朝が来る

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朝が来る
9

アサノヒカリ

都内の高層マンションで幸せに暮らす清和と佐都子の夫婦、幼い息子の朝斗。
その幸せは一本の電話で動揺が走る。
朝斗が幼稚園で友達を怪我させたというのだ。
しかしこれは相手側との誤解で、事無き終えたが、佐都子は心労を重ねた。
実は朝斗は、特別養子縁組で迎え入れた念願の子供であったのだ。

夫の無精子症で子供を授かる事が出来なかった二人。
離婚や体外受精、子供を諦めるという事も…。
そんな時知った、特別養子縁組。
何らかの理由で子供を育てられない親が、我が子との関係を解消し、子供を育てたい養親に引き渡す制度。
その架け橋となる団体“ベビーバトン”。
親が子供を選ぶんじゃなく、子供が選ぶ事があってもいい。
二人はベビーバトンから至って元気な男の子の赤ちゃんを譲り受ける。
その時、産みの母親にも会った。まだ14歳の女の子、ひかり。
二人はひかりに感謝をし、ひかりは我が子との別れを惜しみ…。

そんな事情で二人にとって朝斗はとりわけ大切な“息子”。
それから6年、その電話で動揺走ったが、別のもう一本の電話で今度は衝撃が走る…。

「子供を返して下さい…」
電話の主は、ひかりと名乗る。朝斗の産みの親。
二人は直接会う事にするのだが、かつての面影は全く無く。
お金を要求したり、我が子の年齢を言い違ったり、直感する。
「あなたは誰ですか…?」

いつものドキュメンタリータッチの演出や繊細な心理描写に加え、今回ちと小難しそうな特別養子縁組制度などの事もあって、かなり構えて見たのだが、どうしたものか!
それらと考えさせられる社会問題、意外やエンタメ性&感動が見事に合わさり、河瀬直美監督の新たな代表名作と言っていいのではないだろうか。

序盤、過去に遡り二人が朝斗を迎え入れるまでに引き込まれた。
本当に二人にとって、長く、苦難の歳月。
酒に酔った清和が言う。「子供を授かるって奇跡だよ」本当にそうだと思う。
結婚して子供を授かるのが一般だが、どうしても子供を授かれない夫婦も居る。
その一方、我が子を虐待し、死に至らしめる親も。この不条理。恥を知れ!
特別養子縁組制度についても分かり易く描いてくれる。
説明会は演者以外本物の希望者を起用し、さすがここはドキュメンタリータッチの手腕が活かされ、台本もナシのリアリティーにこだわった撮影。

そんな二人の前に現れた“ひかり”。
本人か、別人か。
辻村深月の原作小説はヒューマン・ミステリーのジャンルに位置付けられ、確かに色々考え巡らしてしまった。

でもまずそれはさておき、佐都子らが“育ての親”なら、ひかりは“産みの親”。
前半は佐都子ら側のドラマが描かれていたが、後半はひかりの妊娠〜我が子を手離すまでが、感情たっぷり、じっくりと描かれる。

地方の中学生のひかり。
両想いだった同級生と付き合うように。
毎日が光り輝き、幸せ。愛し合い、結ばれた果てに…妊娠する。
まだ14歳。中学生。子供が子供を産む。
嘆き悲しむ両親は特別養子縁組制度を知る。
学校や周りには内緒で出産まで預かって貰い(悪い病気で遠くに入院と説明)、受験までに復帰。
自分の意見など聞かず勝手に決め、彼氏とも一方的に別れを…。
そんなひかりの心を癒したのは、ベビーバトンでの暮らしだった。
子供が子供を産む。何らかの理由で子供を育てられない。
同年代や似た事情を抱えた少女が多い。
佐都子らが申請した頃は大きな団体だったが、今はもう縮小し、小さな島でひっそりと。
しかしそれが、共に暮らし、心に傷を負った少女たちの心を癒していく。

ひかりのお腹はどんどん大きくなっていく。
私自身はまだ子供かもしれない。
そんな私の身体の中で間違いなく育まれていく命。
でも、産まれたら別れがやって来る…。
産まれる前に“ちびたん”と一緒に見た朝の光り。
一生、忘れないよ…。

出産し、佐都子らに惜別と共に我が子を手離し、実家に戻る。
放心状態…。
親族の心無い一言に傷付く…。
家を出たひかりは再びベビーバトンへ。
しかし、ベビーバトンは間もなく閉鎖されるという。
行き場を無くしたひかりはこっそり書類を調べ、我が子の所在を知り、上京するのだが…。

ただ少しでも我が子の傍に居たかった。
が、地方からやって来た“子供”にとって、大都会は余りにも無情だった。
その後ひかりが歩んだ6年間は、壮絶。
とても一言では言い表せない。
自分から身を汚し、堕ちていったかもしれない。
でも、全て彼女が悪い訳じゃない。
純真だった少女を無視し、翻弄と過酷の海に放り投げた大人たち、この社会…。
見た目も変わったのは無理ないだろう。
そう、別人ではなく、紛れもなく本人。
見た目が変わったからって、何を否定する?
ひかりはその純真な心は荒んでいない。
寧ろ、荒んでいるのは周りや社会、さらに言ってしまえば、佐都子ら。
「あなたは誰ですか…?」じゃない。
見た目が変わると、こうも疑うものなのか。
「あなたたちは何故覚えてていなかったんですか…?」

キャストたちは演技を通り越して、役と一心同体に成りきった。
永作博美演じる佐都子の動揺、井浦新演じる清和の引け目…。
二人の悲しみとようやく迎え入れた幸せ。
朝斗役の佐藤令旺のナチュラルさ。
ベビーバトン代表の浅田美代子の佇まい。何かの評か記事で、樹木希林との共演も多く、いずれそんな女優に…と書いてあった気がするが、幾ら何でも言い過ぎと思ったが、本作での彼女の存在感はそれも頷けた。
そして、蒔田彩珠。ひかりを演じるとか成りきるとかじゃなく、いたいけなひかりを、純真に痛ましく儚く、生きた。
だからこそ我々は、本作を見て、何よりも誰よりも、ひかり=蒔田に惹かれ魅せられる。

そんな彼らを、美しい映像が包み込む。
河瀬監督の演出は前述の通りだが、もう一つ。“産みの親”と“育ての親”どちらが相応しいか、本作はそれを問い掛けているのではなく、双方にある葛藤を描いている。

もし、自分だったらどうするか…?
佐都子の立場だったら…?
ひかりの立場だったら…?
明確な答えなど出ないだろう。
でも、かつて見た美しい朝の光りのような、子供の為に。