ミッドナイトスワン

ミッドナイトスワン

『ミッドナイトスワン』とは、2020年9月25日に公開された、トランスジェンダーとバレエを題材にした日本映画である。監督・脚本・原作小説の執筆は内田英治が手掛け、主演は草彅剛が務めた。内田が中規模予算の映画として約5年間温め続けた企画であり、新型コロナウイルス感染症流行による約5か月間の撮影中断を挟みながら、オーディションからクランクアップまで約1年を費やして完成に至った。
物語は、故郷の広島を離れて東京・新宿のニューハーフショークラブで舞台に立ち、女性の姿で生きるトランスジェンダーの凪沙(なぎさ)を軸に展開する。凪沙は実家の両親には自身の性についてカミングアウトしておらず、電話の際も男の声を装って対応するなど、孤独のなかで日々を過ごしていた。ある日、凪沙のもとに育児放棄と虐待を受けていた親戚の中学生・桜田一果(さくらだ いちか)が預けられることになる。叔父を頼ってきたつもりだった一果は凪沙の姿に戸惑い、当初は激しく心を閉ざしていたが、凪沙のショークラブの衣装や近所のバレエ教室の様子に目を奪われ、かつて広島で習っていたバレエへの情熱を取り戻していく。一果は体験入室をした教室で、同じ新宿の公立中学校に通う裕福な家庭の少女・桑名りん(くわな りん)から古いバレエシューズを譲り受け、二人はライバルでありながらも深い友情で結ばれていく。
次第に一果の圧倒的なバレエの才能が明らかになるなか、凪沙は一果に対して実の娘のような愛情を抱き始める。凪沙は長年夢見ていたタイでの性別適合手術のために貯めていた大切な資金を、一果のバレエ教室の費用として切り崩すことを決意し、彼女の夢を懸命に後押しする。凪沙の深い無償の愛とサポートによって一果は驚異的なスピードで頭角を現し、大舞台であるバレエコンクールへ出場することになるが、その先で二人の運命を揺るがす大きな試練が待ち受けていた。その後、凪沙自身もタイへ渡って念願の性別適合手術を受けるものの、帰国後に身体への過度な負担が重なったことで、次第にその体調は深刻なまでに蝕まれていく。
本作は、公開後SNS等を中心に口コミが広がり、劇場に何度も足を運ぶ観客を指す「追いスワン」という言葉が生まれるほどの社会現象となった。TOHOシネマズ日比谷では185週(1370日間)に及ぶ異例の超ロングラン上映を記録し、日本国内の歴代ロングラン記録第2位を樹立した。作品の評価も高く、ウディネ・ファーイースト映画祭で最高栄誉賞の観客賞(ゴールデン・マルベリー賞)を受賞したほか、各種年間映画ランキングでも上位にランクインしている。

5ikai-hazamaのレビュー・評価・感想

ミッドナイトスワン
10

愛と性と命

この映画を観て一番最初に感じた感想は、自分らしく生きるということはとても難しく、そしてとても美しいということ。
凪沙もいちかもりんも、様々なしがらみによって自分を出せていなかった。
そんな似たようで全く違う環境の人達が繋がり、それぞれの自分を出していくまでの過程を描いた映画。
そんな映画だと私は思った。

一番衝撃的だったのはやはり、りんの自殺シーン。
舞台が屋上だった時点で薄々勘付いてはいたが、それでも息を飲んでしまうほどの迫力。
いちかとりん、お互いが全く違う場所で同じ曲を踊っていく様は何とも幻想的で美しいものだった。
りんも笑顔で自由に踊っていて、飛び降りる時も死への恐怖なんか感じさせないぐらい軽やかで。
りんは最後の最後で誰からも縛られない自分だけの踊りが出来たんだなと感じさせるシーンだった。
それと同時に、親に無理やりやらされていただけだったかもしれないバレエは、りんにとって大好きなもので、
かけがいのないもので、いちかと繋いでくれたとても大切なものなんだとわかるシーンでもあった。

次に印象的だたのは凪沙といちかの海辺でのシーン。
砂浜で踊るいちかを見る凪沙の目は、間違いなく母親そのものだった。
性転換をしても本当の母親にはなれない。それでも凪沙はいちかの第二の母親であるんだということがひしひしと伝わってきた。
いちかの本当のお母さんも、映画の最初の方はいかにもダメな母親、というようなイメージがつく性格だったのに、
最後の方にはちゃんと母親の顔になっていて、いちかも暗い顔から明るい顔になっていた。
理想的、とまではいかなくともそこにはちゃんと親子の絆があった。

本当の愛とはなにか、性別という大きな壁は超えることができないのか、
命というのは誰のためにあって誰が大切にするべきなのか、等を考えさせられるとても面白い映画だった。