繊細で美麗な画風で描かれる将棋と人の物語が、孤独や不安にそっと寄り添ってくれるだろう。
『将棋』と聞いて浮かぶイメージはどのようなものだろうか。
堅苦しく、何時間も盤面を囲んで睨み合う年寄りの趣味だと想像する方もいるのではないだろうか。
本作は『ハチミツとクローバー』など柔らかな作風が魅力な羽海野チカさんによる将棋漫画である。
17歳のプロの将棋棋士、桐山零。
彼は幼い頃に事故で家族を失っており、生活の中でも盤上でも深い孤独を背負っていた。
(※引用元:3月のライオン公式サイト)
過去の経緯から閉じた世界に篭ろうとしてしまう主人公・零が周囲の人々のあたたかさや将棋に対する熱意に触れる中で、
少しずつ他者への関わりに踏み出していく過程が丁寧に描かれている。
特に印象的なのは、精神的に不安定で生活が荒みがちな零をあたたかく迎え入れてくれる川本家の3姉妹あかり、ひなた、ももだ。
晩ご飯を食べに来ないかと誘っては帰りにはお惣菜をたくさん持たせてくれる。
当初はなにかと理由つけて誘いを断っていた零も、物語が進むにつれてあかりの相談に乗り、ひなたの受験勉強を手伝い、ももの迎えに行くようになる。
周囲の人の優しさを自信のなさや申し訳なさから受け取ることができなかった零が、能動的に他者に関わっていく姿には勇気をもらえる。
作中を彩る川本家の食卓シーンとあわせて食欲と涙腺が刺激されっぱなしだ。
本作はキャッチコピー【何かを取り戻していく優しい物語】のとおり、
失ったものは失ったまま前に進み続けるしかないという現実を見せつつ、それでも人は人のために深く優しくなれると思い出させてくれる。
どうか優しい人が優しい世界で生きていけるように、と願わずにはいられない物語だ。