『食べ物連載 くいいじ』とは、安野モヨコによる「喰いしん坊」の食生活を綴ったエッセイ集。安野モヨコが自らの「食い意地」を描いた、初の食べ物エッセイ集である。
「食事」に対して、どのようなイメージを抱いているだろうか。口で食べ、舌で味わう行為。そんなイメージを描く者も少なくないはずだ。『食べ物連載 くいいじ』は、そんな食事を「脳」を通じて堪能させてくれるエッセイである。
安野が炭火焼の店で食した「焼空豆(やきそらまめ)」をきっかけに、幼稚園時代のユニークなエピソードが語られる。
幼稚園の藤棚が「ブドウに変身する」ことを楽しみに、幼い安野さんはその花を観察していた。それから月日が流れ、花が落ちた箇所に何やら実りが現れる。しかし、それは期待していたモノではなく、空豆のような味気ない鞘だった。
子供の頃の「何かを期待していた」という懐かしい記憶を呼び起こされる一編である。安野に限らず、藤の花とブドウを関連付けて考えていた子供は多いのではないだろうか。
葉山牛
日本式の家屋に住み、趣味として時々着物を楽しむ安野。その日、着物を着て仕事をした彼女は、業務がトントン拍子に進んだ喜びと着付けが上手くいった満足感から外出欲が高まり、そのまま出かけることにした。友人と高級料亭へ向かい、コース料理を注文した。
しかし周知の通り、着物は幾重にも帯を巻くため、腹周りが非常に苦しい。せっかくの高級料理が腹に収まる前に、具合が悪くなってしまったそうだ。
退店間際に彼女が「葉山牛が残念なんです」と言い残したことが知人間の笑い草になったというが、その時の心境としては非常に共感できる状況である。
大食い
人と食事に行く際、多めの食事を摂るという安野。自らを「大食い」であると考えていたものの、行きつけの鍼灸院の先生にはあっさり否定されてしまう。どうやら、本来は小食向きの身体であったらしいというエピソードが語られる。
実質の食事量はともかく、「食べるタイプ」か「食べないタイプ」かという自己認識は案外あいまいなものである。確かに「自分は大食いだ」と自称しながらも、実際には全く食べないという人は少なくない。
胡瓜
調理法として「煮る」「焼く」が適用されない珍しい野菜・キュウリにまつわる、安野のユニークなエピソードを綴る。
高校時代、弁当持参か学食かの選択肢があった安野さん。常々「学食に移行しようか」と考え始めていた矢先、彼女は家族ぐるみで寝坊してしまう。その日の朝、母親が必死に用意してくれた手作り弁当の中身は、弁当箱に胡瓜(きゅうり)が一本ころりと転がっているだけのものだった。
生のキュウリ丸ごと一本。これほどまでに食事の仕方に困る食品は、そうそう無いのではないかと思わされる。
『食べ物連載 くいいじ』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話
『週刊文集』から依頼が来た時にはかなり悩んだ安野モヨコ
『週刊文集』から食べ物に関する連載をしないかと依頼をもらった時、安野モヨコは依頼を受けるかどうか悩んだという。安野は、食べることは好きだが美食家というわけではない。
「食」というジャンルは、素人でもブログなどのツールを使って拡大し続けている。プロから一般の主婦まで、レストランを食べ歩いて写真や感想をブログなどで発信しているような時代だ。そんな激戦区に、なぜだか料理漫画も描いたことがない丸腰の漫画家が迷いこんでいくことになってしまった。
食べ物に対してごくごく普通の意識しか持ち合わせておらず、旺盛なのは食欲ぐらいなものだ。しかし、案外その程度の人間が食べ物について書いた本は少ないかもしれない。
そう考えた安野は、結局仕事を受けることにしたのだという。
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