展開を追わせる原動力になる。哲雄の取った行動は、あるところから間違ってしまったに違いない。でもいったいそのポイントはどこだったろう。一筋縄ではいかない問いの答えを知りたいがために、物語を追うことをやめられなくなるのだ。
そして外せないのが敵役の存在だろう。ホームズにはルパンといったように、同程度の知能レベルで競ってくる手強い相手が必要だ。第1部においては間島恭一という半グレ組織の若者がその役割を担う。恭一は哲雄が犯人であることを証明しようと躍起になりすぎて、かえって組織側に煙たがられて、ニセの犯人に仕立て上げられそうになる。被害者が半グレ組織の重鎮の息子であったため、組織側としては、誰かを犯人に仕立て上げ、見せしめに殺害する必要があるのだ。
恭一の目をくらまし続ける哲雄と、哲雄の尻尾をつかもうとする恭一の、命をかけたデスレースがたまらない。「哲雄、後ろ後ろ!」などと思わず叫び声をあげたくなる。
まだ他にもオススメ要素はたくさんあるが、あとは実際に作品に触れて味わっていただきたい。哲雄と歌仙と共に、壊れてしまった日常をぜひとも堪能してほしい。悪夢が現実化する感覚になること、請け合いである。