ジム・ジャームッシュ レトロスペクティブ2021が上映中。代表作『ナイト・オン・ザ・プラネット』をレビューしてみた。前編 ※ネタバレ要素あり
こんにちは。
今回レビューしていく作品は、世界中の映画ファンの多くを虜にしてきたインデペンデント映画の巨匠ジム・ジャームッシュ氏によって1991年に制作され、翌年日本でも上映された『ナイト・オン・ザ・プラネット』です。2021年9月現在も開催中の、7月2日から全国各地で順次公開が開始された「ジム・ジャームッシュ レトロスペクティブ2021」は数々の名画を劇場でまた観ることのできる絶好の機会です。これを機に『ナイト・オン・ザ・プラネット』の魅力を伝えていけたらと思い、筆をとりました。レビューの内容は考察を含むもので、ネタバレの要素を含むことを始めに断っておきます。映画を見たあとの感想として読んでいただければと思います。
監督5作目の作品である『ナイト・オン・ザ・プラネット』は、ロサンゼルス、NY、パリ、ローマ、ヘルシンキの5つの都市のタクシードライバーと乗客の人間ドラマを描いたオムニバス作品です。それぞれの都市の夜を走るタクシーの中で繰り広げられる会話は、一期一会の関係ではありますが、どこかハートフルで人間味あふれる素敵な雰囲気を纏っています。
今回は、これら5つの都市の物語の見どころなどをロサンゼルス、NY、パリの前編とローマ、ヘルシンキ、総評の後編に分けて順にレビューしていこうと思います。
この先、内容によってはネタバレ要素を含みます。
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ロサンゼルス
まずはじめに登場する都市は、映画の街ハリウッドで知られる西の大都市ロサンゼルスです。『ナイト・オン・ザ・プラネット』のポスターを飾るほどの華やかさは、5つの都市の中でもダントツですね!随所で映る外の景色もネオンが光り輝く賑やかさでこれぞアメリカの都会だ!といった感じがします。
映画のキャスティングをするキャリア・ウーマンであり、乗客を演じるジーナ・ローランズもLAのイメージそのまんま。きれいな衣装を身にまとい、携帯電話片手に個人ジェット機から降りてくる登場シーンはまさに「華やかな仕事」そのものです。そんな彼女は、度重なる仕事の電話に辟易しているようです。たくさんの人間や時間やお金が絡み合っているようなお仕事、気疲れしちゃうんだろうなあ、と見ているこっち側にも伝わってきます。
そしてなんと言ってもLA編の見どころは、タクシードライバーを演じるウィノナ・ライダーのきれいなお顔立ち!崇拝できます。。そして、その容姿とは裏腹にぶっきらぼうな仕草、言葉遣いなどのギャップにいちいち惚れてしまうのは男女なんて関係ありません!煙草が大好きな彼女は映画中ほとんどが喫煙シーンです。銘柄もLucky Strikeという激渋なやつです。美女×煙草なんて見ていてなんだかドキドキしてしまいますね。
そんな二人が出会い、タクシーの中でも様々な会話が繰り広げられるのですが、LA編でのキーワードは「仕事」「人生」「人間関係」の3つなのではないでしょうか。立場や境遇の違うように思われる二人の登場人物ですが、同じように仕事や人間関係に悩み、人生について考えているのです。人生の内容は人それぞれで違いますが、根本は共通する部分も多い。そしてこの夜二人はタクシーという同じ空間を共有することで、そういった部分が垣間見えて来るような気がします。
NY
次はアメリカ大陸を東に横断し、ニューヨークに場を進めます。同じアメリカでも時差があり、LAとは違う夜が存在しています。
ニューヨーク編のテーマは、「愛」、「友情」、「家族」、「笑い」だと思います。ブルックリンまでタクシーに乗りたい黒人男性ヨーヨーと、東ドイツから移住したばかりでタクシードライバーとして生計を立てるヘルムートがブロードウェイで出会います。英語はままならないし運転が下手っぴなフルムートに対し、はじめは嫌気がさしていたヨーヨーですが運転を代わり、英語を教え、お互いの話をしていくうちに二人は仲良くなっていきます。そして物語は、夜のニューヨーク郊外をうろついていたヨーヨーの義妹アンジェラを見つけてからテーマに迫る内容を読み取る事ができます。アンジェラを案ずるがゆえのヨーヨーの行動や言動は彼女にとっておっせかいだと思われているようで、車内に彼女が乗ってからというもの口喧嘩や言い合いが止まりません。ですが、家族を思いやっての言葉ということもあり、その強いフレーズの割には嫌さを感じさせず、むしろ温かみに溢れているような印象を受けます。アンジェラも本気で嫌がっているようには見えません。そしてこれらの光景は家族のいないヘルムートからすると新鮮で尊ぶべきものであったのです。ヘルムートはこの短い乗車時間の間に、家族の存在や愛、笑いさえあれば「お金は必要だが重要ではない」ということを悟り、名言として残していったのです。
パリ
舞台は、大西洋を渡りヨーロッパ大陸はフランス・パリを迎えます。ここでも考えさせられることがたくさん詰まった素敵な物語となっています。キーワードは「肌の色の違い」、「体の違い」、「あるもの・ないもの」です。
始まりはパリの明け方4時ごろ。車内にはすでに二人の乗客が乗車しています。運転手を含め、車内にいるのは全員アフリカ系の人だけですが、カメルーン人の乗客二人がコートジボワール出身の運転手に対して見た目や態度などについて差別的な発言を繰り返しています。アジア人が隣の国々の人々との違いがわかるように、同じアフリカ大陸にある国々の人々にとっても同じことが言えるようですね。この物語の場合、私達日本人からすると彼らの違いに気づくことは容易ではありません。
乗客二人の態度に腹を立てたドライバーは、明け方にもかかわらず二人を降ろし、新たな客を見つけるために車を飛ばします。そこで新たに乗ってくるのが、目が不自由な女性のお客さんです。そしてここからは、先程のカメルーン人乗客とドライバーの立場と反転したような形でドライバーと女性客が繰り広げる車内の会話が進んでいきます。しかし、女性客は視覚以外の感覚に優れており、頭がキレるので、ドライバーが彼女の盲目を理由にした言動や行動についてはことごとく真理を突きつけられてしまいます。非常にアイロニーが効き、でもなぜかくすっと笑えちゃうようなやり取りが繰り返される様は小気味よく、でもどこかチクリとするような感じがします。
そして、ドライバーは彼女に「自分の肌の色は何色か?」と尋ねます。彼女にとっては「色」というものは見えるものではなく、感じるものであって、彼の肌の色に関心がないということを言い切ります。ここでハッとさせられたことは、我々がこれまで当たり前に認識していた肌の色の違いやそこから生じてしまう問題は、そもそも彼女にとっては当たり前でもなんでもないということです。端から、そのようなことを問題とする世界に彼女はいなかったのです。さっきまでドライバーが腹を立てていた問題も、特定の状況下における一つのいざこざに過ぎず、文脈の違いによっていとも簡単に崩壊するほどのものであったと気付かされるのです。しかも、目が「不自由」な彼女からその事実に気付かされる事になったのです。まさに、「ある」から良い、または「ない」から悪いといった理はここには一切ないのです。
個人的には、最後の物語の終わり方が最高に皮肉が効いていて大好きです。
後編のローマ、ヘルシンキ、総評に続く…