最初と最後が繋がる作品。
子どもの頃はただたのしかった。大人になってみると、たのしいだけの作品じゃなかったです。もう会えないことをこんなに清々しい最後として映像にできる感性にこの先何本の映画を観ても出会えないと思うほどいい作品。10歳の千尋は10歳だからこそまたねを信じて帰る決断ができたのだと思います。もう少し大人になってしまっていたら、ハクと一緒に湯屋で生きる決断もできたと思うし、仮に帰る決断をしても寂しいと口に出す文字通りのお別れの切なさもあったと思います。千尋が10歳の女の子だからこそああいった最後で別れを描けること、名残惜しそうに振り返らないでと言って残ったハクの手にたくさんの想いがあったこと、特別なお別れの言葉はないお別れは千尋の世界の純粋さそのものだったと思います。一度あったことは忘れないものさ。思い出せないだけで、という銭婆の言葉の通りに、わたしたちは思い出せないことの方がきっと多くて、それでもちゃんと忘れていないといいなって思います。思い出せないことが忘れているで結ばれていないといいなと思います。千尋の束ねた髪でキラッと光ったヘアゴムが千尋の思い出せないだけで忘れていない思い出のひとつであることをわたしたちだけが知っていることは、この作品の上で尊いことだと思います。